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もうじやのたわむれ 1 創作 ブログトップ

もうじやのたわむれ 1 [もうじやのたわむれ 1 創作]

 広くて細長い待合室に注意喚起のチャイムが鳴って、スピーカーがどこに隠されているのかそれらしい形跡のまるで見当たらない白い天井から、女性の柔らかい声の案内が流れるのでありました。
「整理番号四九八九番の亡者様、四番審問室へお入りください」
 その番号は受付でもらった拙生の番号なのでありました。拙生はもう一度自分の整理券の記載を確かめて、長椅子から立ち上がるのでありました。
 審問室は待合室に並べられた長椅子の対面に、幾つも幾つも果てしなく並んでいるのでありました。ちょうど良い按配に四番と扉の中央に大書してある審問室は、拙生のほんの目の前にあるのでありました。
 適当に混んだ待合室に入って、空いている席になにも考えずに座ったのでありましたが、拍子の良いことにそれが四番審問室のすぐ前であったことに、拙生はなんとなく嬉しくなるのでありました。こう云う、まあ云ってみればつまらない偶然の好都合に遭遇した時、拙生は以前から妙に心躍る性質なのでありました。
 四番審問室の扉を開けて中を覗くと、そこは丁度和室で云えば六畳程のスペースで、白い壁にはなんの装飾もなく、真ん中に大きな事務テーブルが据えられていて、そこに審問官と思しき無地の赤いネクタイを締めた四十代半ば程で、先頭部の髪の毛が少し後退しかけたやや小太りの男が壁を背に座って、扉から顔を入れた拙生を見ているのでありました。大きな事務テーブルの横には小ぶりの事務机が壁際に置かれていて、そこにも背広姿の男が座っているのでありましたが、この男は入口に背を向けて座っているために、顔の様子等は拙生には判らないのでありました。まあ、審問官よりは少し若い風情がその座り姿から気取られるのでありました。その男は多分記録官であろうと拙生は見当をつけるのでありました。
 審問官と思しき男が拙生においでおいでをするのでありました。拙生は無表情の儘ひょいと顎を突き出して、彼の身ぶりを了解したことを伝えて部屋の中に遠慮がちに身を入れるのでありました。
 拙生が事務テーブルの男と向かいあう位置に置かれた椅子に近寄ると、男は徐に立ち上がるのでありました。それに期をあわせて、記録官と思しき男も立ち上がってふり向くのでありました。こちらは無地の青いネクタイをしているのでありました。
「どうもご苦労さまです。審問官の赤井鬼太と申します」
 拙生の前に立つ男はそう云って拙生に頭を下げるのでありました。
「記録官の青木鬼也です」
 これは向き直った方の男の言葉でありました。男は拙生に顔を向けた儘、腰を折って真っ直ぐにした上体を前傾させて、なんとなく固いお辞儀をするのでありました。矢張りこちらの男の方が審問官よりは若くて、三十前後と云ったところでありましょうか。櫛目のきっぱり入った前髪が、上体の動きになんの動揺も見せないのでありました。
「ま、ま、お座りください」
 審問官が愛想笑いながら、掌を上に向けて差し出しながら云うのでありました。
「ああどうも、恐れ入ります」
 拙生はそう返して椅子をテーブルから引き出すのでありました。
 拙生が座って居住まいを正すのを見て、審問官は自分も着席するのでありました。その後に記録官がクルッと拙生に背を向けて事務机に座り直すと、カタカタと云う音を立てて、妙にきびきびとした動作で尻を載せた椅子を机の中に引きこむのでありました。
(続)
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もうじやのたわむれ 2 [もうじやのたわむれ 1 創作]

 赤井鬼太と名乗る審問官は、テーブルの横手に積み上げられた中の一番上の書類束を片手で取るのでありました。審問官は右上がクリップで止められた書類を自分の前に置き、<四九八九>と表題のついた一番上の頁を捲って拙生の顔を見るのでありました。
「ええと、一応、俗名で結構ですが、お名前をお伺いしておきます」
 そう問われたので拙生は自分の姓名を名乗るのでありました。審問官は軽く頷いて書類に目を落とすのでありました。
「ええと、国籍は日本国で、葬儀の時の式礼は浄土真宗式ということで宜しいですかな?」
「はあ。その通りです」
 国籍と家の宗旨が向後の審問にどう関連するのかよく判らないものだから、拙生は少々とまどいつつ頷くのでありました。審問官は拙生の返答を聞いた後、書類の上方にボールペンでチェックを入れるのでありました。
「ま、ま、そう固くならずに」
 審問官は拙生に笑みを向けるのでありました。「審問とは云っても、ここでは単にこちらに回って来た、貴方の向こうでの経歴の要所を確認しておくだけですから」
 審問官は笑みを湛えてそう説明するのでありました。それから、ああそうだと、なにかに気づいたように呟きながら、横でこちらに背中を向けている記録官の方に体を捻るのでありました。
「青木君、四九八九番さんにお茶を入れて差し上げて」
 そう促された記録官の青木鬼也は立ち上がって、妙にきびきびとした動作で拙生の後方の壁際にあるサイドテーブルの方へ立って行って、そこから拙生に少し声を大きくして聞くのでありました。
「国籍柄、日本茶の方が良いですか、それともコーヒーの方が?」
「それではせっかくお気を遣って頂いた手前、日本茶の方を」
 拙生はそう云いながら斜め後ろに上体を捻ってお辞儀をするのでありました。
「畏まりました」
 記録官がそう云ったすぐ後に、急須で茶を湯呑に注ぐ音が聞こえてくるのでありました。
 拙生の前に置かれた白い小ぶりの湯呑から湯気がゆらゆらと上がるのでありました。湯呑をふと見ると、それには金色で下がり藤の紋が描かれているのでありました。偶然なのかどうか判らないながら、実は拙生の家の紋も下がり藤なのでありました。拙生が湯呑を差し上げて描いてある紋を見ていると審問官が聞くのでありました。
「おや、茶碗が汚れてでもいますかな?」
「ああいや、そうではないんですが」
 拙生はそう云って湯呑から目を離して前の審問官の不安顔を見るのでありました。「ウチの家の紋も、偶然にも丁度この湯呑に描いてある下がり藤と同じなので」
 その拙生の言葉に安心したのか、審問官は背凭れに寄りかかるようにやや体を逸らせて、笑いを頬に浮べるのでありました。
「それは偶然ではなくて、その湯呑が気を利かせたまでですよ」
(続)
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もうじやのたわむれ 3 [もうじやのたわむれ 1 創作]

「湯呑が気を利かせた?」
 拙生は首を傾げて理解が届かないところを示すのでありました。
「ああご免なさい。気を利かせたなんと云った私の云い種が良くなかったかな。つまり、そう云う風に造られているんですよ、その湯呑は」
 審問官はなんとなく得意そうな笑みを浮かべて云うのでありました。
「そう云う風に造られている?」
「そうそう。手に取る者の心次第で描かれている図柄がどのようにでも見えるように」
「手に取る者の心次第?」
 拙生には益々審問官の云うことが理解出来ないのでありました。
「そう。家紋にも、以前下水道の蓋に描いてあった東京都のマークにも、へのへのもへじにも、ランベルト正積方位図法の世界地図にも、洋服のタグに描いてあるドライクリーニング禁止の表示にも、合気道錬身会の稽古着の袖のマークにも」
「不思議な湯呑ですね」
「そうそう。融通無碍なる湯呑なのです」
「融通無碍、ですか」
「それに、ま、その湯呑の貴方へのさり気ない愛想だと思って頂ければ」
「湯呑のさり気ない愛想?」
「ああ、益々判らなくなってしまわれますかな、こう云うと。ま、ま、そう深く考えないでください。色んなお話をさせて頂く内に、その辺の事情も了解出来るようになりますから。貴方はこちらの世界にいらしたばかりで、未だ飲みこめない事柄も多々あるわけです。それは無理もないことなのです」
 審問官はそう云って優しげな笑みを拙生に投げかけるのでありました。拙生は湯呑を差し上げて、眉根を寄せて描かれている紋にまた見入るのでありました。しかしふと、これ以上この湯呑のからくりとかについて質問をして、審問官に煩いヤツだと思われるのも得策ではないように思えたものだから、拙生は湯呑をテーブルの上に置くのでありました。考えてみれば拙生は今審問をされているのでありますから、幾ら審問官が優しげで気さくそうにふる舞っているとしても、一応は印象よく努めておいた方が、向後なにかと無難であろうと憶測した故でありました。
 審問官がコホンと小さな咳払いをしたのは、拙生が一先ず湯呑に対しての疑問を納めた様子を確認して、話柄を改める切かけのつもりなのでありましょうか。
「ところで、この審問所へいらっしゃるまでの旅は快適でしたでしょうかな?」
 審問官は聞くのでありました。
「ええまあ、特に支障もなく参りました」
「国境に在る三途の川の連絡船のサービスなんかも、特に問題なかったでしょうか?」
「とりたてての不都合は何もありませんでしたけれど」
「いやね、船のクルーの態度が如何にも無愛想だと、最近いらした複数の方から苦情がありましたものですからね、ちょっとお伺いしたのですよ」
(続)
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もうじやのたわむれ 4 [もうじやのたわむれ 1 創作]

