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もうじやのたわむれ 3 創作 ブログトップ

もうじやのたわむれ 61 [もうじやのたわむれ 3 創作]

 審問官が話しの先を再開するのでありました。
「ひょっとしたらスターリンさん、とか云うお名前の方では?」
 またもや拙生の不謹慎が、我が口をどうしても開かせるのでありました。
「いや、その方は確かに、地獄省に住霊登録されていると聞き及んでおりますが、しかしハラショー地方の知事さんは、その方ではありません」
 審問官が云うのでありました。「今は確かイヴァンさん、ではなかったかな」
「イヴァン雷帝さん、ですか?」
「おや、イヴァンさんの渾名をご存知で?」
「ええ。高校生の時、世界史の授業で習いましたから」
「ああ成程ね。イヴァンさんは娑婆にいる時には、ロシア皇帝でいらしたとか伺ったことがありますが、日本にいらした貴方が、しかも全く時代が違うと云うのに、そうやってご存知なんだから、かなり有名人だったのですね向こうでは」
「ま、そうですね。イヴァンさんは、矢張りこちらでも暴君でいらっしゃるのですか?」
「いやあ、温厚篤実でお優しい方ですし、政治も民主的で、地方霊の云う事をよくお聞きになって、なかなか評判のよろしい知事さんのようですよ」
 その辺は娑婆とは少し事情が違うようでありました。
「確認しますが、地方霊、は、地方民、それに、民主的、と云うのは、民主化、と同じで人霊置換の原則から外れる例外で、その儘、民主的、と云って良かったのですよね、確か?」
「はい、正解!」
 審問官が愛想笑いながらゆっくりピースサインを出して、それを首と一緒に左右にリズミカルにふるのでありました。拙生はなんとなく上方落語の、桂枝雀師匠の高座での仕草を思い出しているのでありました。
「考えたら、こちらの平均寿命からすれば、スターリンさんは未だヒヨッコですものね」
 拙生の言葉が終わると、審問官は枝雀師匠のような仕草を止めるのでありました。
「ええと、地獄省の地方紹介の続きですが、西の方には、ここから近い順に、大旅館地方、強艦地方、合衆群地方とあります」
「大叫喚地獄、叫喚地獄、衆合地獄と云う順番ですね?」
 こうなると、記録官の有難い『逆さ牡丹』のようなもじり、なんかよりも余程キツい言葉のこじつけのようだと、拙生は秘かに思うのでありましたが、しかし審問官の気を害さないためにそれは云わないでおくのでありました。
「大旅館地方は峻嶮な山岳と広大な砂漠の広がる地域で、ハラショー地方と違ってこちらの方は、河川の流域とか湖沼のある処に自然発生的に街が形成されて、それが次第に発展して大きな都市になったと云う感じですかな。そう云った都市を結ぶ道路があって、これを我々はコットン・ロード、綿の道、等と呼び倣わしております。この道も自然発生的で、古代から交易をする霊達が隊商を組んで行き来したと云う道です。ですから昔から、町々にはそう云う霊のための大規模な旅籠が多くありまして、またこの旅籠が独特の建築様式で建てられていまして、それに因んで、大旅館地方、と云う魅力的な地名がついたのです」
(続)
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もうじやのたわむれ 62 [もうじやのたわむれ 3 創作]

「シルクロードの、こちらの世版ですね?」
 そう云いながら拙生は大旅館地方と云う名前の、いったいどこが魅力的なのか大いに疑問に思っているのでありました。失礼ながら、考えように依っては実に間抜けな、技巧の欠片もない語呂あわせでみたいではありませんか。しかしまあ、それは良いとしましょう。
「そこの知事さんは、・・・」
「屹度、アレクサンドル大王さんとか云う方なんかではないですか?」
 拙生はそう嘴を挟むのでありました。
「いやいや、アレクサンドルさんはもうずっと前の知事さんで、随分前にお亡くなりになりました。素界に旅立たれたのです」
 ああ素う界、と拙生はシャレたいところではありましたが、不謹慎な態度で話しを聞いていると思われるのもなんだから、それはぐっと堪えるのでありました。
「では、安禄山、とか云う人、いや霊だったりすると面白いかな」
「確かにその方は地獄省におられるようですが、娑婆では中国に居た方だったのでは?」
 審問官が聞くのでありました。
「そうですね。娑婆では唐の玄宗皇帝に仕えて、後に反乱を起こした人ですが、胡人とされています。ソグド人とも伝えられておりますから、ひょっとしたらこちらの大旅館地方に似あう人、いや霊ではないかなとちらと思いましてね」
「折角のご推理ですが、残念ながらその方とも違います。実際はフレグさんと云うお名前の方です。元々は東滑地方にいらした方なのですが、お兄さんのフビライさんが東滑地方の知事になられたので、自分も一旗と大いに奮発されて、大旅館地方に転居されて、そこで目出度く知事さんになられたのです。ですから東滑地方の知事さんと大旅館地方の知事さんはご兄弟でいらっしゃいます。屹度そう云った、人の、いや、霊の上に立つような偉大な方を輩出する優良な血筋でいらっしゃるのでしょうねえ、あのご一家は」
「ふうん、フレグさんですか」
 拙生はそう云って、またもや冷めて仕舞ったコーヒーを一口飲むのでありました。
 審問官に依れば、大旅館地方のもっと西には、娑婆では叫喚地獄と云われている、強艦地方、と云うのがあって、この地方の呼称は、なんでも、大西江、と云う地獄省の西方に位置する広大な川幅を持つ大河に君臨する無敵艦隊を有して、江を挟んだもっともっと西の衆合地獄、いや、合衆群地方、との強権的一方的な交易を行っていた、その往時の雄姿を記念してつけられたのだと云う事でありました。ここの今の知事はフェリペさんと云う霊で、なんでもエリザベスさんと云う女傑が、次の知事の椅子を虎視眈々と狙っていて、この二霊の間で現在、政治的な暗闘が繰り広げられているのだそうであります。
 強艦地方は工業先進地で経済力があり、自分達の文化に対する矜持も強く、高福祉政策が政治的特徴と云う事でありました。民主主義を最も鮮明に標榜する地方でもあり、いささか独り善がりな面はあるにしろ、地獄省ではリーダー的な存在だと、まあ、自分達はそう固く信じていると云うことでありました。地方内も特色のある様々な郡が夫々自治していたのですが、近年は大統合して大きな経済圏を形成していると云う事でありました。
(続)
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もうじやのたわむれ 63 [もうじやのたわむれ 3 創作]

 大西江を挟んだ対岸のもっともっと西にある合衆群地方は、大昔に強艦地方から移住した霊達が、強艦地方との間に繰り広げられた苛烈な独立戦争の後に建てた地方で、ここも五十の郡、いや合衆群地方内では州と呼んでいるのですが、その州が強艦地方の夫々の群ほどの独立性はないにしろ、自治を尊重しながら統合している、と云った体制を採用していると云う事でありました。独立当初は十三州しかなかったのですが、より西の方を開拓して今の五十州になったのだそうであります。この西部開拓は合衆群地方挙げての大プロジェクトだったそうで、この時代を題材にした映画が多く製作されて、地獄省の他の地方でも人気があると云う事でありました。この映画製作のような娯楽産業も盛んで、映画やテレビ番組制作や、他にもミュージカルであるとか演劇であるとかアミューズメントパークであるとか、こう云うものも地方の代表的産業になっているのだそうであります。
 知事さんはワシントンさんと云う名前の方で、地獄省では若手ながらかなりの辣腕で聞こえていて、合衆群地方を強艦地方に勝るとも劣らない工業先進地にしたり、強力な地方軍を創設したりと、今では地獄省の最優等生を自称する程の自信に満ち溢れた地方となっているのだそうであります。まあ、地方としての歴史が浅いために、強艦地方辺りから軽く見られたりする事もあるけれど、しかし工業力と強大な地方軍に依って、決して侮れない存在となっていると云う事でありました。その建国、いや建地方精神から、地方内には自由の気風が濃厚にあって、新規に地獄省にやって来た亡者は勿論の事、その気風に憧れる各地方在住の霊までもが、今でも多くこちらへの移住を希望しているそうで、最近はこの新移住霊との文化摩擦や、社会制度上の格差等が大きな内政的課題だそうであります。
「強艦地方の南には、焦熱地獄と娑婆で呼ばれている処があります」
 審問官が紹介を続けるのでありました。「実際は、黄熱地方、と云うのが本当の名前でして、ここはかつて黄熱病と云う伝染病が大流行して、大変悲惨な歴史を経験した地方です」
「黄熱地方、が、つまり娑婆の焦熱地獄ですか。ふうん」
「そのウイルスを持った蚊に刺されると罹る病気で、突然の発熱や嘔吐の症状、それに黄疸が出て、死に至る場合も多いとされた黄熱地方の風土病です」
「娑婆にもありましたよ、黄熱病と云う病気は」
「野口英世さんと云う娑婆で細菌学を研究されていた方が、たじろぎもせず黄熱地方に入って、向こうの病院で日々血の出るような病気との格闘をされておりましたが、しかし惜しいかな自らもその病気に罹って、遂に素界に旅立たれて仕舞いました。その功績により、黄熱地方では大変な偉人として心服されていて、今でも大いに顕彰されておられます」
「野口英世さんは、こちらに来ても大した事をされたのですなあ」
 拙生は彼の博士とは、過日、同じ日本人だったと云う事以外になんの繋がりもないのでありましたが、些か誇らしげな心持ち等するのでありました。
「今はワクチンが開発されて恐れる必要はないのですが、嘗てそう云う風土病によって悲惨な事態が起きた事を銘じる意味で、その病気の名前が敢えて地方の呼称として採用されたのだそうです。そう云う意味では、深い心情から発した厳粛なる地方名だと云えます」
 審問官の顔が少し引き締まるのでありました。
(続)
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もうじやのたわむれ 64 [もうじやのたわむれ 3 創作]

「成程。厳かなお話しを聞かせて頂きました。で、知事さんはどなたなのですか?」
 拙生は同じような引き締まった顔をして訊ねるのでありました。
「最初の頃はクフさんと云う方で、その後はアメンホテップさんとか、女性のクレオパトラさんとかがされておりましたが、今は確か若手のクンタ・キンテさんと云うお名前の方でしたかな。この方は昔、合衆群地方に留学されていた経験があって、その頃の知識を生かして、黄熱地方の近代化に尽力されておられます」
「クンタ・キンテさん、ですか」
「黄熱地方はどちらかと云うと、これからの地方と云えるでしょうね。今は農業と牧畜が主たる産業で、近代化とか工業化とかは他の地方に比べて未だ立ち遅れていると云うべきかも知れません。しかし豊富な地下資源とか、宝石や研磨剤に用いられるダイヤモンドと云う希少な炭素鉱石を多く産出するので、未来は明るいと云えるでしょうね。まあ、近代化が遅れている分、手つかずの雄大な自然が未だ残っているので、それが魅力で、結構ここを居住地に選ぶ亡者様も多いのですよ。灼熱の砂漠あり、雪の降る高山あり、昼なお暗い密林ありで、サバンナには多種多様な動物が生息しております。しかし全くの未開の地と云うわけではなくて、都市もそこそこあります。ともあれ、ここはこれからの地方なので、色んな可能性を秘めていると云う点でも、亡者様の心を惹きつけるのでしょうかな」
 ここまで話して、審問官は椅子の背凭れに体を沈めるのでありましたが、それは恐らく、喋りづめで些か疲れたのであろうと拙生は推察するのでありました。審問官が記録官の方に顔を向けると、そこは気のあった者同士と云うところか、記録官は審問官の意を察して、今度はこちらの方が地獄省の各地方の紹介を代わるのでありました。
「娑婆の大焦熱地獄と云うのは、実際は、大小傑地方、と云います」
「なんですかその、大小傑、と・・・は?」
 この拙生の質問の言葉は、本当は「・・・」の部分に「云うこじつけ」と云う語句が入るのでありましたが、それは失礼かと咄嗟に判断して省いたのでありました。
「まあ南方の太平江と云う、娑婆の海のような大河に浮かぶ大小の島嶼からなる地方です」
「傑、と云うのは?」
「夫々の島が優れた島であると云う、云ってみれば美称ですね」
「ほう。これまた見事な命名ですねえ」
 この拙生の言葉は「見事な」と云うところを「まわりくどい」或いは「如何にも苦し気な」と云い換えるべきでありました。
「その島嶼の中で、もう大陸と云っても差し支えない程、飛び抜けて大きな島がこの地方の主島で、そこから北と東に放射状に他の多数の島々が広がっているのです」
「島々は多分、夫々自治が認められているのでしょうねえ?」
「そうです。文化も風習も微妙に違う各島が単独で、或いは幾つか集まって行政単位としての群を形成しています。陸続きの群ではない分、夫々は独立性が強いと云えるでしょう」
 記録官はそう無表情に云い終ってから、傍らに転がっている自分のボールペンを取り上げると、それをくるんと回して見せるのでありました。
(続)
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もうじやのたわむれ 65 [もうじやのたわむれ 3 創作]

