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養神館と合気会の差異Ⅴ [合気道の事など 1 雑文]

 その知人は合気会のある会派で長年稽古を続けている人で、もう二十五年ほど前に拙生に西尾昭二先生の存在とその考えを教えてくれたのでありました。彼は西尾先生の実践されている合気道とその考え方にぞっこんと云った風でありましたが「なんとなく顔の前にぶら下がっている柵」から西尾先生の会派に移ることが出来ずに、今も所属している別の会派で稽古をしておりました。彼の合気道歴はもうかれこれ三十有余年と云うことになります。最近は体調を崩してほとんどこの一年は稽古に出ていないとのことです。
 彼が云うには「養神館は実戦的だとかなんだとか云うが、最初の接触時の<一足>に対する考察がないようだから、結果として入り身の重要性があんまり認識されていないんじゃあないかねえ。最初ガツンとぶつかるよりも、ぶつからないような位置に足を運ぶ方が考え方としてまともだと思うがね。それを<入り身>と云うんじゃないかね」
 養神館合気道では最初の接触時にいつもガツンとぶつかっているのではなくて、動きの完成段階に近づいてくると、相手の攻撃線ぎりぎりをすれ違うように捌くのであります。それこそ<一足>以内で。<一足>と云うのは足の裏のサイズのことであります。西尾先生は半歩と仰いましたが合気会各派でその<一足>に対する認識がまちまちのように見受けられます。あるところは一歩大きく動くし、あるところでは半歩だし。それなら<入り身一歩>とか<入り身半歩>と云う方が具体的であろうと思います。<一足>と云うならほとんど足をその場で踏みかえる程度でしょう。それはむしろ養神館合気道の捌きであります。養神館合気道の自由技を見れば、相手の狙うこちらの一点をかわすだけの捌きから技を打っているのが判ります。彼がガツンとぶつかっていると思えた場面は、云わば地稽古の時のことで(この「地稽古」と云う言葉は養神館合気道の体系の中にはありません。拙生がそう云っているだけです。念のため)基本動作とそれ以前の所作でつくった強い体軸、中心軸、集中力と云ったものを利かせて実際に相対的な関係の中で技を身につけていく第二段階の稽古のものでありましょう。それから更に進めば先ほど云ったような<一足>を使った、速い攻撃に対する速いすれ違いの稽古になるのであります。速いすれ違いから技を出すためには強固な線と崩れない姿勢が要求されるのであります。ただ意図して一足或いは半足動いているのではなく、云わば動作に即して足を踏みかえた結果の一足或いは半足であります。意識では軸は些かも動かしていないのであります。
 西尾先生の半歩は「合わせて相手の攻撃を一切受けない位置に立つ」ための半歩として重要な理合なのでありましょう。躊躇いなくすれ違うか、当てを打つと同時に安全に一旦相手の攻撃正面を外すかの違いが養神館合気道と西尾先生の違いかもしれません。
 次にその一足(一歩或いは半歩)の精度を保証するものは何かと考えてみると、これは強い体軸、中心軸、集中力ではなかろうかと思われます。言葉を代えれば錬られた体をもってこの一足(一歩或いは半歩)を磨かなければ、その完成度が至高に達することは難しかろうと思われるのであります。
(続)
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