 審問官は続けるのでありました。「若しお気づきの点がおありでしたら、遠慮なく仰ってください。閻魔庁のサービス担当部門から通達をうけていましてね、今後のサービスの参考にするから、どんな細かい事でもお聞きしておいてくれと」
 審問官は些か身を乗り出しながら、真摯な眼差しで拙生を見るのでありました。
「いや、川岸の待合室の清潔感も、そこの案内の方の手際も接客態度も、アナウンスの行き届いたところにも、それに船のクルーの方々の礼儀正しさとかフレンドリーな様子とか、船内でのきびきびした動作とか、大いに好ましく見えましたよ。娑婆に居る時に、偶にですが乗った観光船とか連絡船フェリーとかに比べても、こちらの方が格段に洗練された風情だと思いましたよ」
「ああそうですか。ま、それは祝着でありました」
 審問官はそう云って一つお辞儀をするのでありました。
「いやあ、話に聞いていた三途の川の渡し船とは全く印象が違っていて、正直なところ驚きました。なんか恐ろしげな風体の船頭さんが操る、陰鬱な風情の小さな伝馬船をイメージしていたのですが、どうしてどうして、あんな豪華客船だとは思いもしませんでした」
 拙生はその驚きを伝えるために、目を見開きながら云うのでありました。
「あれは最近就航した、五万トンの最新鋭の船です」
 審問官が自慢話をするような顔をするのでありました。
「ほう、五万トンですか」
「飛鳥IIと同じです」
「ほう、それは凄い」
 拙生は大いに驚いて見せるのでありました。
「それに三途の川も広大な河川だったでしょう?」
「そうですね、行った事はないのですが、中国の長江もかくやと思いました」
「いやいやそんなものじゃあ。河川長も川幅も、長江の約四十倍ですかな」
「四十倍! もう、海ですね、そうなると。道理で、向こう岸なんか見えない筈だ」
「川面に霧が出ていましたか?」
 審問官は手にしたボールペンを弄びながら聞くのでありました。
「ええ。岸から大分離れた処に立ちこめていました。なかなか情趣に富んだ雰囲気でした」
「霧の摩周湖みたいな感じだったでしょう?」
「いや、私は摩周湖には行ったことがないもので」
 拙生はそう返しながら頭を掻くのでありました。
「少し上流に遡った処はなかなかの景勝地で、別荘が多く建っていますよ。港の辺りも上流には敵いませんがそこそこ風光明美で、格安の別荘地として最近分譲が始まりました」
「こちらの世界にも、別荘なんと云うものがあるんですか?」
「勿論。こっちも娑婆とあらかた変わりません。まあ、私なんぞは安月給の木端役人ですから、別荘とか云うものには手が出ませんけどね」
 審問官はそう云ってボールペンを指先で器用に何度か回転させるのでありました。
(続)
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もうじやのたわむれ 5 [もうじやのたわむれ 1 創作]

「ちょっと質問しても宜しいでしょうか?」
 拙生は恐る々々と云う様子で云うのでありました。
「ええどうぞ。なんでも聞いてください」
 審問官は拙生の質問を大歓迎すると云うように笑いながら何度か頷き、拙生の方へ上に向けた掌を差し出すのでありました。
「あちらに居る時に、ものの本で読んだ記憶があるのですが、それに寄席で聴いた上方落語の『地獄八景亡者戯』にも出て来ると思うのですが、三途の川の渡し場には正塚の婆と云うのが居て、これが亡者の着物を剥いでそれを傍らの木にかけて、枝の撓り具合に依ってその亡者の罪の重さを測ったなんと云う話しがありませんでしたっけ?」
「ああ、正塚の婆ね」
 審問官が口元の親しげな笑いを、意味ありげな笑いに変化させて頷くのでありました。
「私が今回三途の川を渡るに於いて、楽しみにしていたそのお婆さんにお会いする機会がなかったのは、これはいったい?」
 「あれは随分昔に風紀が改正されました。そもそも、あの正塚の婆と云うのは特定の婆さんを差している言葉ではなくて、以前、三途の川の連絡船発着所で勤務していた港湾管理事業所の一部の官吏のことなのです」
 審問官はそう云って椅子の背凭れから少し体を起こすのでありました。
「お役人さんですか?」
「ええ。ま、我々はお役霊さんですが。それは兎も角、昔は閻魔庁の指示とか通達とかが、各部局にちゃんと徹底するような制度や罰則がありませんでね、夫々が監視のないのをいいことに勝手に業務を行っていたのです。中には職権を乱用して、やって来られた亡者の方々に無理難題を押しつけたり、あこぎなことをして私服を肥やすような官吏もいたわけですよ。ま、官吏としてのモラールも確立されてはいなくて、低劣だったんですな」
「高い職業道徳的意識がなかったのですね?」
「いやモラルではなくてモラールです。倫理ではなくてやる気です」
 審問官はオーケストラの指揮者が指揮棒を構えるように、手に持ったボールペンを目の前に立てて見せるのでありました。「娑婆にもいませんでしたか、いかにもなげやりな態度の意地悪で了見違いの役人が?」
「まあ、いましたかな、そんな人も」
「港湾管理局の一部の官吏、特に向こう岸に勤務する官吏もそんな感じで、亡者の方々に尊大な態度を取ったり、方々がこちらの事情を未だら知らないことをいいことに、川を渡りたかったらなにがしかの心付けを渡せと脅したり、法外な船賃を請求してみたり、悪質で、それはもう、すこぶる評判が宜しくなかったのです」
「へえ、そうだったんですか」
 拙生は口をへの字に曲げて腕組みをして見せるのでありました。
「で、こんな手合いを正塚の婆と云う隠語で、亡者の方々が仰っていたのです。それがどう云う経路でかは判りませんが、向こうの世界にそんな個性として伝わったんでしょうな」
(続)
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もうじやのたわむれ 6 [もうじやのたわむれ 1 創作]

「ふうん、そう云う事情があったのですか」
 拙生は何度か頷いて見せるのでありました。
「貴方は、こちらに回って来た情報に依ると今回奪衣婆港から乗船されましたが、そもそも、三途の川の渡河船が発着する港湾は三か所あるんです。三水の瀬港、江深の淵港、それに奪衣婆港です。まあ娑婆の方では奪衣婆港は奪衣婆橋となっていると聞き及んでいますけど、三途の川の川幅とその水深を考慮すれば、そんな長大な橋なんか、こちらの最先端の架橋技術を以てしても架けられるわけがない。で、あれは向こうには古びた木造の橋梁であると伝わっているようですが、貴方もご覧になった通り、正しくは港湾です」
「こちらの地名とか港の名前とかは、私はあんまり詳しくはないので、なんとなくはあそうですかと云うしかありませんが。・・・」
 拙生はそう云って頭を掻くのでありました。
「まあ、それはそうでしょうな。それは仕方がない。ま、つまり、要するに三か所の港湾があるわけですよ」
「それは、乗船する側の港湾ですね、向こう岸の?」
「はいそうですね。こちら側は一か所です。三か所から出て、こちらの一か所の港湾に着くのです。ですからこちらの港湾設備は結構大規模だったでしょう?」
「そうですね。これ程立派な港は見たことがありません。桟橋が五つもあって、下船手続きをする建屋も大きくて、窓口が幾つも幾つもあって。まるで空港のようでした」
「ま、こちらの表玄関ですから」
 審問官は少々誇らし気な顔つきをするのでありました。「いやまあ、それはそれとして兎に角、その三か所の向こう岸の港湾の内、特に評判のよろしくないのが奪衣婆港の官吏でしたので、まあ奪衣婆、つまり正塚の婆と云うイメージが生まれたわけでしょうね」
 審問官は手に持っていたボールペンのキャップの方で、テーブルの端をコツコツと叩くのでありましたが、それは特に意味のない仕草のようでありました。
「確かに、あの近代的で清潔な感じの港には、そんな陰鬱でおどろおどろしげな婆さんなんかが居そうにありませんかな、云われてみると」
 拙生はゆっくり幾度か顎を上げ下げさせるのでありました。
「今は閻魔庁の、罰則を伴った強い指導がいき渡っておりますから、そんな不逞の官吏はもういないはずなのです。まあしかし、何時の世もどの世界にも不埒な了見を起こす輩はおりますからね、もしご不快なことがあったのなら、遠慮なく仰って頂きたいわけです。特に奪衣婆港から船に乗られた方には。こちらとしては今後のこともありますからね。それにもし貴方がそれをここで喋ったからと云って、貴方になんの不利益も発生しませんことを、一応申し添えさせて頂きます」
 審問官はボールペンのコツコツを止めて、拙生の方に軽く一礼して見せるのでありました。その所作に釣られて、拙生も一礼を返すのでありました。
 徐に記録官がふり返るのでありました。
「お茶のお代わりは如何ですか? なんなら今度はコーヒーでも」
(続)
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もうじやのたわむれ 7 [もうじやのたわむれ 1 創作]

