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よく喫茶店で憩っておりました [散歩、旅行など 雑文]

 最近は街中にあまり喫茶店を見かけなくなってしまいましたが、拙生の学生の頃は至る所に夫々に趣向を凝らした店があって、毎日のようにその扉を押し開いて薄暗い店内で一人、或いは数人で憩っていたものでありました。結構ゆったりとした椅子に座って、店内に流れる音楽を聞くともなく聞きながら、低料金で最低一時間は時間を潰せるのでありますから、貧乏学生にとってはまことに有難い空間でありました。
 拙生は本読みの場所としてよく使っておりました。本を読むならアパートでも大学の図書館でもよかったのでありますが、なんとなくコーヒー、しかも他人様がいれてくれたものをちびちび口に運びながら、四人掛けのテーブルのクッションのいい椅子に一人ふんぞり返って、持参した読みかけの本の、栞を挟んだ項を徐に開くのがなんとなく気持ちがよかったのであります。まあ、これから暫し誰にも邪魔されない自分だけの寛ぎの時間が始まるのだと云う嬉しさでありましょうか。小学生にとっての夏休み第一日目のような気分と似たようなものでしょうかな、云ってみればそれは。夏の茹だるような暑い日や冬の寒さが身に凍みるさ中など、アパートよりも余程居心地の好い場所でありました。
 東京に出てきて最初に入ったのは新宿のカトレアと云う大きな喫茶店でありました。大学で新しく出来た友人に連れて行かれたのであります。新宿と云う街そのものもほとんど馴染みのない街でありましたし、友達と喫茶店に入ると云う行為も佐世保の田舎では経験がなかったことでありましたから、なんとなく新宿の喫茶店に行こうかと誘われた時にはワクワクとしたものでありました。紀伊国屋書店から地下に入ってすぐの場所にあり、新宿駅構内からも外に出ることなく行くことが出来たので、その後も一人で時々新宿に出てはカトレアでコーヒーを飲んでおりました。
 そう云えば当時はマンモス喫茶と云って、フロアーが広く客席が多い喫茶店が多くありました。今では考えられないでしょうがそれだけのニーズが当時はあったのでしょう。本郷に引っ越してからお茶の水の喫茶店によく出かけましたが、お茶の水にもウィーンとかシェーキースとか、田園とかのマンモス喫茶がありました。田園などはよく行きましたが、フロアーの広さに比して従業員の数が少なかったためか、着席してもなかなか注文をとりに来てくれないこともありましたかな。
 しかしそれなりに喫茶店気分を楽しむとしたら、マンモス喫茶よりは小ぢんまりとした喫茶店の方がよかったでしょうか。考えたら「喫茶店気分を楽しむ」と云う娯楽も、まあ今の娯楽の感覚からすれば、随分とチープで静か過ぎる娯楽でありますが、それはさて置き、お茶の水駅の近くだったら拙生はよく画材屋のレモンの喫茶部とか、神保町まで下ると三省堂書店裏のラドリオと云う喫茶店に行っておりました。このラドリオは結構有名な店で、「ホットコーヒー」と注文するとウィンナーコーヒーが出てくるのでありました。内装は古臭く、喫茶店の奥はちらと仕切られてはいるもののお酒の飲めるバーでありましたかな。拙生はバーの方には行ったことがありません。聞くところによると年配の有名人や作家の方々が通っておられたとか。
 ラドリオの喫茶店の方にも、お顔を存じ上げている作家の方や漫画家の方が時々片隅の席に座って、ウィンナーコーヒーをすすったりオムレツを食されていたりしておられるのを偶に目撃いたしました。「ガロ」と云う漫画を出していた青林堂と云う出版社が近くにあって、そこの編集者と思しき人と若手漫画家と思しき人が差し向かいで、漫画原稿を机に置いてなにやら話しこんでおられる光景も見られました。
 クラシック音楽を流している名曲喫茶、ジャズを流すジャズ喫茶と云うのも結構ありました。ジャズ喫茶ではコーヒーよりもビールなどの方が雰囲気に合っておりましたが、ビールとなると少々値段がお高くなるので、拙生はジャズ喫茶にはあまり出入りすることはありませんでした。それに喫茶店気分よりもジャズそのものを楽しむと云った雰囲気で、ちと拙生の喫茶店趣味とは違っていましたし、中には突出して騒ぐ連中やらやたら議論を吹っ掛けてくる連中も居て「チープで静か過ぎる娯楽」にならない場合もたまにありましたから。
 とまれ、もうそんな喫茶店が流行る時代ではなくなったようであります。確かに喫茶店で一時間も二時間も時間を潰すなんと云うのは、今の時代勿体ないという感覚の方が先立ちますかな。
(了)
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