「その、主島たる大きな島の名前はなんと云うのでしょうか?」
 拙生はそう聞くのでありました。
「オーシテクレヤ島と云います」
「おしてくれや?」
 拙生は語尾を上げて復唱するのでありました。「なんか温泉旅行に行った宿で、風呂に入って夕食も済んで、その後按摩さんを呼んで貰って、布団に寝そべって揉んで貰っていると、旦那さん肩がひどく凝っていますねえ、なんと云われてギュッとやられて、おうそこそこ、なんと気持ち良さそうな声を上げると、こう云う肩凝りの人は腰や脚の方にも凝りがありますよ、なんと云われて、ああそうかい、なんと応えて、どうですここは? なんと腰を押されながら聞かれて、うーんそこもキクねえ、なんと応えて、もっと強めに脚の方もやりましょうか? と聞かれた時に、何度も頷きながら云う科白みたいですねえ」
「何ですかそれは?」
「いや、何でもありません。・・・」
 拙生はモジモジしながら下を向くのでありました。
「オーシテクレヤ島の北岸は熱帯に属していて、暑くて明るくて、長大な白砂の河岸線が続いていて、通年、サーフィンやダイビングをする霊とか、それにのんびり休暇を楽しむバカンス客で賑わっています。魅力的な釣りスポットも至る所にあります。豪華なリゾートホテルが多く建っていて、長期滞在用のコンドミニアムタイプの宿泊施設も、格安の省霊宿舎や省霊休暇村、それに霊宿や船宿なんかも揃っていますよ」
「省霊宿舎は娑婆の国民宿舎、省霊休暇村は国民休暇村ですね。と云うことは霊宿と云うのは、民宿、のことでしょうかね?」
「その通りです。娑婆では民宿に当たります」
 記録官は数回、顎を上下に動かすのでありました。
「常夏の南海の楽園気分を満喫出来る、と云う感じでしょうかな?」
「正しくは、南河の楽園、です」
「ああそうか、太平江は海ではなくて河川ですものね」
「そう云う事です」
 記録官はまた数度、顎を上げ下げするのでありました。「一方南岸は一転して寒冷地でして、こちらではホエール・ウォッチングが出来ます。それに街に近い処に通年営業のスキー場も多いですかな。スノボとかスキー客でこちらの方も一年中賑やかですよ」
「ホエール・ウォッチング?」
 拙生は首を傾げるのでありました。「太平江は海ではなくて河でしょう?」
「はい、河です」
「河にクジラがいますか?」
「これがいるんですなあ。こちらではクジラも環境適応して、淡水でも生きられるのです」
「ふうん、環境適応ねえ」
 拙生はここは頷かないで、胡散臭気に顎をやや前にせり出させるのでありました。
(続)
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もうじやのたわむれ 66 [もうじやのたわむれ 3 創作]

「内陸部は未開の森林とか砂漠のような処もありますが、計画的集約的大規模農業が地方を挙げて推進されていまして、様々なオーシテクレヤ島独特の農業産品が大量に生産出来るようになりました。牧畜業の方も盛んで、良質の牛肉が、オーシー・ビーフ、と云うブランド名で、他の地方にも近年多く出回るようになりましたねえ。これは極楽省の方にも輸出されております。大小傑地方はこれから益々発展していくでしょうね」
「ふうん。なによりですね」
 拙生は突き出していた顎の先を、指で撫でるのでありました。
「オーシテクレヤ島から東にやや離れた処には、この地方第二の大きさの島であるユーシーランドがあります」
「UCカード?」
「いや、ユーシーランドです。ここには地獄省中にその勇名を轟かす、揃いの黒いユニフォーム姿も凛々しい、無敵のラグビー・チームがあります。地獄省地方対抗閻魔杯争奪ラグビー・フットボール選手権大会で破竹の七連覇中です」
 記録官がそう云ってボールペンをくるんと回そうとしたのでありますが、回し損ねて床に落として仕舞うのでありました。記録官は慌てボールペンを拾い上げるのでありましたが、恥ずかしさのためかその顔は少々赤くなっているのでありました。青鬼が赤い顔をするのも、なかなか味わい深い光景であると拙生は思うのでありました。ボールペンをくるんの手際に関しては、記録官は未だ審問官に及ばないようでありました。
「ふうん、ラグビー・チームですか」
「はい。オール・リラックスと云う名前のチームです」
「なんかダラっとした感じで、ちっとも強そうには聞こえませんね、そのチーム名は」
「確かに。ですから今度オール・ラテックスと云う名前に変えるそうです」
「コンドームみたいですね」
「ああ、それも確かに。そうするとどうしますかなあ、新しいチーム名は。・・・」
 記録官が悩ましい顔をして首を傾げるのでありました。
「オール・スラックスと云うのはどうでしょう?」
 拙生が提案をする、いや、茶化しを入れるのでありました。
「スラックス、ですか?」
 記録官が、あんまり賛成しかねると云った目つきで拙生を見るのでありました。
「チーム全員で長ズボンを穿いて試合に出場するのです。屹度大変な評判になりますよ」
「そうでしょうかねえ」
 記録官がそう云って、目玉をやや横にずらして俯くのは、全員長ズボンのラグビー・チームを思い浮かべているからでありましょう。割に愛嬌のある仕草であります。
「いやまあ、私がここでチーム名を提案しても仕方ありませんが」
「いや確か、チーム名は随時公募されていると思いますから、貴方が晴れて地獄省の省霊になられて、若し大小傑地方にお住みになられるようなら、その魅力的な名前を応募されてみては如何でしょうか。その名前、私としてはもう一つピンときませんが」
(続)
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もうじやのたわむれ 67 [もうじやのたわむれ 3 創作]

「ま、そう云う事になった折には是非」
 拙生は笑いながら云うのでありました。
「ま、ラグビーの方はさて置いて、ユーシーランドもオーシテクレヤと同じで、観光と農業や牧畜業が盛んです。羊が一杯いますよ」
「当然周りが水に囲まれておりますから、観光と農業や牧畜業ばかりではなくて漁業も盛んです。それにオーシテクレヤもユーシーランドも、工業も商業も金融取引なんかに関しても先進地と云えます。都市も、河岸に沿って大きな港湾設備を持つ街が多くありますし」
 記録官の紹介には不備があると思ったのか、これは審問官が口を挟むのでありました。
「ああ、その通りです。勿論この二島は近代化も果たされております」
 記録官が慌ててつけ足すのでありました。「オーシテクレヤ島には霊口が二百万を超える都市が二つありますし、ユーシーランド島にも都市域霊口が五十万に喃々とする処があります。夫々生活インフラも整っていて、住みよい処ですよ」
「他の島々はどうでしょうかね?」
 拙生は聞くのでありました。
「他の島は小さな島が多くて、小規模な農業とか漁業、それに観光なんかが主要な産業と云う事になるでしょうか。しかし他島との船便は頻繁にありますし、ま、美しい島の景観とかゆったりした暮らしぶりとか、そう云う面では結構人気の高い居住地ですよ」
「大小傑地方の知事さんは何方で?」
「クックさんと云う名前の方です」
「ああ、矢張りね」
 拙生は片側の頬に笑いを浮かべるのでありました。「その方は以前、海賊かなにかをされていたとか云われるのではないでしょうか?」
「いや海賊なんかされておりません。それに、因みにですが、太平江は河川ですので、それを云うなら、海賊、ではなくて、河賊、でしょうね」
「ああ、確かに。失礼をしました」
 拙生は軽くお辞儀をするのでありました。
「クックさんは商船の船長をされておりました。日焼けした赤ら顔で、髭が見事で、今でも何処に出るにも船長服を着用されて、なかなか押し出しの良い方でいらっしゃいます。政治の方もかなりの鉤手、いや、やり手で、大小傑地方では大いに人気があります。もう知事を四期務めておられます。商船の船長をされる前は大小傑地方の河軍士官でいらして、その後河洋探検家とか河図制作会社の社長さんをされていたと云う経歴がおありです」
「なんか、海軍が河軍で、海洋探検家が河洋探検家、それに海図が河図と聞くと、失礼ながらちょっと小ぢんまりした感じに聞こえて仕舞いますね、娑婆の感覚では」
「そんな事はありません。前に話したと思いますが、三途の川ですら娑婆の中国にある長江の約四十倍の川幅と長さがありますし、太平江の川幅はその三途の川のそのまた四十倍です。前に話しに出た大西江にしたって二十倍はありますから、途轍もなく広いのです。河軍とか河洋とか河図とかの語感から受ける印象で、そんなに侮って貰っては困ります」
(続)
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もうじやのたわむれ 68 [もうじやのたわむれ 3 創作]

