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合気道錬身会について [合気道の事など 1 雑文]

 合気道錬身会は平成二十年に出来たばかりの団体です。千田務最高師範を模範として戴き、故塩田剛三先生の遺された合気道を深く追及することを目的とする団体であります。この団体が出来た経緯はとりあえず置くとして、千田先生とその合気道について等々少し語ってみようと思います。
 千田先生は歴代の内弟子の中で最も長く身近で塩田剛三先生の薫陶を受けた方であります。云わば塩田剛三先生の技は云うまでもなく、その合気道的な立ち居振る舞いや考え方の機微を、側で感じる貴重な機会を最も多く持たれた方であります。よって塩田剛三先生の合気道的なもの総てを、最も色濃く受け継がれておられる方だと云えます。
 塩田剛三先生は生前、惜しみなくその会得された技の要諦を指導されましたが、その境地があまりにも高遠であったため、拙生のような鈍いことでは人後に落ちない凡人には、それを再現すること等到底能わざるものであるとしか思えませんでした。例えば二ヶ条の稽古で「力の線はこう流れて、それが手首肘肩とこう伝わって腰を通って云々」とご説明を受けて、さていざやろうとすると相手の肘や肩からこちらの力が抜けていって、なかなか腰まで伝わらないのであります。仕舞いには極まらないことに焦って手首のみを傷めようと力に頼るような二ヶ条になると、相手も力で余計踏ん張るものだから結局力の捏ねあいに終始する始末。そこを塩田剛三先生が拙生の背中と腰に手を添えられ「攻める方の体が一つに纏まらにあゃいかん」と仰って体の歪みを修正され、その纏められた力を相手の手首に流すように操作して頂くと、進入を阻止されていたこちらの力がふわりと相手の中に入り始め、相手の膝がかくんと前にのめって、途端に二ヶ条が極まりだすのであります。「結局相手の膝に効かさにゃあいかん」と、なにやら今しがた展開したばかりの攻防をうまく自分の中で納得出来ないでいる拙生に、先生は笑って仰るのでありました。確かに塩田剛三先生の技は受けの膝の踏ん張りを抜いて崩すような感覚でありました。しかしまたもや再現しようとするとうまくいかないのであります。体の歪みと癖、微妙に読み損なった相手の力の線とこちらの線の関係、塩田剛三先生の生前に行われていた黒帯会は、こう云ったことを我々に解らせようとする稽古でありました。
 幾人かの非凡な才能と卓越した探究心を持つ先生方が、その困難な塩田剛三先生の技をついに我がものとされたのであります。千田先生もその中のお一人であります。しかも千田先生はその解説するのに困難な技の感覚を明晰な頭脳と努力で一般化され、我々にも解り易い表現でそれを惜しみなく展開されます。またそう云う技の拠って立つ体や力の纏まりを修錬する方法を、これも惜しみなく教導してくださるのであります。
 塩田剛三先生のあの技の見事な冴えは塩田剛三先生の体の特性とか身体感覚等に拠って立つものであり、それは云わば塩田剛三先生と云う代えの利かない個体に帰すべき要素の素晴らしさであります。これはいくらその動きや印象等を感覚的に真似たところで、拠って立つ体の条件が違っていれば羊質虎皮との謗りは免れないでありましょう。大事なことは塩田剛三先生の技の見栄えを感覚的に再現しようとすることではなく、その技の冴えを保障する条件を抽出し、一般化し、それを直向きな稽古によって自分の技にこめることであると思われます。
 千田先生の講習会を受講した方は、千田先生がそういったことをやっておられるのが充分お分かりになるでありましょう。指導者として、また合気道家として千田先生は掛替えのない方であり、その錬身会は拙生にとって同じく掛替えのない稽古空間なのであります。
(了)
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