 記録官はそう云いながら少し伸びをして拙生の湯呑を覗くのでありました。一緒に審問官も上体を延ばして拙生の湯呑を覗きこむのは、先程の拙生と同じように、記録官の所作に釣られたためでありましょう。
「ああいや、結構です」
 拙生は遠慮するのでありました。
「そう云わずに」
 記録官は立ち上がって拙生の横まで歩いて来ると、身を屈めて拙生の前の湯呑の中を確認して、徐にそれを取り下げるのでありました。湯呑には入れて貰った茶が、未だ手つかずの儘で残っているのでありました。
「いやもう、お構いなく」
 拙生は湯呑を下げようとする記録官の掌に向かってお辞儀をするのでありました。
「こちらのコーヒーは美味いですよ。ま、インスタントですけど」
 記録官はそう云って拙生を笑顔で見るのでありました。「貴方は向こうの世界では、よくコーヒーを飲まれていたんでしょう? ガリガリと豆を挽いて、結構本格的に」
「ええまあ、コーヒーは好きでしたね。日に五杯くらいは飲んでいましたか」
「ここに、コーヒー好きなんて書いてあります」
 これは審問官が、前に置いた、拙生の審問のための資料書類と思しき紙をボールペンで差しながら云った言葉でありました。
「そんなことも書いてあるんですか、その紙には?」
「ええ勿論。嗜好とかも色々細かく記述してあります」
「なんか、どんなことが書いてあるのか、大いに興味をそそられますねえ」
 拙生は身を乗り出して審問官の前にある紙を覗こうとするのでありました。
「いや、これはお見せするわけにはいきません。内部資料ですから」
 そう云って審問官は紙の上方にこちらに甲を見せて両方の掌を塀のように立て、拙生の目から書いてある文字の羅列を庇うのでありました。
「内申書みたいなものですか?」
「いや、娑婆に於いて貴方の云った事とかやった事とかの、客観的事実のみが記述されています。心証とか評価と云ったものは一切書いてありません」
「客観的事実ねえ。・・・」
 拙生はなんとなくそわそわするのでありました。と云うのも、人に云えない恥ずかしい事実なんぞもちゃんと書いてあるのかしらと、秘かにたじろいだからでありました。
「酒好きとも書いてあります。尤もここではアルコールは出せない規則になっていますから、その嗜好にはなかなかお応えするわけにはいきませんが」
 庇った記述を見ながら云う審問官のこの言葉は、まあ、愛想を織り交ぜたところの軽口と云ったところでありましょうか。
「ああ、それは残念ですなあ」
 拙生も同じ冗談の口調で返すのでありました。
(続)
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もうじやのたわむれ 8 [もうじやのたわむれ 1 創作]

「こちらにもなかなか良い酒がありますよ、生一本の」
 席に戻った記録官が云うのでありました。
「それは『犬の盛』とか『兜正宗』とか云う名前じゃないでしょうね?」
「向こうの落語じゃあるまいし、そんな名前の日本酒はありません」
 この記録官の口調は拙生の、何故か急に口をついて出た気紛れの冗談を窘めると云うよりは、ツッコミを入れて一緒に面白がっていると云う風情でありました。
「そいじゃあ『腰の按配』とか『未成年』とか?」
 拙生はちょっと面白くなって調子に乗るのでありました。
「いや、そんなけったいな名前でもありません。『逆さ牡丹』とか『タニシ正宗』とか『八対三』とかとも違います」
「『八対三』?」
「ああ、判りにくかったですか、これは。『八海山』のもじりです」
 記録官は少し恥ずかしそうに小声で云うのでありました。「『逆さ牡丹』と『タニシ正宗』はお判りになりますかね?」
「『司牡丹』と『キンシ正宗』のもじりでしょう?」
「正解!」
「しかし『逆さ牡丹』は意味の倒置とか飛躍と云う点で難があるし、それにイメージに明確さもありませんかな。『タニシ正宗』の方は語感が元の名前とちょっと離れ過ぎているような気がしますし、もう少しもじり方に工夫と捻りを加えた方が良いかも知れませんね」
「成程。面目ございません」
 記録官が真面目な顔で拙生に向かって一礼するのでありました。「ご指導を頂いてまことに有難く思います。もじりよ今夜も有難う」
「青木君、そんなテレビの林家三平みたいなこと云っていないで、ちゃんと真面目に記録を取ってくれないと困るよ」
 審問官が記録官を窘めるのでありましたが、その窘める時の手つきが掌の甲で記録官の胸を軽く打つような仕草なのでありました。これは典型的な漫才のツッコミの手つきと同じで、そうすると審問官の方も、こう云った会話を面白がってそれに参加していると云った趣きでありましょうか。
「いやまあしかし、色々お伺いしていると、娑婆で聞いていたこちらの様子とは、かなり違うものですなあ。目からたらこです」
「それはうろこ」
 すかさす審問官が返すのでありました。勿論同時に、審問官は向こうの席から拙生に向かって、さっきと同じ掌の甲のツッコミの仕草をして見せるのでありました。
 しかしこんな遣り取りを続けていては、肝心の審問の方がからっきし捗らないのではないかと、別に拙生が気にかける謂われもないのでありましょうが、なんとなく心配になってくるのでありました。そのくせ拙生はこの後尚も、まあ、そんなに大したことのない幾つかの質問を重ねるのでありました。
(続)
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もうじやのたわむれ 9 [もうじやのたわむれ 1 創作]

「もう一つ質問をして宜しいでしょうか?」
「はい、もうどんどん、何なりともお聞きください」
 審問官が愛想の良い笑いを浮かべるのでありました。
「質問と云うのは、お二方のお名前の事なんですが。・・・」
「ああ、我々の名前ですね。ここへいらした亡者の方によく質問されますよ」
 審問官がそう云いながら記録官の方へ顔を向けるのでありました。記録官もほぼ同じタイミングで首を回して審問官の方を向くのでありました。二人は顔を見あわせながら破顔した後、揃って拙生の方を見るのでありました。
「当然、赤鬼と青鬼を連想されますかな」
 記録官が云うのでありました。
「ええ、まあ、そう云うことです」
 拙生はその手の連想をこの二人が実はあんまり快く思っていないのか、それともそれ程げんなりもしていないのか慎重に確かめるために、少々遠慮がちに、上目でおどおどと二人の表情を窺うのでありました。
「私の先祖は代々、赤鬼局員でした」
 審問官が云うのでありました。「恐ろしく遠い昔の話ですがね」
「私の方は青鬼局です」
 記録官が同じ口調で云うのでありました。
「大昔の閻魔庁の審理は、今とは全く違ってそれはそれは高飛車で、非情で、途轍もなく厳しいものだったんです。それに煩雑でもありました。先ず宋帝王審理所と云う処でその亡者様の娑婆での淫行を審理して、その後五官王審理所で生前ものした妄言の質と量を審理して、その後に閻魔大王審理所が総ての項目を審理するんです。亡者様はここまでに三回の審理を受けることになっていました。これが審理とは云うものの、脅したり賺したり拷問じみたことをしたりが横行していたのです。特に閻魔大王審理所の審理は殴る蹴るは当たり前と云う按配で、それはもう、亡者様にはこれ以上恐ろしいものはないと云った有り様だったのです。それに、審理はこれで終わりと云う事はなくて、その後にも変生王審理所、泰山王審理所と云う処でもう二回審理が行われるので、都合五回の審理が行われていました。それまでに要する日数が四十九日間です」
「へえ、五回もですか!」
 拙生は大袈裟に語尾を裏返すのでありました。「向こうで云う四十九日法要と云うのは、この一連の審理が総て終わった日と云う事なのですね?」
「お察しの通りです」
 審問官が頷くのでありました。「しかもこの五回の審理は、向こうの裁判の三審制とか云う性質のものではなくて、云ってみれば勝ち抜き戦なのです」
「勝ち抜き戦?」
 拙生は語尾を上げて首を傾げるのでありました。
「各審理所で一回でもダメ出しされたら、そこでもうすっかりアウトなのです」
(続)
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もうじやのたわむれ 10 [もうじやのたわむれ 1 創作]