 記録官が憤然として云うのでありました。
「ああこれはどうも済みません。侮るとか、そう云う積りではなかったのですが」
 拙生は二度お辞儀をするのでありました。
「大小傑地方は、ゆったりと地獄の生活を楽しみたいと云う霊にはもってこいの地方です」
 記録官はさして機嫌を悪くした風でもなく、説明を続けるのでありました。「地方霊の気質もどの島も概ね穏やかですから、近所づきあいにしてもこせこせした気煩いはないでしょうし。それに小さな島の生活でも、それなりにちゃんとインフラは整備されていますから、生活上の不便はそんなにありません。道を歩けば道脇には南方の果実がたわわに実っているし、釣り糸を垂れればすぐに魚はかかるし、食う心配は殆どありませんよ。庭のヤシの木の間に吊ったハンモックで長い午睡を楽しむと云った感じの、おっとりとした緩やかな離島ライフが、屹度満喫出来るはずですよ」
「他の島々についても正に、南海の楽園、いや南河の楽園と云う表現がピッタリですかな?」
「そうですね。ま、刺激がないと云えば、そうも云えるでしょうが」
 記録官はそう呟いて大きな欠伸をするのでありました。
「残る無間地獄と娑婆で云われているのは、正確には無休地方と云います」
 疲労が回復したのか、審問官が今度は喋り出すのでありました。
「無休地方? なんか忙しそうで疲れてきそうな名前ですね」
「いや年中無休とか不眠不休とか貧乏暇なし、と云った感じの無休ではなくて、休みなしに、鳥の羽根飾りとか様々な意匠を凝らした衣装をつけて、しかし殆ど裸に近い格好で、三日三晩速いリズムの音楽にのって踊りながら街を練り歩くと云う、派手で盛大な奇祭が年に一回この地方にはありまして、その祭りがこの地方を有名にしたものだから、そう云った地方名がつけられたのですよ。神輿が繰り出すやら、爆竹が鳴るやら楽隊が練り歩くやら、大型の派手な飾り山車は引き巡らすやらで、それはもう祭りの間は大変な騒ぎです」
「その祭りはサンバ・カーニバルなんと云われていますかな?」
 拙生は娑婆の南米大陸を思い浮かべているのでありました。
「いや、鎮守の祭り、と呼ばれています」
「意外にちまっとした名前ですね、私が今思い浮かべていた祭りからすると。そうすると、その祭りの踊りの、速いリズムの曲と云うのは、若しかしたら常磐炭坑節とか東京音頭とかを早回ししたもので、飾り山車の飾りも提灯とかそんなものなのでしょうかね?」
「いや、曲はサンバです。山車の飾りも派手々々しい電飾です」
「電飾の山車を引き回して、爆竹を鳴らしてサンバで踊り狂う、鎮守の祭り、ですか。・・・」
「そうです」
 審問官はどこが妙なのか、と云う様な顔を拙生に向けるのでありました。
「いや、あくまで私が思い浮かべたのは娑婆の方にある祭りで、それはこちらの祭りとは全く違っていて然るべきであろうとは思います。自分のイマジネーションの領域に閉じ籠もって、そこから、内容と名称が乖離しているとケチをつけているのでは全くありません」
 拙生は両の掌を速い速度で横にふるのでありました。
(続)
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もうじやのたわむれ 69 [もうじやのたわむれ 3 創作]

「貴方に悪意がない事は、全く承知しております」
 審問官はそう云って笑いながらゆっくり掌を拙生に向けて、拙生の掌の横ぶりを止めさせようとするのでありました。「兎に角、その三日三晩休みなく踊り狂う奇祭によって、無休地方と云う名前がついたと云うわけですよ」
「無休地方に住む霊は皆、その祭りに参加しなければならないのでしょうか?」
「いや、そんな事はありませんが、一応地方内の各群、群の下の行政区分の県、そのまた下の区分たる町単位、或いは職場単位で参加することになりますが、勿論、町内に住む霊総ての参加が義務づけられているのではなくて、各家或いは各霊の自由意思で参加します。そう云った馬鹿騒ぎが嫌いな霊とか、その家の家風とかその他の理由で参加しない霊もありますからね。そこはあくまで、民主的に個霊の意思が尊重されます。しかし皆さん結構積極的で、その、年に一回の祭りを楽しみにしているノリノリの霊が殆どですかな」
「ノリノリですか。ふうん」
「特に町内の若い衆の張り切りようは大変なもので、その祭りのために一年間懸命に働くような連中も大勢いますよ。祭りでワッと一年分を散財して、スカッとすっからかんになると云うのが粋な若い衆とされておりますかな」
「雨が降ろうが槍が降ろうがわっしょいわっしょい、ですね?」
「そうそう、すっかり、捩じり鉢巻き揃いの浴衣、みたいです」
「しかし神輿が繰り出すのはまあいいとして、バックに流れる曲とか練り歩く楽隊の演奏する音楽はサンバで、踊り手も裸に近い、鳥の羽飾りなんかの衣装なんですよね?」
「そうです。若い女性の霊のそう云う際どい衣装で踊る姿を目当てに、カメラを手にした、なんか祭りに如何にも不相応な、アニメのキャラクターのTシャツなんかをダラっと着た、或いは今時流行らないサファリジャケットなんかを着た、一様に小太りで眼鏡をかけた連中が、踊りの行列に如何にも胡散臭気についてまわったりします」
 拙生はその審問官の言葉で、娑婆の、浅草のサンバ・カーニバル辺りをぼんやり想像するのでありましたが、しかし無休地方を挙げての年に一度の祭りと云うことなので、その規模は比べるべくもないに違いありません。
「無休地方の知事さんは何方なのでしょう?」
 今までの話しの流れから、屹度、娑婆にいる時有名だった歴史上のか誰ではあろうと拙生は考えるのでありました。しかしこの地方に関連があるであろう人名が、俄かには思い浮かばなかったものだから、拙生はそう審問官に訊ねるのでありました。
「はい、前田光世さんです。地方知事さんの中では、一番の若手の方です」
「前田光世さん?」
「そうです。娑婆では日系と云われていた方です」
「その方は移民かなにかで無休地方に行かれて、そこでなにか偉大な業績を残されたとか云う方なのでしょうか?」
「そうです。ほら、コンデ・コマさんですよ」
 記録官が横から云うのでありました。
(続)
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もうじやのたわむれ 70 [もうじやのたわむれ 3 創作]

「コンデ・コマさん、と云うと、・・・」
 拙生は顎に手を添えて首を傾げるのでありました。
「娑婆にいらした時は明治時代、講道館柔道の麒麟児と謳われた柔道家でいらっしゃいました。アメリカとかヨーロッパ、それにキューバなんかでプロレスラーと戦ったりして、日本柔道の強さを遺憾なく宣揚されて、後にブラジルのベレンと云う処に移住してアマゾン開拓と日本移民の世話に尽力された方ですよ。ずっと後にグレイシー柔術の祖である、なんと一説には云われていたのを、娑婆にいる時お聞きになった事はありませんか?」
 記録官は拙生の首を傾げた儘の顔を覗きこむのでありました。
「コンデ・コマ、と云う名前は、確かに何処かで聞いたような気がしますが、その人となりは詳しく存じませんでした。ふうん、そう云う方だったのですか。成程々々」
「前田光世さんはこちらにいらしてからも、娑婆でのアマゾン開発の事跡に未だ熱い思いを保持しておられたようで、無休地方への居住をすぐさま熱望されて、我が事は横に置いてでも、献身的に精力的に地方の発展に尽くされて、ごく短時間の内にグングン頭角を現わされて、あの若さで知事さんになられたのです。いや私としてもですね、国籍が日本国で、葬儀の宗旨がなんたらの審問室の単なる記録官、と云うほんの淡い誼だけではありますものの、しかし前田光世さんの事は、我が事のように誇りに思っているのですよ」
 記録官が感に堪えぬと云う顔つきをするのでありました。
「鎮守の祭りだけが有名なのではなくて、無休地方は今現在、急速に経済成長を続けている地方なのです。元々は楽天的で大らかで、ちょっと怠け者で大雑把な気質と云うのが、この地方の住霊の良いところでもあり悪いところでもありましたか。しかし鎮守の祭りに現れているように、爆発的なエネルギーを秘め持ってもいたわけで、一旦経済成長と云う導火線に火が点いたら、住霊一丸となってその成果の獲得に意欲的に邁進し始めたのです」
 審問官がそう云って、拳を顔の前に挙げるのでありました。「今では見違える程、計画的で冷静で緻密な経済発展計画の下に、活き々々とした就業態度で、地方の殆どの霊が日々の自分の仕事に臨んでいると云った風ですよ。住霊の活気、と云う点では地獄省の中では無休地方が随一ではないでしょうか。学校教育にも力を入れております」
「つまり本当の、無休地方、になって仕舞ったのですね?」
 拙生はそう云うのでありましたが、これは別に皮肉っぽい云い方でそう云ったのではなくて、感心の意をこめた云い様なのでありました。
「いやいや、それは違います。第一無休で働いていたら、次第にモラールが下降していくでしょう。仕事の効率を考えて、原則週休二日と一月五十時間以内と云う残業制限、それに年に二十日間の有給休暇と云う労働条件は、どこでもちゃんと遵守されております」
「ま、就職時に提示される就業条件として見れば、娑婆でもそれはぼつぼつの線ですかね」
「慶弔一時金もあります。福利厚生に関しても色々考慮されておりますよ」
「年に一度の社員旅行とか?」
「ま、それもあるでしょうかな。元々根が陽気で且つ情熱的な地方ですから、経済成長のためなら大抵の事は我慢するなんぞと云った悲壮感は、地方内に全く漂ってはいませんよ」
(続)
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もうじやのたわむれ 71 [もうじやのたわむれ 3 創作]

「ここも、先程紹介して頂いた黄熱地方同様、これからの地方と云うわけですね」
「その通りです」
 審問官はそう云って少し背筋を伸ばすのでありました。
「しかしなんとなく、娑婆で日本人だった私なんかには、そう云うイケイケ調の地方は、ちょっと疲れて仕舞うんじゃないかとか思いますね」
「でも、娑婆で日本人でいらした方も、多く無休地方に移霊されておりますよ。特に、タラジル郡と云う処の特産品であるコーヒー豆の栽培農園なんかに就職されて、地道にこつこつ働いて、その後自分の農園を持った、なんと云う成功霊、いや成功例が一杯あります」
「移霊、は、移民、ですね?」
「正解!」
 審問官は今度はごく普通に云って、ごく普通のピースサインを出すのでありました。
「私が先程入れて差し上げたコーヒーも、実は無休地方で産した豆のものですよ」
 記録官が云い足すのでありました。「タラジル郡産の、カスジル、と云う高級品種の、香味豊かな豆から作られたインスタントコーヒーです」
「鱈汁郡産の粕汁?」
「いや、タラジル郡産のカスジル、です。なんならもう一杯入れましょうか?」
「いや結構です。コーヒー好きなくせに、私には豆アレルギーがありましてね。摂取し過ぎると後であちらこちら痒くなるもので、そうたんとは飲めないのです」
「ああそうですか。それではそんなにお勧めするわけにもいきませんねえ」
 記録官は残念そうに云うのでありました。拙生は拙生の遠慮が記録官の気分を損ジルのではないかと案ジルのでありました。
「今までのお話しで推理すると、無休地方は合衆群地方の南にあるのでしょうね?」
「そうですが、それ、云っておりませんでしたでしょうか?」
「ええ。いきなり鎮守の祭りの話しになりましたから」
「ああそうでしたね。これは迂闊でした。申しわけありません」
 審問官が頭を掻いて拙生にお辞儀をするのでありました。
「地理的なところを私なりに概括させて貰うと、この審問室のある閻魔庁から北に行くと東滑地方、東滑地方の西隣にハラショー地方、閻魔庁から真西に、と云う事は多分ハラショー地方の南に位置すると思われますが、そこに大旅館地方、大旅館地方の更に西に強艦地方、強艦地上の南には黄熱地方、強艦地方からまたまた西に大西江を渡って合衆群地方、合衆群地方の南と云いますからここも黄熱地方から西に太平江を渡った辺りにあるのが無休地方、閻魔庁の南にある太平江の中に大小傑地方となるわけですよね?」
 拙生は指を折りながら地獄省の八大地獄、いや八大地方の名前を列挙するのでありました。紹介された各地方の特色から、頭の中に娑婆の世界地図を広げておけば、なんとなくではあるものの大凡の位置関係は理解出来るのでありました。
「ま、そんな感じです」
 一緒になって、指を折りながら聞いていた審問官が肯うのでありました。
(続)
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もうじやのたわむれ 72 [もうじやのたわむれ 3 創作]

