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昔はよく散歩に出たもの [散歩、旅行など 雑文]

 学生の頃は文京区本郷二丁目の本郷給水所の辺りにアパートを借りて住んでおりました。今は家に杖つく年頃となってしまいましたので、もう三十年以上も前のことでありますが、学生の分際でしごく貧乏だったため金のかかる遊びは出来ないものだから、よく散歩に出かけておりました。
 主なコースは三つほどありまして壱岐坂を下って後楽園に出て、安藤坂を上って伝通院に詣でて、裏道をとろとろ歩いて小石川植物園をぶらついて、それから小石川一丁目まで戻ってこんにゃくえんまの源覚寺を背に左へ折れて白山通りを横切り、菊坂から本郷通りに出てアパートまで戻るのが云わば「西北コース」であります。これとは反対に外堀通りへ出て御茶ノ水駅まで向かい、もうなくなってしまった明溪堂書店を五階までぐるっと回って、当時はまだあった明大の古めかしく厳しい記念館を見ながら駿河台下まで下りて、古本屋をひやかしながら靖国通りを神保町から九段下へ向かい、日本武道館から北の丸公園をちらと回ってまた靖国通りを戻り、その頃は地下から三階まであった冨山房書店、東京堂書店、書泉グランデ、ブックマート、三省堂書店と本屋をはしごして、小川町から本郷通りを北上してニコライ堂を左に再び御茶ノ水駅へ。丸善もことのついでに覘いてから聖橋を渡って湯島聖堂を右に見てアパートへ戻るのが「南コース」であります。「東コース」は本郷三丁目から出て春日通りに入り、警視庁本富士署のところを左に折れて東大病院の塀に沿ってくねくねと雷状に歩いて無縁坂を、当時あった司法研修所を横目に下り不忍通り、そこから不忍池に沿って歩いて上野公園をぶらつくか、気が向けば合羽橋本通りを突っ切って浅草六区まで行って、演芸ホールを右に見ながら浅草寺、仲見世を通って雷門へ抜けて隅田川岸を吾妻橋から駒方橋までちらと歩いて浅草通りを上野に戻り、無縁坂から同じ道をとって帰るのであります。
 この拙生の散歩、偶の休日を長閑な日和に誘われてぶらりと街に出ると云った、悠長な気分ではなかったように思います。学生ですから偶の休日どころか、やることもなくて毎日が休日みたいなものでありますし、雨風の強い日にも飽かず歩いていたような気がします。こよなく散歩が好きと云うのでもなく、結構疲れやすい体質なので帰ってくると疲労困憊の風情で、崩れるように畳に寝転ぶのでありました。
 では何故それでも散歩に出ていたのかと云うと、十五歳の三島由紀夫の詩ではないですが「椿事」を期待してのものだったのであります。退屈で貧しくて先になんの当ても見えない泥濘のような日常に倦んで「凶変のどう悪な砂塵」がこの身に不意に押し寄せてくるのを密かに期待していたのであります。今考えると赤面の至りであります。それにいつでも、なにもない普通の散歩以上では結局ありませんでしたしなあ。
(了)
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十楽人

数日前にこの稿を拝読した後、図書館で木下順二のエッセイ「本郷」が目に留まりました。(昭和文学全集17 小学館) 借り出して今読んでいるところです。
こういう偶然に最近よくであいます。
「偶然」については、村上春樹が「新潮」2005年3月号に私が思っていることとほぼ同じことを書いています。(6頁から10頁8行まで)
私がそのこと(「偶然」について)を大学のOB誌に寄稿したのが、その年の1月、この偶然にもビックリしました。

話は変わります。9日にNHKハイビジョンで、財津一郎が佐世保のトンネル横丁を訪ねる番組をやっていましたね。トンネル横丁は戦後にできたもので私は知りませんが、懐かしく見ました。
by 十楽人 (2009-06-12 10:42) 

汎武

トンネル横丁は懐かしいですね。拙生は高校時代に戸尾市場へ出た時、友人等とよくここで、ちゃんぽんと大めしを食いました。駅地下道のお富さんでラーメンとおでんと云うこともありましたが、十楽人さんはご存じでありましょうか。四ヶ町の賑わいも楽しかったですが、拙生は戸尾市場の賑わいの方がなんとなく好きでありました。そこにより濃厚に漂う生活の匂いに安心感のようなものを感じておりました。

「偶然」と云う言葉は好きであります。
不勉強のためご紹介の村上春樹氏の文章は読んでおりませんが、事物の関係を「偶然」と観るか「必然」と観るかで、その人の依って立つ思想のようなものが判るのかも知れません。拙生には「偶然」を「必然」と読み解こうとする傾向がありますが、しかしそれは心の弱さのような気がして(そんなこともないのでありましょうが)、観念論の世界に完全に与し得ないでいるのであります。まあ、これはいきがっているだけだと云う説もあります。
by 汎武 (2009-06-12 13:19) 

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