 審問官は続けるのでありました。「最初の宋帝王審理所で罪科充分と裁かれた場合、もうその時点で畜生道とか餓鬼道とかの準地獄行きや、各本格地獄行きが決定なのです。そうなればもうその先の四つの審理を受ける必要は、なくなって仕舞うのです」
「ははあ、成程」
 拙生が相の手をいれるのでありました。
「で、我々の先祖の赤鬼、青鬼ですがね」
 審問官がそこで背凭れから上体を離して、拙生の方に身を近づけるのでありました。「閻魔大王審理所で審理進行補佐と云う仕事をしておりました。閻魔大王官の助手です」
「ああ、よく閻魔大王の横で怖い顔をして、イボイボのついた鉄の棒みたいなものを持って、虎のパンツかなんか穿いて立っているヤツ、いや、方、ですね?」
「虎のパンツは、三途の川の向こう岸にいる準娑婆省気象統括庁の雷雨担当官の鬼が穿いているもので、あれはあの連中の制服なのです。装備品もウチの祖先の鉄棒みたいな武器ではなく、向こうは音響装置で、太鼓が幾つかつけられた丸い輪っかと撥ですしね。ウチの先祖は、普通の布を腰に纏っておりました。こちらの方は制服と云うものが決められおりませんで、華美に走らないならと云う条件がつきますが、カジュアルが許されていたようです。こちらには些か自由の気風があったのでしょうかな。同じ鬼でも、違うのです」
「こちらは自由な気風ですか。ふうん」
 拙生は顎を撫でながら感心するように何度か頷いて見せるのでありました。
「因みに川向うの雷雨担当官の鬼達と私共の先祖の鬼は、風体は似ておりますが全く違う族なのです。大本の祖先は学術的には同じなのかも知れませんがね。向こうの世界で云うと中国人と日本人の違いと云うのか、ま、そう云った感じですかな。頭蓋骨の形状とか耳垢の硬軟なんぞも微妙に違っておりますよ」
「民族が違うわけですね?」
「まあ、我々に民族と云う言葉は不適切で、云ってみれば霊族となりますかな。しかし、そう云う風な区別と近似していると思って頂いて結構ですかな」
「気象統括局は三途の川の向こう岸にありますから、こちら地獄省とはまったく別の、準娑婆省と云う処が統括していて、こちらとは一切交流もありません。全く別の国家と云うのか、別社会と云うべきでしょうかね」
 これは記録官の補足説明でありました。
「いやあ、向こうでは鬼と云えばなんでもかんでも鬼一般として理解していたのですが、実際は様々あるものなのですね。勉強になりました」
 拙生はそう云ってゆっくり数度顎を上下させた後、軽く頭を下げるのでありました。釣られて審問官も拙生にお辞儀を返すのでありました。
「いやまあ、娑婆での認識はそう云ったものでしょう」
 審問官がはっはっはと笑うのでありました。
「しかしお見受けしたところお二方は、私のイメージする鬼の風体とは全く違って、私と同じようなごく普通のお姿をなさっていますね。それに態度も温和そうだし」
(続)
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もうじやのたわむれ 11 [もうじやのたわむれ 1 創作]

 拙生が云うのでありました。
「旧態では色々問題が多くて、そういうのはとっくに廃止されたのです。ま、極楽省と地獄省の史上二回目の大戦みたいなものがありましてね、その時地獄省が負けて、進駐してきた極楽省の軍の命令に依り、こちらの制度も大いに民主化されたと云うのが実情です」
「極楽省と地獄省の大戦?」
「ええ。省とは云ってもそれは全く別の、云ってみれば国家のようなものですから、時に省益が衝突する事もあるのです。で、ずっと昔に戦争があって、それを第一次省界大戦、それにやや昔の、地獄省が負けた戦争を第二次省界大戦と呼んでおります」
「で、第二次省界大戦の敗戦省たる地獄省の諸制度が、終戦後、戦勝省たる極楽省の進駐軍に民主化されたと云うのですね。どこかで聞いたような話しだな」
 拙生はそう云って顎を撫でながら天井を見るのでありました。
「もう、戦前の旧制度は諸悪の根源であると云ったキャンペーンによって、我々地獄省は一夜明けると、全く反対の思想を受け入れる事を強いられたのです。昨日までの、亡者共は徹底的に締めあげて、その亡者が向こうで重ねた悪行を洗い浚い論って、塗炭の苦しみを与えた方が良いのだとされてきた思想が、戦後には、亡者様にも基本的霊権と云うものがあって、それは誰もが絶対犯すことの出来ない基本権と云う事になったのです」
「で、その民主化の成果として、我々も昔のご先祖様のような、恐怖を前面に押し出す風体ではいかんと云うことで、このような小ざっぱりしたスーツを着用する事になったわけです。亡者様に無用な心理的負担を与えないために」
 記録官が審問官の言葉を受けてそう説明するのでありました。
「頭の角もなくなったのですか?」
 拙生は極力失礼の印象を与えないように控えめな所作で、自分の頭の上に人差し指二本を立てながらそう問うのでありました。
「ああ、我々の角は出し入れ自由になっていまして、昔の鬼は高圧的な審理の手前、のべつ威嚇のために出していたのですが、今は緊急時以外頭の中に引っこんでいます。あんなのが四六時中出ていたら、迂闊に髪もセット出来ませんしね。昔の鬼だって仕事中は出していても、家に帰ると大体は引こめてていたそうです。家族が角突きあわせて生活すると云うのも殺伐としていて陰鬱で、なんか気が滅入るじゃありませんか」
 審問官はそう云いながら徐に自分の頭に掌を置いて、笑いながらそれで二三回髪の毛を軽く叩いて見せるのでありました。
「あれが四六時中出ていると、風呂で頭を洗うのも不自由だし、それにプライベートで色んな帽子なんかも楽しめなくなりますし」
 記録官も掌を頭上でゆっくり何度かバウンドさせながら、そう云い足すのでありました。
「ああ、成程。それと、鬼は、いや、鬼の方々は縮れ毛と云うのか、生まれつきカールの利いた頭髪と云う私のイメージだったのですが、お見受けしたところお二人共もストレートにしておられますね。それは態とストレートパーマかなんかを当てたりとか?」
 拙生は審問官の頭髪を見ながら聞くのでありました。
(続)
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もうじやのたわむれ 12 [もうじやのたわむれ 1 創作]

「いやあ、そんな事はありませんよ。様々です。尤も、川向うの気象統括庁の雷雨担当官の鬼の方は遺伝的に縮れ毛がほとんどですかな。さっきも云いましたように、彼等と我々は霊族が違いますからね。我々の方は直毛か、緩やかにカールしている程度です」
「遺伝的におとなし目の髪質なのですね?」
「まあ、そうですね。貴方のは屹度、節分の豆撒きの時に出てくる鬼のイメージですね」
「そう云えばそうかな。で、お顔の、と云うか、お体全体の色の方ですが、・・・」
 拙生は言葉を切って、祖先が赤鬼の審問官と青鬼の記録官を、礼を失しない程度に睨め回すのでありました。「お二方共、赤くもなく青くもないのですね」
「ああ、まあそうですよね」
 審問官と記録官はまた互いに顔を見合わせて笑うのでありました。
「出し入れ自由の角と一緒で、お顔の色の方も、自在に赤くしたり、記録官さんの方は青くしたり、コントロール出来ると云うことでしょうか?」
「いやいや、そうではありません。そもそも、この赤鬼、青鬼と云うのは見た目の色の事ではないのです。それはここに勤務する鬼の所属部署名だったのです」
「所属部署名?」
 拙生は眉間にしわを寄せて、不可解であることを二人に伝えるのでありました。
「そうです、部署名です」
 審問官がそう云いながら、手にしたボールペンを指先で器用に何度かくるんと回転させるのでありました。「つまり地獄省閻魔庁内の赤鬼局、青鬼局です。三途の川の港湾管理局や渡河船運航事業局と同じようなものです。尤もこの二つは、今は第三セクターとなっておりますが。因みに前にお話しした各審理所も、地獄省内の部署だったのです。まあ、港湾管理局とか渡河船運航事業局とか云うと、好都合にも仕事内容が名前の通りですから判りやすいですが、赤鬼局、青鬼局となると、局の名称が仕事の内容を指示しておりませんから、そりゃ、なんじゃろかいとお思いになるのも無理もありません」
「なにをする局だったのですか、具体的には?」
「先にもお話ししたように赤鬼局も青鬼局も閻魔大王官の助手で、閻魔大王官の指示によって、その仕事の補佐一般ならなんでもすると云う職種だったのです」
「赤鬼局も青鬼局も同じような仕事内容なのですか?」
「大体そうですね」
「態々赤鬼局、青鬼局と区別されているのはどうしてなのでしょうか?」
 拙生はちょいと食い下がるのでありました。
「まあ、その境目は実は曖昧ではあったのですが、強いて云えば、赤鬼局は亡者様を言葉の手練手管で威嚇すると云うのが主な仕事内容であり、青鬼局は鉄棒とか色々な責め具や武器を用いて、身体的な苦痛を以て恐怖させると云うものと云うのでありましょうかな」
「創設当時はそうだったのです。しかし時代が下がると、その仕事内容は赤鬼局と青鬼局で代替出来るようになりましたし、厳密な区別は次第になくなったのです。まあ、閻魔庁の創設期の遺産と云った感じで、後々にもその二局として存続したと云うところです」
(続)
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もうじやのたわむれ 13 [もうじやのたわむれ 1 創作]