「娑婆の世界地図となんとなくダブりますよね、こちらの八大地方地図も」
「そうかも知れませんね。娑婆であろうとこちらの世であろうと、『我々は宇宙人だ』の法則が支配しているわけですから、似たり寄ったりな状態になるのでしょうね」
「で、そうなるとこの閻魔庁の所在地と云う事になるのですが、・・・」
 拙生は中国、それも漢や唐の都のあった長安、今の西安を思い浮かべているのでありました。「ここはひょっとしたら、中華、とかなんとか云われているのではありませんか?」
「いいや違います。千代田区隼町です」
「千代田区隼町?」
 拙生は少々混乱するのでありました。
「娑婆の日本国の最高裁判所の所在地と、奇しくも同じ地名です」
「なんか、私をおちょくっておられませんか?」
 拙生はやや憮然たる顔をして見せるのでありました。
「とんでもない。そんな事をするわけがないじゃありませんか」
 審問官が両の掌を忙しなく横ぶりさせるのでありました。拙生はゆっくりと審問官の方へ掌を差しだして、その横ぶりを制するのでありました。前に同じような仕草を、立場を変えてお互いに交わしたのではなかったかしらと、ぼんやり考えるのでありました。
「私は今、審問官さんや記録官さんのお話しを伺いながら、娑婆の世界地図を頭に描いていたのですよ。別に東京二十三区詳細案内図を開いていたのではありません。急に千代田区隼町と云われても、そう云う細かな地名は頭の中の世界地図では探せませんよ。なにせオツムの出来が悪いから、開いているのは大判の細密世界地図ではなくて、A4判程度の大雑把な世界地図なんですからね。それに、例え四六倍判とかの大判の世界地図であったとしても、それでも千代田区隼町のような細かい地名は多分載っていませんよ」
「いやしかし、実際に閻魔庁の所在地名称は千代田区隼町なんですから、仕方ありません」
「千代田区隼町の前に、東滑地方とか云うような地方名はつかないのですか?」
「つきません」
「ならばせめて郡名、娑婆で云えば日本とか中国とかロシアとかの国名みたいなものは?」
「単に、千代田区隼町だけです」
「困ったな。・・・」
 拙生は腕組みをして天井を見るのでありました。
「では、その頭の中に開かれている世界地図を、一旦脇に除けてください」
 審問官はそう云ってから、テーブルの上の、拙生の娑婆でのあれこれが記してあるのであろう、クリップで止められた紙の束からまた一枚を抜き取って、それを裏返すと、そこにボールペンで簡略な図を描き始めるのでありました。
「さあ、これをお渡ししておきます」
 そう云って審問官から差し出された紙には、右端に縦に二条線が引かれていて、その線に沿って、三途の川、と縦書きされ、その真ん中すぐ脇に、千代田区隼町、と云う横書きの文字が、歪な円で囲ってあるのでありました。
(続)
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もうじやのたわむれ 73 [もうじやのたわむれ 3 創作]

 それから千代田区隼町の円の上方に、と云う事は恐らく北に、東滑地方、と記してあり、これも歪な円で囲ってあるのでありました。その東滑地方の横にはこれも同じような円囲みで、ハラショー地方、と記してあり、他の六つの地方に関しても、先に拙生が頭の中に描いた地図とほぼ同じ位置に描いてあるのでありました。
「これが地獄省の大まかな省界地図と云うか、地方の位置関係図です」
 拙生がその図を概観し終えたのを認めて、審問官はそう云うのでありました。
「お手数、まことに有難うございます。大体私の頭の中に描いた地図と一致しております。しかし、私の納得しかねる点と云うのか戸惑いと云うのか、それはこの位置関係ではなくて、閻魔庁のある処だけが、なんで千代田区隼町と云う、世界地図規模、いや省界地図規模で記されるべき地名とは云い難い、如何にも細か過ぎる地名なのか、と云う点なのですけれどね。いやしかし、この省界地図を描いて頂いた労を、無駄な事だと云っているのでは決してありません。これはこれで後程大いに参考にさせて頂きますから」
「ああそうですか」
 審問官は渡した図を、あんまり拙生が有り難がっていない様子である事に落胆したようでありました。拙生はなんとなく我が愛想のなさを、申しわけなく思うのでありました。
「貴方の混乱と云うのか戸惑いと云うものは、あまりに娑婆の地名表記の形式と云うものに、拘り過ぎていらっしゃるからなのではないでしょうか?」
 これは記録官が云った言葉であります。「それは確かに、娑婆に於いては国名の下に州とか郡とか県の名前とかがきて、その下に市町村名があって、そのまた下に字名とか町丁目がきて、と云う風になっているのでしょうが、そう云う区分と云うのか順序と云うのか、それをそっくりその儘こちらの地名表示の形式に当て嵌めるのは、云ってみれば無意味でして、歴史的にも習慣の上でも効率の上でも、こちらにはこちらの仕来たりと云うものがあって、娑婆と全く同じような風になるはずのものではないのですよ」
「ここでは『我々は宇宙人だ』の法則は適用されないのですね?」
「いや、ちゃんと地名があると云う点で、法則性の内です。娑婆だって国名の下に県名があって、その下に郡名がきて字名がくるという国もあれば、国名の下に州名がきて、その下に郡名がきて、その後に県名がくると云う処もあるでしょう」
「つまり、娑婆の国名とか州名とか町名とかを、まったく区分に拘らずに一纏めに、私の頭の中でシャッフルして仕舞えばいいのですね」
「そうしてください。或いは、閻魔庁は地獄省の中の、特別行政区域であるとお考えになる方がすっきりするかも知れません。娑婆風に云えば世界地図規模の特別行政区域です」
「で、その特別行政区域の名前が、千代田区隼町、なわけですね?」
「そうですね」
「バチカン市国、みたいな感じかな?」
「ま、イメージはなんでも結構です。ご納得さえ頂けるなら」
「既定事実としてそう云う名前がついているわけだから、色々考えずに素直に受け止めれば良いのでしょうね。元々、新参者の私がとやこう云う問題ではなかろうし」
(続)
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もうじやのたわむれ 74 [もうじやのたわむれ 3 創作]

 拙生のその言葉の後半は、殆ど独り言のような感じでありました。
「そう云うところで一つ、この地名の件はグッとその儘飲みこんで頂きたいものだと」
 審問官が揉み手をするのでありました。
「判りました。この閻魔庁のある処は、その上に地方名も郡名もつかない、千代田区隼町と名前のついた、特別行政区域だと云う事で納得致します。」
「有難うございました」
 審問官と記録官が揃って拙生にお辞儀するのでありました。
「いやいや私の場違いな拘りから、余計なお手間をおかけいたしました」
 拙生はそう云って同じように頭を下げるのでありました。
「さて、ところでどうです、何処か気に入られた地方がありましたでしょうかね? まあ住む地方は後程、閻魔大王官のもっと詳しい話しを聞いて判断すれば良い事なんですが」
「うーん、そうですねえ、何処も魅力的な処のようですからねえ」
「地獄の方も、なかなか棄てたものじゃないでしょう?」
「ええ確かに。それに娑婆から来たばかりの身にとっては、地獄省はなんとなく娑婆臭があって、すんなり馴染めそうな気もしますしね」
「そうですとも」
 審問官は拙生が地獄省の霊民になりそうな目が出たと思ったようで、ニコニコと愛想笑いなんぞを送ってくるのでありました。
「極楽省の方に関しては、説明とか紹介を聞かせて頂けるのでしょうか?」
「いや、極楽省の紹介は私たちの管轄の外になりますので、ここではそれは出来ません」
「では地獄省と極楽省を比較検討する事は、出来ないのですね?」
「申しわけありません。私共が極楽省についてああだこうだと申し上げる事は、越権行為でもありましょうし、何かと後で問題にされる場合がありますから、どうぞご勘弁を」
「では極楽省の事を聞きたい場合はどうなるのでしょう? 地獄省の情報だけしか教えていただけないのなら、私としても比較検討が出来ないではありませんか」
「極楽省の情報に関しましては、この後、閻魔大王官の最終審理室に行かれたら、そこに極楽省から出向してきた極楽省の吏員が控えておりますから、閻魔大王官の審理前にそこでお聞きいただく手順になっております」
「極楽省から出向してきた吏員?」
「ええ。極楽省の菩薩庁地蔵局と云う役所の官吏です。その官吏が、極楽省について細かいところまでご案内すると思います」
「すると、その極楽省の地蔵局のお役人さんの詳しい極楽案内を聞いてから、私は最終的な落ち着き処を決めれば良いのですね?」
「そうです。それを閻魔大王官にお伝えになれば、貴方のご意向通り決裁されるはずです」
「極楽の案内と云うと、これまた違う意味で興味がありますね」
「ま、そう期待されない方が良いかも知れません。極楽省と云う処は、案外退屈な処ですからね。おっと、こんな事を私が云っては拙いか」
(続)
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もうじやのたわむれ 75 [もうじやのたわむれ 3 創作]

 審問官はそう云って自分の頭を拳で軽く打つのでありました。「今の私の発言は、オフレコと云う事でお願いいたします。こんな事を云ったなんと云う事が漏れると、後で上司から叱責を食らいますから。それに若し極楽省の地蔵局の役人の耳にでも入ったなら、大騒ぎされて、屹度始末書程度では済まなくなるでしょうからね。まあ、良くて厳重注意処分、悪くすれば十パーセントの減給一年とか、最悪、二年間の停職処分ですわ、冗談でなく」
 審問官は拙生に合掌して見せるのでありました。
「了解しました。今の審問官さんの言葉は、聞かなかった事にさせていただきます」
「ご高配、恐れ入ります」
 審問官は手をあわせた儘、深刻顔で深々と拙生にお辞儀をするのでありました。拙生は娑婆であった拙生の葬儀の折、棺桶の隙間から秘かに窺っていたところの、会葬者が見せた一様な表情や仕草なんかを、その審問官の姿でちらと思い出したりするのでありました。
「しかし、閻魔大王官の目の前で、しかも決裁直前と云う状況で、極楽案内を充分心ゆくまでに聞く事が出来るのでしょうか?」
 拙生は問うのでありました。
「それは充分時間を取ってあります。地蔵局の出向役人はここでかけている時間と同じくらいの時間で、存分に極楽の素晴らしさを具体的に縷々述べます。それに地蔵局の役人が極楽省の紹介をしている間、閻魔大王官は一切それに口出し出来ないことになっております。この案内を妨害したり途中で止めさせたりする事は、地獄省と極楽省の取り交わした文書に依る申しあわせで禁止されておりますから。ですからどうぞご安心ください」
「しかし、充分な説明があったとしても、その後、私がどちらに住むか色々思い悩む時間がちゃんと確保されていないと、私としても困って仕舞いますかな」
「それも充分な時間をかけて頂いて結構です。そのように配慮されております」
「ああ、そうですか。・・・」
 拙生は現段階ではそう云うしかないのでありました。
「亡者様の行く末を決める大事な判断ですから、我々もそんなに焦って決められても困るのです。後で苦情が出たりするといけませんからね。ゆっくりたっぷり存分に思い悩んで頂いて結構です。諺に云うではありませんか、ええと、聖徒はホトを疎んじる、なんと」
「いやその諺は確か、生徒は九九を諳んじる、ではなかったですか?」
「ああ、そうでしたっけ?」
 審問官がそう云った後、拙生と審問官は揃って記録官を見るのでありました。
「・・・ああ、まあ、その、ええと、・・・セーターは、セーターはコートの下に着る、ではなかったかと思うのですが、確か」
 記録官がたじろぎながらそう云った後に、なんとなく気まずい空気がテーブルの上に薄ら泥むのでありました。「いや、どうも済みません、急にこちらにふられたものだから、如何にも間抜けなもじりしか云えなくて。もう一度家で勉強し直して参ります」
 記録官はそう云って頭を下げるのでありましたが、頭を起した記録官の顔には、ほんのりと敗北の色が浮いているのでありました。
(続)
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もうじやのたわむれ 76 [もうじやのたわむれ 3 創作]

