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ぎゅうにゅうⅩ [ぎゅうにゅう 創作]

 そうしてそれから今度は背泳ぎで岩場から遠ざかり、しばらくして反転して、今度はクロールでまた元の位置まで戻ってきます。顔をぶるんと振って水を切り、掌で顔面をひと拭いした後ぎゅうにゅうは拙生に笑いかけるのでありました。
「上手かねえ」
 拙生はその見事なデモンストレーションに感嘆の声を挙げます。
「こんくらい、すぐに泳ぎきるごとなる」
 ぎゅうにゅうが云います。「明日も、お前、また来るとか?」
「明日は来んて思う。また三日くらいしたら来るかも知れんけど」
「またあの二人と一緒にか?」
「うん。多分」
「お前一人で来ればよかとに」
「僕一人でバスに乗って、まあだ此処まで来いきらんもん」
 拙生は申し訳なく思って俯くのでありました。
「まあ、よか。オイは毎日来とるけん、また会うたら泳ぎば教えてやる」
「うん。絶対教えておくれ」
「そん時はまたここの岩場に居れよ、お前一人で」
「判った。そん時はここに居る」
「じゃ、またここで会おうで」
 ぎゅうにゅうはそう云い遺してクロールで沖の方に向かって、時々岩場を振り返りながら力強く泳ぎ去って行くのでした。拙生は彼に向かって両手を力一杯振りました。そうして今日から、牛乳をたんと飲むぞと誓うのでありました。そうすればきっとぎゅうにゅうのような見事な身体と泳力を手に入れることが出来るかもしれません。ぎゅうにゅうの逞しさはきっと牛乳の摂取に拠っているのだと思ったのであります。・・・
 結果から云うと二度と、この岩場でぎゅうにゅうに会うことは出来ませんでした。拙生はこの浜に来た時には随分長い時間、必ずここで彼の出現を一人で待ったのでありましたが、ぎゅうにゅうは拙生の前に現れることはもうなかったのであります。同じ町内に住んでいるはずなのに、近所でも彼の姿を見かけることはまったくありませんでした。あのアパートの傍まで行ったこともあるのですが、結局その後、彼との再会はついに果たせなかったのであります。・・・
「おーい、まだこがん所におったとかお前は」
 従兄弟が砂山を作った辺りまで来て岩場の突端の拙生を呼びます。「着替えて売店の所に居れて云うたやろうもん」
 彼等はもう着替えてすっかり帰り支度をしています。怒鳴られて拙生は慌ててよろよろと岩場を歩いて砂浜の方に引き返します。従兄弟の傍まで来ると早速拳骨の挨拶が待っていました。
 拙生は従兄弟に小突かれ急かされながら帰り支度を終えるのでありました。拙生にお構いなく先を歩く従兄弟とその友人の後を彼等に遅れないように小走りしながら、先程ぎゅうにゅうが沖の方へ泳ぎ去った夕凪の海を、拙生は何度も振り返りつつ後にしたのでありました。
(了)
タグ: 佐世保 少年
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