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扉の外で犬が休んでおります [時々の随想など 雑文]

 仕事場の入口の扉はガラス扉で、足から下は目隠しがなくて前の通りを覗けるようになっております。外を通る子供等は中の様子が気になるのか通る度に足を止めて中を窺い、机に向かう拙生と目が合うと急いで走り去って行ったりします。
 朝、机でパソコンを立ち上げていると、ここのところ決まって犬の散歩を目にするようになりました。柴犬で、もう老犬のようで、歩き方も落ち着いていてきょろきょろと辺りに絶えず気を配っていると云った様子もなく、かと云って堂々としているわけでもなく、まるで飼い主の散歩につき合ってやっていると云った風情であります。
 この犬も立ち止まってガラス扉越しに中の様子を窺います。拙生と目があうと「お、今日もちゃんと来て仕事をしているな」と云った風に、出していた舌を引っ込めて、ちょいと顎を上げてから拙生から目を離し、まるで扉に異変がないか調べるかのように、そこここに鼻づらを押しあててから立ち去って行くのであります。
 夏になると疲れるのか鼻づらの押しあてを終えてから、どっこいしょと云った風情で、ガラス扉に背中を押しつけるようにして犬はそこへ座りこみます。ガラスの冷んやりとした感触が気持ち好いのか、しばらくそうやって休んでから飼い主に促されてやれやれと云う感じで腰を上げ、飼い主の引き綱に別に強く抗うのではなく、ゆるりとした足取りで、やや引かれる綱の強さに負けているような歩調で立ち去って行きます。
 子供の頃住んでいた家の隣りには伯母一家が住まっていて、この家で飼われていた犬は大きな白色の雑種犬でありました。もっとも拙生が小さかったから大きく見えただけで、実のところは中型犬と云ったところでありましょうか。この犬は「なち」と云う名前で結構拙生に懐いておりました。拙生が学校へ行こうと家から出ると必ずわんと一声掛けて尻尾を振るものですから、拙生も近寄って行ってその頭を撫でて顔中ぺろぺろやられて、それから登校するのが毎朝の仕来たりのようでありました。もう老犬で、拙生が物心つく頃には「なち」は既定の隣りの家の住人でありました。
 老犬でありますから「なち」にとって小学校低学年の拙生などは、手下の部類に属する者と認識されていたに違いありません。しかし「なち」は拙生に優しかったように思います。拙生が「なち」の頭を結構な力で叩いたり、尻尾を引っ張ったり、ぴんと立った耳をくるくると巻いて耳の穴に押しこんだりしても、彼は別に怒るでもなく、拙生のしたいようにさせてくれるのであります。拙生が引き綱を持って散歩に連れ出しても、決して拙生を引きずるようなことはなく、拙生が走れば同じ速度で走ってくれて、拙生が急に止まれば慌てて自分も止まって、拙生の手と彼の首を繋ぐ引き綱がぴんと張るような状況を極力食い止めていてくれていたように思います。「なち」は拙生の保護者のつもりだったのかも知れません。
 この「なち」が一度だけ拙生の云うことを頑として聞かなかったことがありました。それは夜半から大雨が降りだして雷が家を震動させるように鳴り響いた時のことでありました。雷に驚いた「なち」は何故か自分の家ではなく、拙生の家にとてつもない速さで飛びこんできて、あっと云う間にテレビの下に入りこんで蹲って戦々と震えているのであります。拙生がいくら引っ張り出そうとしても踏ん張って、てこでも動かないと云った覚悟のようでありました。首輪を持って引っ張る拙生の手を、そればっかりは堪忍してくれと云うつもりか、ぺろっと一回舐めて申しわけなさそうな顔で蹲っております。父親が引っ張り出そうとしても動かず、ついに根負けしてそこに「なち」を放置したまま、我が家は全員就寝したのでありました。とうとうテレビの下で「なち」は一夜を過ごし、朝になってご飯をよばれて帰って行きました。
 「なち」はその後老衰で死んでしまいましたが、拙生はその時大泣きに泣いたのを覚えております。仕事場のガラス扉の向こうで背中をガラスに押しつけて暫し休息している散歩の犬に、なんとなく「なち」の姿が重なって見えてしまいます。拙生は「おお、気のすむまでそうやって休んでいきな」と口の中で犬の背にいつも語りかけるのであります。
(了)
タグ: 散歩 佐世保
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