「いやそんな事はありません。私のもじりも審問官さんのもじりも記録官さんのもじりも、どっこいどっこい、何れも五十歩百歩の出来だと思いますよ」
 拙生は記録官を慰めるのでありました。
「まあ、敢えて正しく云い直すまでもないでしょうが、急いては事を仕損じる、です」
 審問官がそう云ってテーブルをボールペンでポンと打つのでありました。「ま、地獄省の方も積極的なご検討を、どうぞ宜しくお願い致します。」
「そうですね、充分考慮させて頂きます」
「お決まりになりましたならその旨、閻魔大王官にお伝えくだされば、繰り返しになりますが、大王官の方から八大地方のもっと詳細な説明が行われます」
「判りました」
 拙生はそう云ってお辞儀をするのでありました。
「さて、何か貴方の方から地獄省に関して、これは聞いておきたい、なんと云うような事が他にありますでしょうか? なんでも結構ですから」
「そうですね、では、前の方の話しで、娑婆の方で国籍も宗教も、文化も風習も言語も違う環境でバラバラに一生を過ごしてきた我々亡者が、地獄省の何れかの地方で一緒に混じりあって住んで、上手くやっていけるのかと云うような質問をした時に、住む省が決まった後にちょっとした絡繰りが施される、なんと云うお話しをされておられましたが、その、絡繰り、と云う事について、どう云うものなのかお話し頂けませんでしょうか?」
「ええと、そう云うお話しをしましたかな?」
 審問官が小首を傾げるのでありました。
「ほら、記録官さんが私の仕様もない質問のために、態々調べてくると仰ってこの部屋を出て行かれて、その後、丁度戻って来られる直前に話していた事ですよ」
「うーんと、・・・」
 審問官が天井を見上げながら、その時の状況を思い出そうとしているのでありました。
「あれ、お忘れでしょうかね?」
 拙生は審問官のやや突き出された顎を見ながら聞くのでありました。審問官はしばらく顎の先端を拙生に披露していた後、徐にそれを元に戻して拙生を見るのでありました。
「ああ、思い出しました。例えば、アメリカ人とフランス人とロシア人と中国人と日本人が、急に一緒の地方で近所づきあいする事になって、上手く意思疎通とかが出来るのかとか、小難しい問題が起こりはしないかと云うような貴方のご懸念でしたかな?」
「そうです、そうです。そこで審問官さんが、心配ない、ちょっとした絡繰りが施されるから、なんと仰って、それはいったいどう云った絡繰りかと私が聞いた時に、丁度記録官さんがこの部屋に戻って来られたのです」
「はいはい、そうでしたそうでした」
 審問官は手を打って数度頷きながら、拙生に笑いかけるのでありました。「それはですね、亡者様が地獄省に住む事をお決めになったら、その後で、亡者様には一度生まれ変わって頂く事になっているからです。これは極楽省でも矢張り同じ絡繰りが施されます」
(続)
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もうじやのたわむれ 77 [もうじやのたわむれ 3 創作]

「生まれ変わって頂く?」
 拙生はやや身を乗り出して、眉根を寄せて審問官の顔を見るのでありました。
「そうです。でないと、こちらでの新生活を、お爺ちゃんやお婆ちゃんの風体で始めなければならない方が多くなりますし、こちらの平均寿命からしても、例えば九十歳なんと云うのは未だヒヨッ子の年齢ですしから、何かと不都合があるわけです」
 審問官がそう云いながら、ボールペンをくるんと指先で回すのでありました。
「ああ、成程ね。それで生まれ変わる必要があるのですね」
「折角の新規蒔き直しのこちらでの新生活なのですから、態々老人の風体からそれを始めなくとも良いではありませんか」
「そりゃそうですな。ご尤も」
「一応、出だしくらいはまっ更でいく方が、誰でも気持ちが良いでしょう」
「しかしその、生まれ変わる、と云うのは、つまり具体的には、いったいどう云う風な具合になるわけでしょうか?」
「はい、例えば亡者様が地獄省の無休地方に住む事をご希望されたとしたら、無休地方の或る女性の体内にその赤ちゃんとして宿って頂きます」
「赤ちゃんとして宿る?」
「そうです」
「そんな事が可能なのですか?」
「ごく普通に行われている手続きです、こちらでは。まあ、儀式と云っても良いですが」
「ごく普通、ですか。・・・」
「で、出産となって、その後は、一般的にその女性の子供として養育されて頂きます」
「こちらの世に、新しい生命として誕生するわけですね?」
「そうです。そんな感じです」
「ちなみにお伺いするのですが、今私が使用した、生命、と云う言葉は、なにか違う言葉に置き換えなくとも良かったのでしょうか? 云った後に、なにやらそんな気がちらとしたものですから、一応お聞きするのですが」
「まあ良いでしょう、ここは、生命、で。一々細かく置き換えていると、話しがぎくしゃくとしたり、まわりくどくなっていけませんからな」
 審問官はそう、ざっくばらんな事を云うのでありました。
「ああ、そうですか」
 拙生はなんとなく肩すかしを食ったような気がするのでありました。
「で、どんな女性のお腹の中に宿るか、それは希望出来ませんことを申し添えておきます」
「ああ、そうですか」
「受付順に、ごくシステマティックにそれは決まります」
「ああ、そうですか。で、それは誰が決めるのですか?」
「審理の決裁順ですよ。誰と云う事はありません。ほら、娑婆で病院に行ったら先ず診察券を出して、その順番で診察室に呼ばれるでしょう、あれと同じようなものです」
(続)
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もうじやのたわむれ 78 [もうじやのたわむれ 3 創作]

「ふうん。娑婆の病院の診察の順番と同じ要領なわけですか?」
「そうです。それが一番、文句の出ないルールでしょうから」
「ま、そうでしょうけど」
 拙生は審問官のその説明ぶりに、拙生の聞きたかった事の回答として納得出来るような納得出来ないような、複雑な心持ちがするのでありましたが、まあ、一先ず良いでしょう。
「一般的な例、あくまでごくごく一般的な例として申し上げるとすれば、大概の場合その女性と云うのは或る家庭の主婦でありましょうから、その子供として誕生した亡者様は、そこの家庭で、両親とか親族に愛情を豊かに注がれながら赤ちゃん時代、そして幼児時代を過ごし、その後、これもあくまで一般的な事例として、十八歳とか二十二歳とかで学校を無事に卒業するまで、幸せに過ごす事となります。まあ要するに、娑婆によくいる子供と全く同じです。勿論、色々な理由からそう云う、所謂幸福な環境を手に出来ない子供もありましょうが、まあしかし要するに、云ってみればそう云うのも娑婆と同じなわけです」
 審問官はそこで言葉を切って、やや拙生の方に身を乗り出すのでありました。「ところで入念にお断りしておきますが、私が今云っているのは、一般的通例的よく見聞きする的なモデルなのでありまして、決してそれが当たり前なのだ等と申しているのではありません。その辺の私の真意を正確にご斟酌頂いて、故意の誤解や、或いは本筋ではないところでの無茶ないちゃもんなんかをつけないで頂きたいものだと、平に願い上げる次第です」
「まあ確かに、個々様々な事情があるでしょうからね」
「ご理解有難うございます」
「前に、何かそこで、いちゃもんをつけられた事がおありなのでしょうか?」
 拙生はそう聞いてみるのでありました。
「ええ、まあ。今流行りのモンスター亡者様とか、時々いらっしゃいますので」
 審問官はそう云って眉を顰めて見せるのでありました。
「モンスター亡者なんと云うのがいるのですか?」
「ええ。ゴネ徳とか、云わないでいたら損とか、相手のヘマとか隙を見つけたらとことんそこを攻めないと気が済まないとか、相手が恐懼する様を見るのが無性に快いとか、云い負かされる事を異常に恐れるとか、判っていながら無理な意地の張りあいを竟して仕舞うとか、そう云った娑婆の風潮の中で長く生活してこられた亡者様は、こちらにいらしてもその身についた傾向がなかなか抜けないようで、何かとすぐ赤い顔をして頭の角をお出しになりましてね。頭の角なんと云うものは私等の専売特許の筈なのですが、こちらはそれをなるべく出さないように躾けられているものですから、もう、たじたじと云った按配で」
「いやいや、娑婆の殺伐とした悪習を、ここにまで持ちこんだりする不心得者になり代わりまして、娑婆から来たばかりの私が、一応ここで慙愧の念を表明させて頂きます」
「そんな、何も貴方が謝る必要なんかありませんけど」
 審問官は拙生の低頭の仕草に、恐縮の意をおろおろと現わすのでありました。
「で、話しは戻りますが、そうやって生まれ変わった亡者と云うのは、もう向こうの世での出来ごとなんかを一切、忘却して仕舞っているのでしょうか?」
(続)
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もうじやのたわむれ 79 [もうじやのたわむれ 3 創作]

 拙生はそう聞くのでありました。
「いやいや、実はそうではないのでして」
 審問官が勿体ぶって掌を横にふるのでありました。
「しかし、前に伺った帰納法絡みのお話しからすると、娑婆に生まれた私は、その前にどうたら界にいた事になるのでしょうが、そのどうたら界の記憶なんかすっかりなくして、人間界に生まれてその儘生きていたように思うのですが?」
「その辺が娑婆とこちらの違いでしょうかね」
「娑婆での記憶が残っているのですか?」
「そうです。しかし、その娑婆での記憶をちゃんと保持した儘、おぎゃあと生まれてくるのではありません。第一、娑婆の世知に長けた赤ちゃんなんと云うのは、考えただけで、なんか薄気味悪いではありませんか。幼年期の子供にしたって、娑婆の記憶なんか持っていると、どこか妙にひねた感じがしたり、いやに世渡り上手な風情なんかも漂わせたりしているでしょうから、そんなもの可愛くもなんともなくて、チョコレートの一つでもやろうかと云う気なんか全く起きないでしょう。逆に頭を一つポカッとやりたくなりますよ」
「それはそうですけど」
「ですから、十五歳までは何の屈託もなく、天真爛漫に少年時代を過ごす事になります。しかし十五歳の誕生日を幾らか過ぎる頃から、どうしたわけかふと、嘗て自分が生きていた娑婆での記憶が、じんわり断片的に蘇ってくるようになっておりまして、大体二十歳くらいでそれが完全に、或る諦念を伴って、蘇り終わると云う様な手順になっております」
「或る諦念を伴って、ですか?」
「そうです。ですから二十歳までは、何時も陰鬱そうで、疲れ切っているような素ぶりをしてみたりであるとか、表情のどこかに鬱屈した濃い翳りを装ってみたりであるとか、必要以上に感受性が敏感になったりだとか、他人、いや違った、他霊が総て自分の敵に見えたりだとか、自己賛美と自己否定、上昇志向と破滅指向、限りない愛情と底なしの憎悪なんかの、アンビバレントな苦悩を、求められてもいないのに背負いこんだり、何に依らず大袈裟な態度や思考が鼻についたり、そんな自分が嫌になったり、もうなんか、とても収拾困難な心理状態なんかになったりします。しかしそれが二十歳の声を聞くと、次第にそう云った感情の波風が落ち着きを見せ始めて、面相なんかも温和な風になっていくのです」
「ほう。なんか、思春期みたいな、青春の光と影みたいな雰囲気すね」
「そうですね。で、二十歳になった頃には、或る諦念を伴って、その娑婆での大方の記憶が、美しくも悲しい追憶として、心の中の一番端っこにある小さな桟橋に漂着して、漣に微かに揺れ遊ぶ小舟のように係留されると云うわけです」
「なんか、そんなレトリックで締めくくりになったりすると、話しがよく判るような判らないような、そんな心持ちがして仕舞いますが」
 拙生はそう云って首を左右に何度か傾げて見せるのでありました。
「なにせ、私は生まれながらの地獄っ子でありますもので、その辺の亡者様の心理と云うのか気分と云うのか、それは実はよくは判らないのです。どうも済みません」
(続)
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もうじやのたわむれ 80 [もうじやのたわむれ 3 創作]