 記録官が補足するのでありました。
「ま、酒を飲むと祖先が赤鬼の我々、いや正確に云うと祖先が赤鬼局に勤務していた鬼の子孫である我々は顔が赤くなる性質で、青くなるのが青鬼局に勤めていた連中の子孫とかね。ま、これは仕様もない冗談ですけどね」
 審問官はそう云って、角を引っこめている頭を掻きながら笑うのでありました。拙生は一応お愛想に一緒に笑って見せるのでありました。
「ご先祖が赤鬼局、或いは青鬼局に勤めていたご子孫の方は、代々、赤鬼局と青鬼局にお勤めになるのですか、お二方のように?」
「いやまあ、世襲と云うことでは全くないのですが、しかしなんとなくそう云う風な実状になっていましたかな、歴史的には」
 審問官が口の端に未だ笑いの名残を止めた儘云うのでありました。
「なっていました、と云うのは、今は違うと云う事でしょうか?」
「違います。と云うのか、今は赤鬼局も青鬼局もないのです。いや、現状をもっと紹介するなら、先程話した宋帝王審理所や五官王審理所、変生王審理所も泰山王審理所と云う各審理所も今はもうないのです」
「ああそうなんですか?」
「ずっと以前に省内の庁と部局の大幅な統廃合がありましてね」
 審問官がそう云いながら、手にしているボールペンのキャップの方で、テーブルを二三度軽く拍子を取るように打つのでありました。「まあ、地獄省内の各庁や各局で重複する仕事や、権限の錯綜とか、行政上の矛盾とか、それに審理結果の不統一性等で亡者様には大変ご迷惑をおかけしているのではないかと、専門家の先生方のアドバイスとか内部指摘があって、大いに議論されたことがあったのです。それで各庁、各局の長と外部の専門家を交えた地獄省刷新会議というのが立ち上げられて、大幅な統廃合が実施されたわけです」
「外部の専門家?」
「ええ。亡者様の中には娑婆で高名な大学教授であった方とか、官僚経験のある方とか、法曹界で活躍された方とか、保守系や革新系両方の政治家の方とか、それに大化の改新を主導された方とか、戦国大名をされていた方とか天下統一をされた方とか、幕末の志士の方とかがおられて、それはもう多士済々でありまして、そう云う有識者の亡者の方々に特にお願いをして、この刷新会議のメンバーとなって頂いたのです」
「それは、ひょっとしたら、藤原鎌足とか、武田信玄とか、織田信長とか豊臣秀吉とか徳川家康とか、坂本竜馬とか高杉晋作なんと云う連中の事ですか?」
 拙生はあんぐりと口を開いて驚きを表現するのでありました。
「いや、どのような方々がメンバーだったのかは一応非公開でしたから、ここでも特定のお名前を挙げるのはご勘弁頂きたいのですが、まあ、そんなようなお名前の方も、確かいらしたような、いらしていないような。・・・」
 審問官は曖昧に語尾を濁しながら片頬で笑って、その後顔を上げて拙生に意味ありげな目線を送ったりするのでありました。
(続)
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もうじやのたわむれ 14 [もうじやのたわむれ 1 創作]

「いやあ、まあ、考えてみればそんな連中は皆こちらへ来ているのでしょうから、そう云った豪華絢爛たるメンバーの刷新会議があっても、別に不思議ではないですよね」
 拙生は全く以って瞠目するのでありました。
「で、省内の審理部門で云えば、結局亡者様の審理については四つの審理所を廃止して、閻魔大王審理所のみを残して発展拡充し、閻魔庁と云う名前に改称して、ここで総ての審理を一括して行うと云うことになったのです。よって、赤鬼局と青鬼局は統合されて、名前も審理補佐局と改めて今に至っているのですよ」
「ははあ、成程。それがつまり、ここですね」
「そう云うことです」
 審問官が頷くのでありました。
「赤鬼局に所属されていた方が総て審問官で、青鬼局の方が総て記録官となる、と云うことでもないのですかね?」
「そうです。元赤鬼だろうが元青鬼だろうが、専門職試験に合格すれば審問官にもなれるし、記録官にもなれるのです。ま、血統ではなく能力主義と云うことです、建前上は」
「建前上は?」
「まあ、能力主義とは云っても、なんと云うのか、緩やかな職業の親子継承意識であるとか、門地であるとか地方閥であるとか出身大学の学閥であるとか、個人的なコネクションであるとか、それは矢張り依然として地下に脈々と存在していましてね。審問官系は元赤鬼、記録官系は元青鬼なんという、何故か知らないけど昔に出来た暗黙の住み分けと云うのは、曖昧ながらもなんとなく残っているのですよ」
「ふうん、そんなものですかねえ」
 拙生は少し口を尖らせるような表情をして、ゆっくり二三度頷くのでありました。
「ま、何処の社会も、そんなようなもので」
「なんとなく、ここへ来る前にいた娑婆の話しを聞いているような心持ちです」
「まあ、娑婆もここもそう変わらないでしょうかね、そんなところは」
「こちらと云うものは、あちらとは全く違った世界だと思っていましたが」
「そんなことはありませんよ。なにせ前に向こうにいた人が、今こっちに来ているのですからね、殆ど。居る連中は大体が同じヤツなのですから」
「しかし、こちらてえものは、娑婆っ気なんぞはこれっぽっちもない、まあ、向こうの目線で云えば、完全浄化された楽土なんだとばかり思っていました。向こうが穢土でこちらが浄土と云う認識です。まあ、私の勉強不足と云う事になるのでしょうが」
 拙生は頭を掻くのでありました。拙生が頭に当てた手を下ろすと、今度は記録官の方が話し出すのでありました。
「浄土なんと云う言葉が出るのは、さすがにお家の宗旨が浄土真宗だからでしょうかな。しかし兎も角、娑婆とこちらは、結局緊密に連関して存在しているわけですから、全然違う法則で動いているというのではないのです。あちらにある事はほぼ、こちらにもあるし、あちらにない事は大概、こちらにもないのです。まあ、総てと云うわけではないけれど」
(続)
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もうじやのたわむれ 15 [もうじやのたわむれ 1 創作]

 記録官が続けるのでありました。「昔テレビか映画で『我々は宇宙人だ』なんと云う決め科白で、そこいらの地球人をやたらに脅かす宇宙人が出て来るのがあったでしょう」
「ありましたね。映画の『地球防衛軍』だったかな。その科白、知っているんですか?」
 拙生は記録官が急に突拍子もない話題を持ち出した事に些かの戸惑いを覚えつつ、そう問いかけるのでありました。
「ええ、こちらでも有名ですから。それでね、その宇宙人にその常套手段で脅かされる地球人のうろたえぶりとか、恐怖に引き攣る顔を思い浮かべながら『そんなこと云われても、云ってみれば我々も宇宙人だし』と、どうしてちゃんと地球人が云い返さないのかと、この点、大いにもどかしく思っていたのですよ。そう云う風に云い返せば、屹度宇宙人も、なんとなくもじもじとしながら納得して引き下がるだろうにと」
「ああ、成程ね」
「そもそも宇宙の成員たる地球が、宇宙の法則を免れて存在していることなんかないのだし、そう云う意味では地球人もより大きな属性で云えば宇宙人なのですよ。だから宇宙人が『我々は宇宙人だ』と云って、さも勝ち誇ったような顔で同じ宇宙人を脅かす、その彼の鈍感さとか、見識の低さとか、それに地球と宇宙をまるで違うものとして認識している幼稚さとか、より大きな属性である宇宙人と云う範囲の中に閉じ籠もって、その下の属性たる地球人と対となる、己の属性を明示しないその不誠実さなんかを、ちゃんと指摘してやればいいのですよ」
「お説ご尤もではあります。そのツッコミは昔からありましたかな。でもまあ、お決まり通り地球人が驚かないと、宇宙人も立つ瀬がないし、話しも進行しないでしょうけど。・・・」
 拙生はなんとなく、記録官に詰られる宇宙人のような心持ちがしてくるのでありました。
「それはそれとして、だからつまり」
 記録官が急に語調を変えるのでありました。「互いに密接に連関し、同じ法則性を持っているのですから、娑婆で起こることはこちらでも起こって当たり前だし、娑婆もこちらも行動や考えのパターンは、風俗や流行に至るまで、結局似たり寄ったりだと云う事ですわ」
「いやご尤も。宇宙的な比喩まで頂戴して、大いに納得致しました」
 拙生は記録官に丁重に頭を下げるのでありました。釣られて記録官の方も拙生にお辞儀をするのでありました。
「ま、要するに、以上が娑婆で云われている赤鬼青鬼の正体ですな。なんか色々な話しを加えたものだから、貴方の当初のご質問たるそこいら辺のご理解が、曖昧な感じになりはしなかったかと、やや恐れるのではありますが」
 これは審問官が云う言葉でありました。
「いやいや、それは私が質問を重ねたせいですし、赤鬼青鬼の件もほぼ、了解出来ました」
 拙生は、今度は審問官の方を向いて頭を下げるのでありました。こちらも釣られて、拙生にお辞儀を返すのでありました。
「まあ、それは結構であります」
「もうちょっと鬼の件でお訊ねしても宜しいでしょうか?」
(続)
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もうじやのたわむれ 16 [もうじやのたわむれ 1 創作]

