So-net無料ブログ作成

世田谷の端っこでⅡ [散歩、旅行など 雑文]

 世田谷のアパートを出て北に向かうと京王線の仙川駅であります。アパート前の車が一台すれ違えるかどうかと云うくらいの道の横には栗林が広がっており、林の真ん中を突っ切るように舗装されていない黒土の道が通っておりました。冬や早春の朝は霜を踏みしめる音などして、葉を落としてしまった低い栗の木の不規則に交差する枝越しに、低く厚い雲に覆われた空を見上げればそれはいかにも冬の光景でありました。また道の脇に山躑躅が植えてあって、五月になれば一斉に小さな深紅の花を咲かせ、新緑と相まってなんとなく林の中が彩に満ちてくると、歩く此方の気分も弾んでくるのでありました。
 この栗林の道を歩き終えるとやや広い通りに出て、すぐ前には緑色のネットで覆われたゴルフ練習場がありました。ここの横の道を抜けて民家の何軒か固まる一角に出ると、すぐそこには至誠会第二病院の寮に付属したテニスコートが見えます。そう云えばこの一角の切れ目の家で飼われていた犬が、横を通るとよく拙生に吠えかかっておりました。吠えてはいるものの尻尾は振っているので、愛想をしているのか敵意を示しているのかがよくは判りませんでしたかな。
 至誠会第二病院の寮は木造二階建ての拙生の住まうアパートのような建物で、敷地の中に何件か建っておりました。ここには若い看護士さん達が住んでいたようで、時々病院の方へ白衣を着て向う姿など見かけるのでありました。拙生と同い年くらいの女性がすぐ前を足早にすり抜けていくと、拙生も若かったものだからちょっと緊張して仏頂面など装うのでありましたが、更の白衣の匂いと一緒に、石鹸の匂いなのか束ねた髪の毛の匂いなのか、とにかく好い香が仄かに残って漂って、拙生の仏頂面の口元がだらしなく緩むのはこれは自分でもなんとも制御能わざる反応でありました。
 至誠会第二病院からまるで参道のように真直ぐに道が延びていて、この道の右側が件の看護士さん達の寮、左側は広い空地でありました。確か道は舗装されていなかったように記憶しているのでありますが、この記憶には自信がありません。この道が尽きるとようやく二車線の道に出るのでありましたが、二車線と云っても知れたもので、車がすれ違う時など道脇を歩く拙生に今にも車が接触しそうになるくらいの幅員なのであります。この道はこの辺では古くからの幹道であったらしく、道の両側には雑貨を商う店や洋服店、電気屋さんや小ぢんまりしたスナック、写真屋さん等が何軒か並んでおりました。この道に成城から調布駅方面へ向かうバスが乗り入れて来て、仙川駅入口まではバスのすれ違いもあるのであります。いったい歩行者は路傍でどう云う恰好をしてバスをかわせばよいのか、バス会社か道路を管理する東京都に教えて貰いたいくらいでありました。
 でありますから拙生はバスがこの道に合流する辺りですぐに路地へと入り込みます。ここからはもう調布市であります。民家の間を縫う、めったに車が入ってくることはない路地をジグザグに歩いて、赤ちゃん用品の和光堂の倉庫があった辺りに出ます。ここまで来ると仙川駅はもうすぐ側で、今は違う店になっているようでありますが、当時は京王ストアの二階建ての大きな店舗がありました。この京王ストア向いは広い駐車場で、ここでは時々消防の訓練などが行われておりました。
 京王ストアの横を仙川商店街に出ると、ここはよくある賑やかな駅前商店街で道の両側に様々店舗が並び、行き交う人の流れに乗って仙川駅まで買い物気分で一歩きであります。仙川駅は当時は木造平屋の建物で改札口も木製でありました。そう云えば仙川駅横に大きな桜の木があって、駅前開発でこの木を切るの切らないのと揉めているという記事を、もう世田谷を去って随分してから新聞で見たことがありました。あんな大きな桜の木を切るのは勿体ないと思ったものですが、さてどうなったのでありましょうか。
(了)
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:[必須]
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0