 審問官は額に手を遣って、嘗て娑婆のテレビや池袋辺りの寄席の高座で見た、林家三平のような仕草をして見せるのでありました。
「確かに、根っからの地獄の鬼さんとなると、そう云った感情は未知の領域ですよね。娑婆での生活経験がないのですから、娑婆の記憶が蘇るはずがないですものね」
 拙生はそう云った後、その自分の言葉に少し引っかかるのでありました。「いやしかしところで、今の確認と云うのか念押しになりますが、貴方がた鬼さん達は、娑婆の誰かの生まれ変わりと云うわけではないのですか?」
「我々は違います。我々はそう云った絡繰りの埒外におります。私等は亡者様の生まれ変わりのお手伝いをする側ですから」
「では、鬼さん達はこちらにずっとおいでになる、独自の存在だと?」
「そうです。鬼さんこちら、です」
 審問官はそう云って何度か、小さく手を鳴らすのでありました。
「そうなると、一般の霊の発生の源は娑婆にいた生命であるわけですが、鬼さん達の発生の源となると、これはいったい何なのでしょうか?」
「我々はまあ、純生物学的な発生形態、とでも云うべきか、何と云うべきか。・・・」
「要するに初めの初めから、鬼さんのお父さんとお母さんから、純然たる鬼さんとして、生一本の地獄っ子と云う形で生まれたと云うわけで、娑婆の誰かの生まれ変わりとしてこちらの世に誕生したのではないと云う事ですね?」
「ま、そう云う事です」
「一般の霊とは種族が違うわけだ、有態に云うと」
「そう云う理解で結構だと思います」
「へえ、鬼さんは特別なんだ」
 拙生は、千代田区隼町の時のように、ここはまわりくどく考えずにその儘、鬼さんこちらを納得するべきであろうと思うのでありました。
「我々の事は置くとして、まあ要するに、十五歳から二十歳までの情緒なんと云うものは、貴方自身で今後、身をもって確かめて頂く事になるのです」
「青春の光と影を経験するわけですね?」
「そうです。屹度ビタースイートな感じでしょうね。ちょっと羨ましい気もしますよ」
「そうでしょうかね?」
 拙生は顎の下を撫でながら云うのでありました。
「そう云った辺りをネタに、あちらの世の記憶と、こちらの世の現実に引き裂かれている自己の苦悩を小説に書いて、最近えらく売り出している一群の若手作家がいますよ。なんでもその自暴自棄にも見える生活態度から、無頼派、とかなんとか呼ばれて」
 今まで暫く黙っていた記録官が、横からそう紹介するのでありました。
「ほう、太宰治とか坂口安吾とか、織田作之助とか田中英光とか云う名前ではありませんか、ひょっとしたらそんな連中は?」
「いや、私は小説とかはあんまり読まないから、そんなに詳しくは知りませんが」
(続)
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もうじやのたわむれ 81 [もうじやのたわむれ 3 創作]

 記録官は素っ気なく云うのでありました。
「ああそうですか。まあ良いや」
 拙生もその辺には、あんまり興味がなさそうに呟くのでありました。「ところで先程の話しに戻るとして、或る諦念を伴って娑婆の記憶が蘇る、と云う事ですが、その、諦念、なるものについて、もう少し詳しくお話しして頂けませんか。美しくも悲しい追憶とか、小さな桟橋に漂着とか、漣に揺れ遊ぶ小舟とか、ビタースイートな感じとか、そんな情緒的な部分だけではなくて、諦念、と仰るからには、悟る、とか云う、なんかそんな、もうちょっと深い意味が籠められているようにも拝察したのですが、如何なものでしょう?」
「そうですね、それは云ってみれば、抑制、と云う意味があります」
 審問官が落ち着いた物腰で云うのでありました。
「抑制、ですか?」
「要するに、それに引き摺られて仕舞わない程度の淡さ、とでも云うのか」
「それに引き摺られて仕舞わない程度の淡さ、ねえ。・・・?」
 拙生は首を傾げるのでありました。
「つまり、記憶は蘇るものの、だからと云ってそれはもう、遠い過去の思い出と云うものなんかよりももっと冷淡に、こちらの世にいる現実の自分との関連等は殆ど薄れた、まあ、感情と云うものへの作用をすっかり剥ぎ取られた形で蘇るのですよ」
「事実の記憶だけで、蘇ったその記憶になんの感慨も起こらないような?」
「そうそう、そんな感じです。ですから、抑制の利いた形で蘇ると云うわけです」
 審問官が三度頷くのでありました。
「その辺が今一つ上手く納得出来ないのですが、まあしかし、そう云う感じで向こうの世の記憶が蘇るのであるなら、先程の、記録官さんのお話しに出てきた、無頼派と呼ばれる若手小説家連中のテーマなんかは、そもそも成立する筈もないと思うのですが?」
「本来はそうです。その記憶は苦悩と云う類の心の状態とは結合しないものですから、彼らのテーマは或る種の欺瞞と云うのか、巧妙な作為の産物であるとも云えます」
「でも一応、苦悩の若手作家として売り出しているのでしょう?」
「まあ実のところは、装飾を凝らしたその類い稀なる文章力と、世間受けを狙った派手な私生活と、それに本の宣伝、販売戦略の上手さ故に、ああやって世の中にちやほや持て囃されているのでしょう。彼等の事は、苦悩の新進作家、ではなくて、知能の新進作家、と云うべきではないかと、私なんかは内心そう思っておりますよ。いやこれは、ちゃんと彼等を小説家としては評価しているので、胡散臭いとか云っているのではないですよ。まあこの際、私の彼等に対するそんな感想なんと云うものは、別にどうでも良い事ですけれど」
 審問官はクールに云ってボールペンを何度も回すのでありました。
「まあ、私は未だその人達、いや、霊達の小説を読んでいないので、何とも云えませんが」
 拙生は顎を撫でるのでありました。「しかし前の地獄省の八大地方の紹介のところで、フビライさんとか野口英世さんとかコンデ・コマさんとか、各地方の知事さん方は、娑婆での情熱を色濃く保持されているようにも聞こえたのですが?」
(続)
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もうじやのたわむれ 82 [もうじやのたわむれ 3 創作]

「まあ、多分それも、こう云う云い方はあんまり感心されないかも知れませんが、或る種の霊気とりのポーズなのでしょうね。そう云う風に喧伝する方が耳目を集められるとか、なんとなく情熱的で格好良く聞こえるとか、政治家としての体裁が良く見えるとか云った、自己演出の魂胆も多分にあると思われますけれどね。なにせ政治家さんですからね」
「その、霊気とり、と云うのは、人気とり、という事ですね?」
「正解!」
 審問官は片頬でシニカルに笑いながら、指先に力を入れない投げ遣りなピースサインをして見せるのでありました。
「では、向こうの世での知人なんというのは、その蘇った淡い記憶の中で、いったいどう云う具合に処理されるのでしょうかね?」
「そう云うヤツが向こうの世にいたなあ、と云った事実の記憶としてのみ認識されます」
「そのそう云うヤツに、こちらの世で再会するなんと云う事はないのですか?」
「大体に於いて、ないですね」
 審問官はにべもない云い方をするのでありました。
「偶然何処かで出くわすなんて事が、ひょっとしてあるかも知れないと思うのですが?」
「それはあるけど、しかしまあ、ありません」
「あるけど、ないのですか?」
「そうです」
 審問官はそう云って口の端に笑いを浮かべるのでありました。
「つまり、どう云うことなのでしょうか?」
「前にも申しましたように、亡者様は受付の順番により偶々選ばれたこちらの世の、まあ地獄省の場合で云えば、何処かの地方に住む女性から、その赤ちゃんとして新たに生まれ出て頂いて、その子供として育って頂くのです。そうするとその女性と、それにその旦那たる男性の遺伝子を受け継ぐ事になるのですから、向こうの世で持っていた風貌なんかとは、まるで違う顔つき体つきの霊となっておられるのです。まあ、性格とか気質とかも、それに境遇なんかもすっかり違っているでしょう。だから一見しただけでは、オマエは確か向こうの世では誰それだった、なんと云う判断はつかなくなっていらっしゃるわけです」
「ああ、成程ね。しかし一見しただけでは、と云われるのですから、能く々々考えてみると、判断がつく場合もあるのですね?」
「まあ、話してみて、前後の辻褄から判断出来る場合も、それはありはするでしょうね」
「例えば、荊軻が偶然こちらの世で始皇帝に出逢って、俄かに剣を抜いて身構えたり、項羽が劉邦に逢って、この下衆野郎なんと喚いて、たじろいだ劉邦とたちまち喧嘩をおっ始めたり、豊臣秀吉が徳川家康と再会して、あれ程頼んだのに、娑婆では我が子をあんな惨い目に遭わせやがって、なんと繰り言を云ったり、阿部定さんが吉蔵さんに逢って悩まし気な流し目をする、なんと云った光景も、可能性としてはあり得るのですよね?」
「それはありませんね」
 審問官はきっぱりと云うのでありました。「再度申しますが、淡い記憶ですから」
(続)
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もうじやのたわむれ 83 [もうじやのたわむれ 3 創作]

「つまり恨みつらみなんかや、好き嫌いとか、敬慕とか軽蔑とか、そう云った向こうの世で抱いていた様々な感情が、きれいに欠落した状態で再会するから、と云うのでしょう?」
「その通りです」
「それが今一つ、上手い具合に納得出来ないのですけれどね」
「まあ、そうかも知れませんが、兎に角、娑婆であった事跡は蘇るのですが、それに付随した各々の感情は蘇らないのです。ですから万一娑婆で仇同士だった人がこちらで霊として再会したとしても、笑って冗談なんかを云いながら酒を酌み交わせるのです」
「まあ、こちらの世にとってはその方が好都合と云えば好都合でしょうがね」
「娑婆の感情がその儘蘇るとなると、こちらの霊社会が滑らかに運動しませんからね」
 審問官はそう云ってボールペンをくるんと滑らかに回すのでありました。
「まあ、私もその内、その、淡い記憶、の実態を経験させてもらうとしますかな」
「そうそう。後々のお楽しみというところで」
 審問官はそう云って歯を見せて愛想笑うのでありました。
「娑婆であった事跡のみが蘇ると云うのは、これまたこちらの世にとっては好都合ですね」
「そうですね。あちらのテクノロジーやら良好な社会制度やら、それに良好でなかった経験やらを、クールに教訓としてこちらで活用させて頂けますからね」
「それと、聞きたいのは、感情の部分は抜きにして、例えば血縁とか、親子関係とか、それに夫婦関係とか、そう云った縁続きなんぞは、こちらでも継続されるのでしょうか?」
 拙生はそう聞くのでありました。
「それも、こちらで新たに生まれ変わるのですから、継続されません」
「娑婆で自分の母親だった女性の体内に再び宿る、なんと云う事はないのですね?」
「確率的には殆ど皆無と云えるのですが、それでも稀に、偶然にそう云う事が起こるかも知れません。しかしそれもあくまで全くの偶然と云うものですね。一般的に、八百九十年と云う女性の寿命の中で、妊娠可能な時期は百二十歳から五百歳の間だと、今現在医学的に云われております。ですから若し娑婆の何方かが四十歳でご母堂様を見送ったとして、その後その方が八十歳まで娑婆にいらしたとしたら、ご母堂様はこちらでは未だ四十歳だと云う事になります。これは妊娠可能期に未だ満たない年齢です。まあ、恐ろしく早熟とかそう云った事もあるかも知れませんが、しかしその方の母親にこちらでもなると云うのは、可能性として殆どないと云えるでしょうね。そう云うわけで、親子関係はこちらで再現される事は先ずありません。娑婆で自分の親だった霊に出くわす事はあるかも知れませんが、しかし仇同士だった場合と同様で、親子の情と云うのも蘇りませんから、そうと判って、その節はどうもと、素っ気ない挨拶くらいは交わす場合もあるかも知れませんが、それ以上の情動は湧き起こりません。それはもう、至ってあっさりとしたものですよ」
「ふうん、成程ね。当然、娑婆での夫婦の関係も消去されているわけですから、この世でお前と添えないのなら、あの世の蓮の葉っぱの上で、二人で所帯を持とうじゃないか、なんと云った雨蛙みたいな了見の、心中の名科白なんかも成立不可能なわけですな」
「如何にもその通りです」
(続)
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もうじやのたわむれ 84 [もうじやのたわむれ 3 創作]

