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その犬の思い出Ⅳ [散歩、旅行など 雑文]

 拙生と友人はひどく心配になっていたのであります。と云うのもこの犬がこの先どこまで我々についてくるつもりなのか測りかねていたからであります。我々の旅程は後は信濃デッサン館を残すのみで、その後は上田交通の中野駅まで歩いて電車で上田へ行き、信越本線で上野へ帰ると云う予定でありますが、中野駅から先もこの犬が我々についてくるつもりならば、ちょいと面倒なことになります。犬は電車に乗れません。犬の顔を見るとなにやらすっかり我々との道中が気に入っているような、完全に我々の仲間になりきっているような風情で尻尾を振っております。困った犬であります。
 それに困ったのは犬ばかりではなく二人の人間様も同様に困った連中で、拙生と友人も情がうつってこの犬とこのまま別れるのが辛くなっていたのであります。当然のようについてくるつもりでいる犬を中野駅に一人、いや一匹残して、犬の気持ちを土壇場で裏切るように我々だけ電車に乗ってしまうというのは、なんとも情において忍びない。それはなにやら人非人の仕業のようではないでしょうか。さあて、困った。
 多分我々が出てくるのを待つために軒下で寝そべっている犬の姿を、信濃デッサン館の中に併設されている喫茶店のガラス越しに眺めながら、拙生と友人は電車の時刻表など貸してもらって、コーヒーを啜りつつ、犬を電車に乗せて東京まで連れていく方法やら、連れていった後この犬をどうやって飼うかなどを真剣に考えるのでありました。電車がだめなら、最終的には時間と手間が掛かるけれどヒッチハイクでもして犬もろとも東京へ帰るしかないか、とは友人の意見であります。確かに最終的にはそれでいくしかないかと拙生も同意します。なんとなく東京まで連れ帰るリアリティーのある算段(!)が見つかって、我々はやっと一息つくのでありました。
 で、そうと決まってすでに夕闇迫った外へ犬を迎えに出ると、肝心の犬が姿を消しているではありませんか。さっきまで窓の外に寝そべった犬の姿を見ていたはずなのにと、拙生と友人は動揺するのでありました。おい犬どこへ行ったと友人は当然名前も知らない、いや、ついているかも判らないのでそう云って犬を呼ばわります。おい犬犬と拙生も声をあげます。しかし犬はついに我々の前に二度と現れることはありませんでした。
 あっけない幕切れに、拙生と友人は暗がりが濃くなる信濃路でしばし立ちつくしているのでありました。犬の気まぐれに腹がたつのでありますが、考えてみれば我々が勝手に自分達の思い込みに振り回されただけで、犬には特に罪はないのであります。だから余計に己が浅はかさに腹がたつのであります。しかし半面安堵の気持ちも確かに覚えるのではありました。懸案と犬の姿は信濃の風にひゅうと呆気なく消えてなくなったのであります。
(続)
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