 拙生は恐縮の態を示しつつ問うのでありました。
「ええどうぞ。疑問点はどんな小さなことでもお聞きください」
 審問官が愛想の良い笑いを浮かべて、掌を上に向けて拙生の方に出すのでありました。
「現世で、つまりあちらの世界で、非業に倒れた者とか、恨みを残した儘世を去った者とかの、その怨念とか無念とかが、その亡者を鬼にすると云うことを聞いた事があったように思うのです。その鬼と化した亡者は、あちらの世に留まり続けて祟りをなすとも云われておりましたか。その辺は、如何なものなのでしょう?」
「ああ、川向うの準娑婆省内の鬼の中には、そんな娑婆っ気の抜けない鬼もいますかな」
 審問官がボールペンを指の間でくるんと回すのでありました。
「川向うの鬼と云うと、・・・」
「いや、先程お話しした気象統括庁の雷雨担当官の鬼ではなくて、違う種類の鬼ですが」
「三途の川の向う岸には、色んな鬼の方がいらっしゃるのですか?」
「川向うは地獄省が統治していないのですから、私がとやこう云うのは障りがありますが、川向うの準娑婆省には色んな種族の鬼が雑居しています。性質の良くない鬼なんかも」
「ええと、またちょっとさっきの質問とは離れて仕舞いますが、その今のお言葉の中で、一つ確認をさせて貰って宜しいでしょうかね」
「ええ、どうぞ」
 審問官がにこやかな顔で拙生の方へボールペンを握った手を差し出すのでありました。
「向こう岸の港湾施設は、地獄省の管轄なのですよね?」
「港湾施設は地獄省の直轄です。港湾維持局も渡河船運航事業局も港湾サービス局も」
「川向うではあっても、港湾施設のみは地獄省の直轄なのですね?」
「そうです。三途の川の向こう岸の準娑婆省と云う処は、娑婆で起こる怪奇な諸現象を統括している省です。あくまで娑婆内の出来事の統括を専らとしています。ですから準娑婆省の権限等は、川を隔てたこちら側には一切及ばないのです。こちらもあちらのやることには不干渉というスタンスです。ま、お互い独立した国同士と云った感じですかな、向こうの世界に準じて云うなら」
「ふうん、そう云う風な成り立ちなのですか」
 審問官は笑顔で頷いてから、徐に拙生の前世の情報が記してあると云う目の前の紙の一枚をクリップから取り外して、その紙だけ裏返しにして、そこにボールペンでなにやら書き始めるのでありました。拙生は審問官が書き終えるのをなんとなく待つのでありました。
「書き方がまわりくどく見えるかも知れませんが、これを見て頂いたら、こちらの様子も大まかに判るでしょうかな」
 審問官は書き終えた紙を回して、拙生の方に静かに押し遣るのでありました。そこには省名や地獄省の幾つかの庁局の名前が、律義そうな字で書き記してあるのでありました。
<準娑婆省、極楽省、地獄省-各地獄管理庁(各地獄の管理運営局等)・庶務庁(入省管理局等)・閻魔庁(閻魔大王審理所-審理補佐局)・その他・省に付帯する第三セクター(各港湾管理事業所{港湾維持局・渡河船運航事業局・港湾サービス局}・その他)>
(続)
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もうじやのたわむれ 17 [もうじやのたわむれ 1 創作]

 この記述の中の、審理補佐局と云う文字に下線が引いてあるのでありました。
「先々の話しもあるので、一応これをお渡ししておきます。まあ、こう云った羅列型の記述よりは、図表でお示しした方が判り易かったと思いますが、色々、都合もありまして。・・・」
 審問官がそう云って頭に手を遣るのは恐縮を表明しているのでありましょうか。
「このアンダーラインの審理補佐局と云うのが、つまりここですね?」
 拙生が問うのでありました。
「はい、そう云うことです。まあ、その紙には主な処しか書いておりませんがね」
「川向こうの三つの港湾施設は、港湾管理事業所が運営しているのですね?」
「そう云う事です」
「川向うは準娑婆省が統治しているのだけれど、しかし三つの港湾施設のように、特別に地獄省が独自に管理する施設もあるわけですか?」
「ええまあ。準娑婆省の管理でも構わないのでしょうけど、そうなると省の縦割りの弊害で色々煩雑な手続きが発生して、亡者様には不利益となりますしね。それに実はこちらとしては、準娑婆省の治安であるとか警備体制を全面的に信頼していない部分があって、それで準娑婆省から一定面積を租借して、治外法権で港湾のみこちらで運営しているのです」
「準娑婆省と云う処には、なにか社会安全上の問題があるのでしょうか?」
「折角のご質問ですが、そこいら辺は私の口からは、多くの事を申し上げられません」
 審問官が、意外ときっぱりとした調子をその恐縮の笑みに載せて云うのでありました。
「他国、いや他省の事は、あまり喋りたくないと云うことですかね?」
「まあ、そうです。無神経な事を云って、後で内政干渉なんと云われても拙いですから」
「そうなると、益々聞きたくなると云うのが人情じゃありませんか」
 拙生は控えめな態度ながら食い下がるのでありました。
「まあ、そうでしょうが。・・・」
 審問官が拙生から目を逸らすのでありました。
「云ってみれば、準娑婆省は開発途上国なのですよ」
 これは記録官の方が云うのでありました。「インフラも洗練された色々な社会制度も未発達だし、それに、野蛮な風習とかが残っていて、霊度が成熟していないのです」
「霊度?」
「向こうの世界の言葉で云えば、民度と云うことになります。序でに申し添えれば、先程貴方が口にされた人情と云う言葉も、ここでは霊情と云う言葉に置き換えた方が適切かと思われます。ま、このようなアドバイスは、お節介であることは重々承知しておりますが」
「ああ、これは失礼いたしました」
 拙生はほんの少したじろぎながら、記録官に頭を下げるのでありました。
「いえいえ、とんでもない。もし私の言葉をご不快に思われたなら、ご容赦ください」
「どうも私も、未だ娑婆っ気が抜け切れていないもので」
「いやいや、無理もありませんよ」
 記録官は拙生の恐縮に恐縮すると云った態で深めのお辞儀をするのでありました。
(続)
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もうじやのたわむれ 18 [もうじやのたわむれ 1 創作]

「要するに、地獄省としては準娑婆省と云う省を全面的に信頼していないのですね?」
 拙生はそう記録官に訊ねるのでありました。
「そう云うことです。向こうに港湾を管理させたら、その野放図で無責任な仕事ぶりから、船の定期的な運航に障りが出るやも知れませんし、下手をするとスムーズな船の発着を強請りの条件にして、こちらに話しにもならない無理難題を突きつけてくる場合もあります。我々はそれを危惧するわけです。準娑婆省と云う処は、ま、そう云った省なのです」
「おいおい青木君、そのくらいにしといた方が良いぞ」
 審問官がそう云って記録官の口の動きを制止しようとするのでありました。
「しかしそうなら、向こう岸にある地獄省の港湾施設の安全とかも、ちゃんと保証出来ないのじゃありませんか?」
 拙生は審問官の記録官を制止する言葉を横目に、尚も記録官に聞くのでありました。
「いやまあ、その辺はこちらもちゃんと万全の備えをしておりますから」
 これは審問官が拙生に云った言葉でありました。
「準娑婆国内、いや省内の安全とか船の運航の事とか、準娑婆省を通ってその領内にある港まで来て、そこから船に乗らなければならない我々亡者にとっては、安全は大いに気になる問題ですので、これは亡者として聞く権利があると考えますが?」
 拙生は審問官に少々つめ寄るのでありました。
「まあ、それはそうですな」
 審問官はそう云って拙生から椅子の背凭れに身を引くのでありました。「港にはこちらの最新装備で武装した防衛隊を派遣しておりますし、亡者様が港湾までお出でになるあちらの路程に限り、一定間隔で屯所を設けて防衛隊員を常駐させております。ですから亡者様の安全には充分配慮しております。準娑婆省内を通る路程もそんなに長くもないですし」
「防衛隊とは地獄省の軍隊ですか?」
「まあ、そういった実力組織ではあります。そうではありますが、前にお話しした極楽省との大戦に負けた後、こちらの軍隊は解散させられて仕舞いました。しかしどう云う経緯かは知りませんが、戦後暫くして新たに防衛組織を創設しようと云う話しになりましてね、それで防衛隊と云う組織が創られたのです。ですから防衛隊は軍隊とほぼ同じ体裁で、同じ事をするんですけれど、法制度上はあくまで軍ではないのです。やむを得ない限定的な場合のみ実力を行使することの出来る、専守防衛の組織なのです」
「これも娑婆にいる時、何処かの国のややこしい事情として聞いたような話しだな」
 拙生はそう云って少し口を尖らすのでありました。
「準娑婆省の武器の殆どは旧式のものばかりで、こちらの最新兵器との実力比は八海山、いや八対三です。まるで機関銃と竹槍です。ですから、準娑婆省にはこちらに対する無意識の恐怖があります。そんな小さくない心理面も考慮すれば、亡者様の安全は充分確保されていると我々は考えております。ま、それでも不測の事態もありはするでしょうが」
「不測の事態が、過去にあったのですか?」
 拙生は少し身を乗り出して審問官に問うのでありました。
(続)
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もうじやのたわむれ 19 [もうじやのたわむれ 1 創作]