 拙生は、雨蛙みたいな了見、と云う言葉で、ひょっとしたら記録官が、それは確か古今亭志ん朝師匠の『品川心中』と云う落語に出てくる文句でしたよね、等と拙生に目を輝かせて話しかけてくるかなと慮ったのでありましたが、記録官は無表情の儘拙生を見ているだけで、殊更の反応を示さないのでありました。考えてみれば、志ん朝師匠が娑婆からお引き取りになったのは、そんなに昔の事ではありませんでしたから、こちらの世では彼の師匠は、未だ二つ目にも前座にもなっていないでしょう。それどころか就学年齢を終えてもいないくらいの年頃なわけで、未だ何処かの師匠に弟子入りもしていないでありましょう。記録官がその高名を知らないのは、全く以って当然と云えば当然なのでありました。
「兎に角、娑婆での諸々の縁なんと云うものは、感情同様、消え失せるのですね?」
「そうです。親子関係、夫婦関係、血縁関係、その他の交友関係、労使関係、肉体関係、三角関係、ヒマラヤ山系、肋間神経、富嶽百景、定山渓、内弁慶、顔真卿、・・・その他諸々の娑婆での故縁は、綺麗さっぱり解消されて仕舞います」
 審問官は手にしたボールペンをメトロロームのように横にふるのでありました。
「しかし地獄省の八大地方の紹介をお話し頂いた時、東滑地方知事のフビライさんと、大旅館地方知事のフレグさんは兄弟だと云う事でしたよねえ。これは娑婆での血縁関係が、こちらでも継続している事になるのではないのですか?」
「そう、あれは全く以って特異なケースです。我々閻魔庁職員一同も驚いているのです。偶然中の偶然とでも云いますか。しかし、無作為に全くの受付順と云う事は、先ず起こり得ないはずの、偶然中の偶然と云う要素も排除されない、と云う事でもありますからね」
「ふうん。あくまで、偶然なのですね?」
「そう云う事です」
 審問官は今度はボールペンを、メトロロームのように前後にふって見せるのでありましたが、これは多分、その通りだと云う意を表そうとする仕業なのでありましょう。
「ま、要するに、我々亡者は受付順に、何処かに住む女性の赤ちゃんとして生まれて、その家の新たな環境でちやほやされながら少年時代を過ごし、青春の光と影を経験しつつ二十歳頃まで育って、その間学校に行って、その後に成人として社会に出るのですね?」
「そうです」
「蘇る娑婆で経験した事実の記憶は、どの程度の明瞭さで蘇るのでしょうか?」
「まあ、娑婆でのその方の経験が事実としてすっかりその儘、しかし淡く薄調子に、です」
「なんか、もう一つ良く判らないな。・・・事実としてすっかりその儘、と云うと?」
「二十年の空白を挟んではいるものの、その空白の後には、向こうの世を去る時からその思い出し終わる時点までが、自然に連続するような記憶として、とでも申しますかな」
「娑婆での自分の軌跡が結構明瞭に蘇るわけですね、つまり要するに?」
「そうですな。娑婆的諸関係と感情を欠落させて、です。念を押しますが」
「十二歳の時に六歳の時の事を覚えているように、四十歳の時に二十歳の時の事を覚えているように、八十歳の時に六十歳の時の事を覚えているように、死後に蘇って二十年経ったら、向こうの世を去る直前の事までをすっかり思い出すのですね?」
(続)
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もうじやのたわむれ 85 [もうじやのたわむれ 3 創作]

「まあ、そう云う事でしょう。我々鬼にはその辺の感覚が、よく理解出来ませんのですが」
 審問官はもう一度ボールペンを前後にふるのでありました。
「娑婆で生まれた時から、こちらの世に生まれ変わって記憶が蘇った時までが、ずっと途切れ目なくすんなりと一繋がりに経過し続けているように、ですね?」
「そう云う事でしょう。返答が繰り返しになりますが、我々鬼にはそれ以上は云えません」
 審問官は今度はもう、ボールペンを縦ふりさせないのでありましたが、これは拙生の執こい念押しの質問にやや辟易したためでありましょうか。
「そうすると学校を終えて社会に出て、その時点で娑婆での記憶がすっかり蘇っているとなると、例えばその後の身のふり方とかが、その記憶、つまり娑婆での経験なんかによって、自ずと規定されたりするのでしょうかね?」
「まあ、それは人様々、いや違った、霊様々ですね」
「屹度、娑婆で大いに名を上げた方とか、大いに功績を残された方とか、学業や芸術、スポーツなんかに秀でていらした方とかは、その記憶に依って、こちらの世でもその道に進もうとされる場合が多いのでしょうね?」
「そう云う傾向は確かに強いと云えますが、一概にそうとも限りません。そう云った娑婆の事跡の記憶には、当然のこととして娑婆で育み馴染んだ、脳を当然含むところの肉体が必ず付随しているものでしょう。しかしその、脳を当然含むところの肉体は、娑婆にいた時とは全く違ったものとなっているのですから、そのご自分の娑婆での事跡に現在の自分の心身が適応するかどうかは、また別の問題だと云う事になります。その記憶が魅力的に思えるかどうかも、ま、夫々の、現在の心身の機微に属する事でしょうね」
「しかし感情と肉体的な同一性を抜きにしても、経験を活かしたり進めたりする方が、こちらで新たになにかを始めるに於いても、絶対に有利でもあり好都合でもあるでしょうし」
「まあ、そういう部分は確かにあるかも知れませんが、でもこればっかりは夫々の思惑次第ですからね。しかしこちらとしても娑婆で秀でた業績を残された亡者の方には、こちらの世でもその能力を発揮して頂く事は、決して悪い事ではないと考えますけれど」
「ふうん、まあ、そうでしょうね」
拙生はなんとなく頷いた後に少し話頭を変えるのでありました。「娑婆での嗜好とかは、こちらでも連続するのでしょうか?」
「それはしません。育つ環境が娑婆とは違って仕舞いますから、自ずとこちらでの嗜好が新たに、自然に形成されていきます。蘇らないと云う点では感情と同じです」
「成程ね。それは確かにそうかも知れませんね」
「それから、これは云っておくべきだと今思ったので、補足的に、こちらの社会制度として紹介しておきますが、例えばこちらで与太八郎とか云う戸籍名を両親からつけられたとしても、それは二十二歳になれば本人の自由意志で変更する事が出来ます。名だけでなく姓の方も好きなように変えられます。ですから鷲塚与太八郎を鷹の爪辛太郎に、奥山木魂を水野波紋にと云うように好きに変えられます。しかも希望するなら思い立った時に何度でも変更が可能です。それに依って社会的な不利益は何も発生いたしません」
(続)
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もうじやのたわむれ 86 [もうじやのたわむれ 3 創作]

 審問官はそう云って一つ咳払いをするのでありました。「まあしかし、そう何遍も名前を変えていると、アイツは面倒臭いヤツだなんと云う評判が立って、あんまり社会的体裁が良くないと云うので、まあ、改名は一回、拠ない事情があれば、精々二回までが一般的ではあります。ここ二百年くらいは、娑婆にいた時の名前に変えるのが流行しておりますかな。しかしこれも流行と云うだけで、実際はどんな名前でも構わないのです」
「ほう、姓名を変える事が出来るのですか」
「そうです。それから娑婆にいた時の名前が流行っているのは、本当に単なる流行で、なにか意味があっての事ではないようです」
「蘇った娑婆の記憶と微妙に関係があるのでしょうかね?」
「いや、そうでもないようです。多分、意外と無精な、安直な発想からだと思われます」
 審問官はくるんとボールペンを、如何にも投げ遣りに回すのでありました。「しかし娑婆の記憶が蘇り終わる段階で改名が出来るようになるのですから、その辺を慮った改名解禁年齢なのかも知れませんが、公的には一切そう云う説明はされておりません」
「まあ、ですから地方知事さんの名前が娑婆で聞いた事のある名前であったり、娑婆の野口英世さんが、こちらでも野口英世さんであったりするのですね?」
「そう云う事です」
「しかし、そう頻々と名前を変える事が出来るとなると、こちらの社会の中で、色々不都合が発生したりしないのですか?」
 拙生はそう聞くのでありました。
「いや、それは別にちゃんと登録管理されているから、殊更の問題はありませんよ。名前を変えれば、改名の前に使っていた名前は無効となって同時には使えませんし、一個の霊が幾つもの異名とか別名を使い分けるよりは、余程すっきりしているでしょう」
「名前の譲渡とか云う事例はあるのですか?」
「それはあります。しかしあくまで個霊的な誼の範囲内で行われるものです」
「そうなると、格式のある名前の譲渡に際して、金品が必要になるなんと云う事はありそうな気がしますが。例えば、何がし親方、なんと云う名前があったとして、それを譲渡継承する場合には多額の金品が動くなんと云う事が」
「まあ、或る閉ざされた社会にあっては、その名前を受け継ぐにあたって、個別的に金品を以って譲渡を完了する、なんと云う慣例のある場合もあるかも知れませんね。しかしこちらの霊名には商標とか版権のようなものは一切認められませんから、基本的に誰に憚る事なく、気に入った名前を勝手につける事が出来ます。金品が動くと云った例は、特殊な限定された稼業なんかに限られるでしょう。ま、それも常識の範囲内でと云う事で」
「今まで何の混乱も起きませんでしたか、その改名自由の件で?」
「いや、特には。だって娑婆でも、昔は元服して名前を改めたり、本名の他に字を用いたりとか、名前の混乱要因は色々あったけど、でも、取り立てて混乱しなかったでしょう?」
「まあ、それはそうですね、確かに」
「改名は、風習として定着して仕舞えば、結構あっさり社会に馴染むもののようですよ」
(続)
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もうじやのたわむれ 87 [もうじやのたわむれ 3 創作]

