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合気道の当身についてⅡ [合気道の事など 1 雑文]

 合気道においては当身と云ってもそれは少なくとも三つの種類があるのでしょう。まず捌きの途中で「当てるぞ」と云うメッセージを相手に伝えることによって、相手の意識をそちらに誘導し、その意識から離れた相手の身体部位に虚をつくりだすための当身。これは本当に当てる必要はなく、云わば当てるぞと云うこちらの意図を伝えれば済む「虚当て」であります。次に所謂「仮当て」と云うもので、決定的なダメージを与えないで相手の体の崩れを誘発する目的のために実際に相手の身体に触れる当身。これは投げる、或いは固めるまでの捌きを、安定して完了するための云わば途中の方便として使用するものであります。それに三つ目が「本当て」で、当身をもって相手を倒す、或いは制圧するものであります。
 まずこの三つの当てを合気道と云う武道体系の中にどう位置づけるのか、どう方法化するのかと云う問題があります。「虚当て」と「仮当て」はそれでもまだ、具体化し易い、いわば「合気道の技」として明確にすることが比較的容易なものでありましょう。事実、養神館合気道の幾つかの形の中には、このタイプの当てが組み込まれているものがすでに存在します。ただ「本当て」となると、様々な問題があります。第一、相手を決定的に傷つけないで制するのが合気道の在り方であるとするならば、このタイプの当てが合気道と云う武道に必要なのかどうかという疑問も提示されるでしょう。しかし同時に、合気道も様々な武道の中のひとつでしかないと云う相対的な存在であるのですから、「本当て」の技術をもつ合気道と云うものが、合気道を武道たらしめる条件として絶対に必要であろうと思われるのです。
 日々の稽古の中に「本当て」の修錬を取り入れなければならないと云う思いは、以前から一貫して持ってはいるものの、稽古の流れの中でどのようなタイミングで、どのような段取りで取り入れたらいいのか、まったく普段の稽古と独立した形で稽古するほうがいいのか、未だ結論を見出せないでいます。
 前の文と合わせるとちいと、当身に対する考察が長くなり過ぎたので、尻切れトンボでなんとなく胃の入り口辺りが不快な感じのままでありますが、この後は別の文章でと云うことにします。
(了)
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