「ええまあ。戦後の長い歴史の中で一度だけ。省同士の軍事組織に依る、紛争と云った大袈裟な事ではないのですがね。向こうは政治が良くないものですから、不逞の輩と云うのか、向こう見ずのアウトローみたいな連中も結構おりましてね」
「しかし、ものの数分で我が防衛隊が圧倒的な実力差で鎮圧してしまいました。ですから亡者様にはなんの被害も出てはおりませんので、どうぞご懸念のないように」
 記録官が審問官の言葉に続けて、どちらかと云うと、拙生の懸念の方よりは地獄省の防衛隊の優秀さの方を強調するように、やや自慢気な面持ちで云うのでありました。
「しかし他国、いや他省の領土内で地獄省の軍事組織が実力行動に出たと云うのは、外交問題になりそうですよね?」
「ま、少々そう云った側面も、事件の処理の上でありましたかな。しかし全くやむを得ない事情と云う事で、なんとか円満に解決いたしました」
「でも、国同士、いや省同士の政治的な折りあいの点では一定の妥協を得たとしても、そう云うのでは準娑婆省内の一部政治家は勿論の事、省内の民意、いや霊意が納得しないのではないですか? 民族主義、いや霊族主義が台頭したり、地獄省排斥運動が起こったり、不買運動が起こったり、場合に依っては要人テロが起きたり」
 拙生は内心、不謹慎ながらなんとなく面白い話しになってきたと思って、無意識に身を乗り出しているのでありました。
「まあしかし、先程も青木君が云ったように、あいつ等なんぞは、・・・」
 審問官がそこで言葉を一端切って、おっと、うっかり迂闊な言葉を使って仕舞ったと云う様な顔をしてから続けるのでありました。「いやまあ、あいつ等なんて、そんな云い方はいけませんね。ええとつまり、準娑婆省の省霊の霊度はあまり成熟してはいないので、省霊的な、判りやすく向こうの世界的に云えば国民的な盛り上がりは、結局殆どなにも起きませんでした。ま、要するに、その程度の省と云う事です」
 審問官の口調には、隠そうとしながらも現れてしまう、準娑婆省を端から侮って止まない気分が仄見えているようにも思われるのでありました。
「ふうん、そうですか」
 拙生は顎を撫でながら頷くのでありました。
「ええと、ところで当初、なにをご質問されたのでしたっけ?」
 審問官が拙生に問うのでありました。そう云われて、実は拙生は、一瞬、さて自分は先程なにを質問したのかしらと考えて仕舞うのでありました。こう云う迂闊なところが、向こうの世に居た頃から拙生にはあったのでありますが、これはこちらに来ても一向に直っていないようなのでありました。
「ええと、・・・ああそうだ、鬼の話しだ。祟りをなす鬼の話し」
「ああそうでしたね」
 審問官が二三度頷くのでありました。「娑婆に怨念を残した儘の亡者が鬼と化して、あちらの世界に留まり続けて、祟りをなすと云うのはどう云う具合なのかと云う質問でしたね」
「ええ、そうでしたそうでした」
(続)
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もうじやのたわむれ 20 [もうじやのたわむれ 1 創作]

 拙生は審問官と同じように頷きながら、なんとなくほっとして顔を綻ばすのでありました。話しを自ら横道に逸らして自分の発した当初の質問を失念して仕舞い、審問官に改めてここでなぞって貰って喜んでいる等とは、考えてみれば間抜けな話しではあります。
「先にも話したように、準娑婆省には気象統括庁の雷雨担当官の鬼のように、準娑婆省の公務を担っている鬼もいれば、霊間霊で悪事を働くような鬼もいましてね」
「霊間霊?」
「向こうの世界で云うなら、民間人、ですな」
「ああ、民間人、ですか」
 拙生は先程から、その辺の言葉遣いのまわりくどさに少々げんなりしているのでありましたが、しかしこちらにやって来た以上、娑婆の言葉を早く忘れて、こちらの言葉に順応しなければいけないのでありましょう。「民、と云う言葉と、人、と云う言葉は同じ、霊、と云う言葉にして構わないのですか?」
「まあ、構いません。向こうで人一般を差す言葉は大体、霊、と云う言葉で置き換えて貰って大丈夫です。ま、先に話しが出た、民主化、とか云う様な、何でもそうですが、幾つかの慣用的例外とか曖昧な部分はありますけど」
「判りました。では続きをどうぞ」
 拙生はそう云って一礼し、審問官が前にしたように、掌を上に向けてそれを審問官の方に差し出すのでありました。どうでも良い事なのですが、拙生のそれはまるで渡世人の、お控えなすってのポーズのようだと、そうしながら頭の隅でちらと思うのでありました。
「準娑婆省内の鬼は実に多種多様で、その全部を準娑婆省の公安組織も把握していないのではないでしょうか。尤もそれは準娑婆省当局の怠慢と能力不足のせいで、もし仮に我が地獄省であれば、その実態を細大漏らさず調査掌握出来るでしょうがね」
 審問官はまたボールペンを指の上で一度回すのでありました。「いやまあ、それは兎も角、準娑婆省とは娑婆の怪奇現象を統括している省ですから、云われたような、祟りをなす鬼もいれば、節分で豆をぶつけられる鬼であるとか、桃太郎や一寸法師に退治される鬼とか、浅間山の溶岩流になったヤツとか、瓦になったヤツとか、そうかと云うと、蛇とどっちが先に出るか競っている鬼もいれば、来年の事を云われるとつい笑って仕舞う迂闊な鬼もいるし、いなくなると直ぐ洗濯されて仕舞うのやら、呑気に子供と追いかけっこして遊んでいるのやら、ま、このように色んな鬼がいて、つまり、なんでもありと云うことです」
「なんでもあり、ですか。・・・」
「そうです」
「つまり祟る鬼も、ちゃんと実在すると云うことですね?」
「はい、実在します」
「但し、祟る鬼に関しては、準娑婆省に先祖代々住んでいる鬼とは違って、元々は人間だったわけですから、本来はこちらに来るべきなのですけれど」
 これは記録官が横から云う言葉でありました。「しかし準娑婆省内に止まっていて、娑婆の人を脅かすのが面白いものだから、なかなか渡河船に乗ってくれないのです」
(続)
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もうじやのたわむれ 21 [もうじやのたわむれ 1 創作]