 審問官はそう云って確信ありげに頷くのでありました。
「まあそう云えば、娑婆にいる時、ウチのカカアも私と連れ添った時に名前、姓が変わったわけですが、初めは戸惑いとか馴染まないと云う感じがあったのかも知れませんが、普段から何に依らず愚痴の多いあのカカアにしては、その件に関して特段、その後は不便とか不利益が発生したと云うような文句を申してはおりませんでしたかな、確かにそう云えば。まあ本当は、文句を縷々私に向かって云い募りかったのかも知れませんがね」
 拙生は全く卑近な例で以って、一応こちらの風習を納得するのでありました。
「ウチの家内の場合も、何かと云うと私に一々文句を垂れますが、あれは実に鬱陶しいものですよね。大体の場合はどうでも良いような事を、あれこれ長々、口を頻繁に縦にしたり横にしたりしてのたまうのですが、面倒臭くなってそんな事どうでも良いじゃないかとか、勝手ににしたら、なんと、ちょっと突き放したような云い方をしようものなら、今度はそれでまた、情がないとか不真面目だとか因縁をつけて、あれこれ長々、口を頻繁に縦にしたり横にしたりが始まって仕舞います。もう、処置なしですわ。・・・いやまあ、こんなウチの家内の事はどうでも良いのですが、ま、改名に関しては、つまりそう云う事です」
 審問官が云い終ってから、口をへの字にして二回頷くのでありました。
「ふうん、そんなもんですかねえ、カカアと云う生きものは。・・・」
 これは記録官がぽつんと云う科白でありました。
「青木君は未だ新婚ほやほやだから判らないだろうけれど、ま、今に思い知るよ」
 審問官が記録官の方を向いて云うのでありました。
「そうそう。初めはしおらしくしているけれど、屹度遠からず、本性を現すでしょうね」
 拙生は無責任に審問官に同調するのでありました。
「ああ、そうですか。今のところ万事に楚々としていて、そういう風には見えませんがね」
「いやいや、それは世を忍ぶ仮の姿で、油断していたら後で怖い目を見るよ。ねえ」
 この審問官の「ねえ」は、拙生の方に顔を向けての言葉でありました。拙生は審問官の真似をして、口をへの字にして重々しく二回首肯するのでありました。
「お二方のご教導、一応肝に銘じます」
 記録官が拙生と審問官に夫々お辞儀をするのでありました。
「ところで娑婆の記憶が蘇ると云う話しで、云い忘れていた事ですが、・・・」
 審問官が話頭を変えるのでありました。「向こうの世を去る時からその思い出し終わる時点までが、自然に連続するような記憶として、ずっと途切れ目なくすんなりと一繋がりに蘇るとは申しましたが、しかしこの部屋での審問の事とか、この後の閻魔大王官の審理の事なんかに関しては、生まれ変わった後はすっかり忘却して仕舞う事になります」
「ふうん、そうなのですか?」
「一般的に、三途の河を渡った辺りで記憶は布津と途切れます。その後は生まれ変わった新たな、こちらでの赤ちゃんの頃の記憶がすぐ後に繋がります。ま、赤ちゃんの時の記憶なんと云うものがあるかどうかは、ちょっと疑問でしょうけれど」
「この審問やら審理の事を記憶していると、なにか不都合があるのでしょうか?」
(続)
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もうじやのたわむれ 88 [もうじやのたわむれ 3 創作]

 拙生はそう聞いてみるのでありました。
「私が考えるところ、取り立てての不都合は何もないように思うのですが、まあしかし、どうしたわけかそうなるのです」
 審問官が頭を掻きながら云うのでありました。「まあ、要するにつまり、そう云う風に脳の構造が出来ていると云うしかないでしょうかね」
「ふうん、脳の構造がねえ」
 拙生は顎を撫でるのでありました。
「まあ、この審問やら審理の経緯を薄らと覚えている方も、実はごく稀にいらっしゃるのですよ。前に話した源信さんなんかもそう云う方の中に入ります。だから旅行でこちらにいらした時に、閻魔大王官と昔語りなんかがお出来になるわけです。だから、全く総ての霊が忘却して仕舞うと云うことでもないのは、不思議と云えば不思議な事で、これは未だ、脳科学的にも工学実在論的にも何故そうなのか解明されておりません」
「工学実在論?」
 その意味不明な言葉に拙生は戸惑うのでありました。
「ええ、哲学と数値自然科学をあっさり融合した学問です」
「ふうん、そんな学問があるのですか。・・・」
 拙生は少し口を尖らせるのでありました。「で、そうするとですよ、地獄省では、この閻魔庁が何をする役所なのか、誰もはっきりとは知らないと云うことになりますよね?」
「そうですね。そうなります。何をやっているのかさっぱり判らないけれど、何かしら重要な案件を処理しているらしい胡散臭い役所、とか云った実に曖昧な認識でしょうかね、地獄省に住む大半の霊の方々にとっては。閻魔大王官にしても、何だか知らないけれど、兎に角偉い人、いや、偉い霊、と云う感じですね。まあ、貴方が前にいらした娑婆の方にも、そんな得体の知れない機関とか役所とかがあったり、どうしてだかさっぱり判らないのに、嫌に世間から持て囃されたり、特段大した事跡なんぞなにもなさそうなのに大いに褒めそやされたりする御仁やらが、なんとなくいらしたりはしませんでしたかな?」
「まあ、そんな機関やら役所やらがあったような、なかったような。それにそんな風な人もいたような、いなかったような。・・・」
 拙生ははっきりイメージ出来る特定の機関とか役所とか、それに誰それが咄嗟には思い浮かばなかったのでありましたが、しかしまあそう云う組織なり人なりが、娑婆に存在していてもおかしくないような気は、なんとなくするのでありました。そういう存在なんと云うものは、実はその蔭に隠れている別の組織なり人物なりがいて、その蔭の組織なり人物なりがこっそり得をするために拵えた、傀儡のような表の存在であろうかと秘かに勘繰ったりしていたのでありましたが、しかしこちらの世の閻魔庁やら閻魔大王官の存在を鑑みると、ひょっとしたら拙生の考えもつかないような重大且つ深刻な役割を、娑婆の中で担っていた組織やら人物だったりしたのかも知れないなどと、ふと考えるのでありました。
「ま、その得体の知れない胡散臭い役所と世間から思われている処の職員である事に、私なんかは淫靡な矜持のようなものを感じたりもするのですがね」
(続)
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もうじやのたわむれ 89 [もうじやのたわむれ 3 創作]

 そう云って審問官はヒヒヒと低い声で笑うのでありました。
「この間まで娑婆にいた私が、娑婆にいらした事もない審問官さんやら記録官さんに、こういう事を聞くのも変でしょうが、娑婆にも、こちらの閻魔庁みたいな役所やらがあったり、閻魔大王官みたいな人物がいらしたのでしょうかね?」
「私がはっきりと、あったとか、いたはずだとは断言出来ませんが、まあ、あったのかも、いたのかも知れませんですね」
「ああそうですか」
 拙生はなんとなく天井の方に視線を向けるのでありました。「『我々は宇宙人だ』の法則と帰納法的証明に依れば、あった事になるのでしょうけれど。・・・」
「まあ、そうですかな」
 審問官は無表情に首を縦にも横にもふらずに云うのでありました。
「それと、前にお聞きしたかも知れませんが、娑婆にいた頃の私には、こちら同様、ひょっとしたらあったかもしれない向こうの世での閻魔庁での審問やら、閻魔大王官に依る審理みたいなものの記憶は当然ないとして、しかし向こうの世の、そのまた前に住んでいたはずの世の記憶なんと云うものに関しては、これも片鱗すら蘇る事もありませんでしたけれど、これはこちらのように、世を跨いで連続する事はなかったのでしょうかね?」
「そうでしょうね」
 審問官があっさりと肯うのでありました。
「これはこちらの世と同じ様態には、ならなくても良かったのでしょうかね?」
「ならなくても良かったのか、と云う云い方はなんとなく形式論的に過ぎる感じがしますが、それは向こうの世が、そのまた前の世の記憶を必要としない世だったのか、それとも寧ろ、ない方が好ましい世だったのか、まあ兎に角、それは向こうの世の相、と云うものに依拠する事で、こちらとしてはその相を、何の感想もなくただ概観している以外にはないわけですから、私に応えようがあるはずもないことなのです、申しわけないですがね」
 審問官は特に申しわけなさそうな表情もしないでそう云って、拙生にゆっくりお辞儀をして見せるのでありました。
「向こうの世の相と云われたわけですが、それではその向こうの世の相を、そう云う風に決定しているものは何なのでしょうかね?」
「さあ、何なのでしょうかね」
 審問官は顔をやや傾げて拙生を見るのでありました。「その辺りを研究している地獄省の大学なんかもありますが、まだはっきりと解明されたとは聞いておりません。まあ多分、長い進化の過程の中でなにかの偶然が作用して、そのように脳の構造が決定されたのではないかと一応云われておりますが、これもあくまで現段階での推測以上ではありません」
「神様みたいなものがいらして、そう云う風にされたのだと思えば簡単ですよね?」
「まあ、そう云った観念論の蔓延る余地は未だありますが、しかし先程来申し上げているように、あちらの世と、あちらの世のあの世たるこちらの世は没交渉ですし、そう云う役割を担っている組織も人もこちらに存在しませんので、それはどんなものかと思います」
(続)
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もうじやのたわむれ 90 [もうじやのたわむれ 3 創作]

 審問官が遠慮がちながら、拙生の論を否定するのでありました。
「準娑婆省は向こうの世と交渉があるわけですから、その辺りがなにやら関与していると云う事は考えられませんか?」
「それはないでしょう。準娑婆省なんぞに、向こうの世の相をコントロールするなんと云う力量は微塵もありません。あそこはただ、向こうの世に気紛れな要らぬちょっかいを出して、面白がっているだけの省ですからね、云ってみれば。まあ、向こうの世にこちらの世の存在を示唆すると云う役割は敢えて認めない事もないですが、しかしそんな示唆は、向こうの世にとってもこちらの世にとっても、絶対必要な事とは思われませんしね」
「ふうん、そうですか」
 拙生は少し口を尖らせて云うのでありました。「ま、準娑婆省の仕業ではないなら、その解答は今後のこちらの大学での研究成果を待つとしますが、しかしまあなんですね、こちらの世であちらの世の相を研究している大学なんと云うのがあるのですね?」
「そうですね。元あちらにいた方がこちらにいらっしゃるわけですから、それにあちらの記憶が自然に連続してあるのですから、研究としては手頃で好適な主題なのでしょうね」
「まあ兎に角」
 拙生はそう云ってテーブルを指で軽くトンと叩くのでありました。「我々亡者はこちらの世に生まれ変わった後も、娑婆での記憶は保持しているけれど、ここで行われた審問やこの後の閻魔大王官の審理に関しては、記憶として留まらないと云う事は、事実として判りました。それがどう云う理由からなのかは未だはっきり判らない、と云う事も判りました」
「源信さんのように偶に記憶のある方がいらっしゃいますが、一般的にはそう云う事です」
 審問官がボールペンをくるんと回すのでありました。
「ちょっと話しは逸れるかも知れませんが、こちらの世が娑婆を統御なんかしていないと云う事は、なんか、娑婆の方にちゃんと伝えてあげたい気がしますね、私としては」
 拙生はそう云って、もう一度テーブルを指で軽く打つのでありました。「そうすれば娑婆で延々と行われてきた、或いは今も行われている深刻ぶった宗教的対立やら紛争やらが、如何に無意味な事であるのか、娑婆の方でも判ると思うのですがね。それに宗教を出汁にした詐欺行為なんかも、社会から根絶出来るのではないかとも考えるのですがね」
「こちらとあちらは、前にも申したように相対的独立の関係ですし、どちらが上でも下でもないわけです。ですから貴方が仰るように、そう云う関係性が判れば、娑婆の方でも、長い歴史的宗教対立なんかをあっさりと決着出来る色々な方法やら、不埒な社会現象を発生させないための術やらが容易に見つかるのでしょうけど、しかし如何せん、こちらとあちらは交渉する術を持っていないのですから、それは残念ながら伝えようがない事ですな」
「ま、そうですね。これはもう、詮ない話しではありますね」
 拙生はそう云って少し俯くのでありました。
「貴方の遣る瀬無い心根、お察しいたします」
 審問官が気の毒そうに云うのでありました。
「今更私が、娑婆の事をあれこれ気にかけても仕方ないし、余計なお世話ですかな」
(続)
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