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その犬の思い出Ⅰ [散歩、旅行など 雑文]

 もう二十年以上も前の話であります。中学以来の友人と信州は別所温泉に旅行した時のこと、泊まった旅館で貰った「別所温泉観光案内図」と云う地図を頼りに、翌朝、北向観音の裏手から延々歩いて周辺の観光スポットを散策したのでありました。
 まず夫婦道祖神とやらを祭った祠にたどり着いたのでありますが、そこで観光客に餌などたかっている、薄茶色の毛並みがなんとなく薄汚れている柴犬ベースの雑種犬に出会ったのであります。子犬ではないようでしたが、かといって成犬にも完全になり切っていないくらいの犬だったでしょうか。この犬、拙生と友人の服装があまりに貧乏たらしく見えたのか、我々にはとんと見向きもしないで、他の幾人かのハイカーや観光客の足元を回ってせわしげに尻尾を振りながら物欲しげな視線を投げ上げたり、なにやら食い物を投げてもらうと、いそいそとそちらへ歩いて行って臭いをかぐのももどかしげにかぶりつくといったことを繰り返しておりました。長いこと手入れをしてもっらっていないようなその毛の色艶と、首輪がないところからどうやらノラ犬であろうと思われます。
 自分のことを棚にあげて、服装と容貌から我々を貧乏人と侮るごときの態度は無礼な犬であると拙生と友人は憤るのでありましたが、その我々の憤慨に気がついたのか近づいてはこないものの、こちらの様子にそれとなく注意を向けているそぶりが、よおく観察しているとその犬の態度に見てとれるのであります。お互いに無視を気どりながらも、なんとなく気になりつつその場は別れると云った風情で、我々の方はその犬を尻目に次の目的地へ向って歩き始めたのでありました。
 山を切り開いた、車が一台かろうじて通れそうな道を沢山湖と云う農業用のため池を目指して歩き、そこから点在する民家をつたうように歩を進め、独鈷山登山口を過ぎて、信州最古の建造物である薬師堂のある中禅寺という古刹を目指すのであります。我々の他は一人だにハイカーとかの気配もなく、実にのんびりと晩秋の少々寒気の混じり始めた風に背中を軽く押されながら、中学時代の同級生だった誰彼の消息など話しつつ、二人の貧乏臭い風貌の男どもは緩い足取りで旅行気分を満喫するのでありました。
 風に木々がさざめく音とは違った草擦れの不協和音を聞き取ったのは、まず友人のほうでありました。誰か後ろを歩く者でも出現したかと振り返った友人は、おっと云う小さな声を発して立ちどまったのであります。つられて振り返ってみるとあの夫婦道祖神のところで見た犬が、いささか距離をとってまるで我々の後を追うように軽やかに小走りして来るではありませんか。犬の方も我々が立ちどまったのを見とめて足をとめ、舌を垂らしてやや頚を傾げるような仕草でこちらを見ているのであります。
(続)
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