「こちらとしては、そう云った準娑婆省で鬼と化した、了見違いの亡者の方々を説得教導して、こちらに早く渡って来て貰いたいのですが、地獄省の統治外地域で起こっている事なので不如意の儘、今日まできているわけですわ」
 これは審問官の科白であります。「互いに内政不干渉が建前ですから、こちらの担当者が準娑婆省内で説得活動をするためには、準娑婆省との間に条約とか配慮も要りますし、ま、色々難しい問題が発生するわけです。時には鬼と化した亡者様の霊柄確保をするために、逮捕権のようなものも発動しなければならない場合も想定されますからね」
「霊柄確保?」
「向こうの言葉では、身柄確保、です」
「ああそうか、身柄確保ね」
 拙生は下唇で上唇を隠すのでありました。「準娑婆省との間に、例えば犯罪霊引き渡し条約、みたいなものはないのですか?」
「ま、こちらに来るべき亡者様がいらっしゃらないのですから、云ってみれば法を犯しているのではありますが、しかしそうやって亡者様になった後まで余計な罪を上乗せしたりすると、益々こっちには来たくなくなるでしょうから、それもどうかなと云う意見もありましてね。ま、難しい問題です。それに準娑婆省との間には未だ、亡者様引き渡しの条約は締結されていません。その前に、向こうの警察組織自体がこちらから云わせると、全く信用出来ないところがあるのです。準娑婆省では現場の警察署員丸ごと賄賂塗れ、なんと云うこともあるようですからね。ですから、こちらの警察組織が向こうに行って、説得とか霊柄確保に実効のある行動を執らなければ成果は上がらないでしょうし、そうなると明らかに主権侵害でしょうから、向こうとしても色々面白くないはずですからね。・・・」
「なかなか、まわりくどい難問があるのですね」
 拙生は腕組みをして見せるのでありました。
「若しこちらが拙速に準娑婆省内での警察権行使に踏み切ると、万が一事態が拗れでもすれば、準娑婆省との間に省同士の紛争が勃発するかも知れません。そうなると屹度極楽省も黙ってはいないでしょうから、その変にも無神経ではいられません。下手をすれば省際情勢は一挙に悪化して、第三次省界大戦の勃発なんと云う事になったらえらいことです」
 そう云う審問官の表情は結構陰鬱そうであり、深刻そうでありました。
「ああ、それは確かに避けなければなりませんよね。ところで余計な確認かも知れませんが、その、省際情勢、と云うのは、娑婆の言葉に置き換えると、国際情勢、ですね」
「正解!」
 審問官の顔が急に明るい笑顔に変わって、手でピースサインを作って見せるのでありました。「貴方も段々、こちらの言葉に慣れてきたようですな」
「お褒め頂いて恐縮です」
 拙生はお辞儀をするのでありました。審問官は今度はその拙生のお辞儀に釣られることなく、ピースサインの儘ニコニコと笑って拙生を見ているだけなのでありました。
「極楽省と地獄省、それに準娑婆省間の、夫々の関係と云うのはどんな具合なのでしょう?」
(続)
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もうじやのたわむれ 22 [もうじやのたわむれ 1 創作]

 拙生はそう聞くのでありました。
「夫々の関係と云う事ですが、ま、省益と云う点でどの省も腹蔵もあり、思惑もあり、他省に対する不信感もあり、一方で頼っているところもありで、これまた複雑な様相です。今のところ内政不干渉の建前から、なんとなく事なきを得ておりますが、長く解決を見ない懸案もまた、色々抱えております」
 審問官の顔はまた、深刻そうな表情に変わるのでありました。
「なんか領土紛争なんかがあるようには思えませんが、その懸案と云うのはいったい?」
「お察しの通り、領土紛争はありません。その三つの省の間には明瞭で妥当な省境があります。主な省益の対立とは領土に関してと云うよりは、新規流入の霊口問題なのです」
「ええと、つまり娑婆で云えば、人口問題、ですね」
「正解!」
 審問官はまたピースサインをするのでありました。但し深刻顔の儘で。
「なんとなく察しはつくような気がします。極楽省に行く亡者と地獄省に行く亡者、それに準娑婆省に止まる亡者のふりあいの問題ですよね?」
「そう云うことです」
「亡者様はすべからく、一旦は地獄省の閻魔庁で、その後に極楽省に行くか地獄省の各地獄等に行くか、自分の住むべき処を決めなければならない事となっているのですが、準娑婆省の場合単なる通過地であって、自分の処の霊口増加は全く見こめないわけです。だから、先程話した鬼と化した亡者様とか、閻魔庁にどうしても行きたくないような、娑婆で大悪人をやっていた方とかに対して、三途の川を渡るように積極的に教導しようとしないのです。裏では準娑婆省にこの儘残らないかと、無責任なオルグをかけたりしているようなのです。確認は未だ出来ていないのですが」
「でも、亡者は準娑婆省のほんの短い区間を、地獄省の防衛隊に守られて、港まで移動するだけなのでしょう?」
「そうなのですが、それでも鬼と化したい亡者様とか娑婆で大悪人だった亡者様は、矢張り渡河船に乗るのを躊躇なさるわけです。閻魔庁のお裁きを受ける勇気がなくて。しかしこれは後でも申しますが、本当は、閻魔庁は決して裁きをする処ではないのですがね。でも、矢張りどうしても拭い難い誤解があるのです」
 審問官がそう云って口を尖らすのでありました。
「おや、閻魔庁は亡者の娑婆での言行その他を審理する処ではないのですか?」
「違います。それは娑婆の方々がそう云う風に喧伝して、娑婆の秩序を乱させないようにするための、あくまで娑婆の利益を慮った、作られた閻魔のお裁きのイメージです」
「へえ、そうなんですか。これまた意表を突かれましたね」
 拙生は顎を突き出すのでありました。
「ま、その辺の事は後にお話しさせて頂きますが、ともあれ、そう云った準娑婆省の身勝手な企みは、こちらの世界の正しい在り方を乱すことになりますから、我々は常々苦々しく思っているわけなのです。全く不謹慎な手あいですよ、準娑婆省の連中は」
(続)
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もうじやのたわむれ 23 [もうじやのたわむれ 1 創作]

「そのくせ、その不正を外交ルートを通じて抗議すると、そんなことはやっていない、知らぬ存ぜぬとしらばくれるのです。あらぬ疑いを証拠もなしにかけるとは、準娑婆省の名誉を傷つけようとする地獄省の悪意であり、そっちがその気ならこっちも激烈な対抗手段をとる、なんと云って反対に高飛車に喧嘩腰で凄んで見せて、こちらから賠償金かなにかを分捕ろうとするのです。準娑婆省の、判らんちん共の常套手段です」
 これは記録官が審問官の後を引き取って続けた言葉でありました。
「しかしこちらとしても三つの港湾を租借している関係上、問題を必要以上に拗れさせることもしたくないわけです。だから準娑婆省の省意に対して地獄省は常々、大いに不信感を抱いておりますし、準娑婆省の風儀にも或る種の嫌悪感を抱いております」
「ふうん、そう云う事ですか」
 拙生は審問官の言葉を聞きながら、前に記録官が入れてくれたコーヒーを一口、そこで口に運ぶのでありました。すっかり冷めたコーヒーは、記録官がこちらのコーヒーは美味いと云っていたにも関わらず、香りもなくてただ苦いだけの味でありました。
「また一方、地獄省と極楽省の間にも、亡者のふり分けに関して意見の相違があります」
 審問官が続けるのでありました。「極楽省は、閻魔庁が地獄省付帯の機関であるため、故意に極楽省に送る亡者様の数を少なく、地獄省の各地獄へ行くべき亡者様の方を多く、操作しているのではないかと、こちらとしては全く謂れのない抗議を時々してくるのです。そんなことを云われると、こちらとしては立つ瀬がない。これも困ったものです」
「そんなことは誓ってないのです。我々は常々、ちっぽけな省益に囚われる事なく、正義の名の下に、中立公明正大に、どこへ出しても恥ずかしくない審理を心がけております。これは天に誓ってそう申し上げます」
 これは記録官が横から云った言葉でありました。拙生はその妙に強い語調に少々たじろぎながらも、記録官が真顔で口にした、天に誓って、と云う言葉に、なんとなく可笑しみを覚えるのでありました。天、と云ったって、ここがその、天、じゃなかろか。
「お二人を拝見していれば、ふり分けが中立公明正大で妥当であろう事は、充分に拝察出来ます。しかしまあ、亡者の立場から云わせて頂くと、閻魔庁が地獄省に付帯していると云う事は、矢張りなんかちょっと、割り切れないような感じも受けますが」
 拙生は片頬に鈍感そうな笑みを湛えながらそう云ってみるのでありました。
「そうでしょうか?」
 記録官が挑むような顔つきをするのでありました。
「本来なら閻魔庁は地獄省にも極楽省にも属さない、中立機関であらま欲しきところですかな。ま、こちらの事情に疎い目から見れば、ですけれど」
「確かにそう云う或る種の懸念が亡者様にもおありになるであろう事は、我々も充分理解してはいるのです。しかし、審理するのが地獄側に属する機関であることが、娑婆に於いては、悪事の或る種の抑制装置として機能しているとも云えるのではないでしょうか。お裁きが相当に甘くないなと云う印象を作り出すことによって。ま、実際は先も申したように、ここで行われる審理は決して、お裁き、なんと云う性質のものではないのですが」
(続)
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もうじやのたわむれ 24 [もうじやのたわむれ 1 創作]

 審問官が落ち着いた口調で云うのでありました。それは記録官のやや昂じた物腰をやんわり窘める意向も、暗にあるように思われるのでありました。
「それは確かに、そうかも知れませんね。閻魔様の目が怖いので、娑婆で悪さが出来なくはなりますかな、我々人間は。いやもう、私は人間ではないですが」
 拙生は頷くのでありました。
「そうでしょう?」
 審問官は拙生の納得顔に、満足そうな笑みを返すのでありました。「しかし極楽省としては矢張り、霊口増加と云う点で、そう云う不信感を地獄省に対して抱いているわけです」
「先の第一次省界大戦も第二次省界大戦も、それが原因だったのですか?」
「まあ、底流にはそれが大いにあります。直接の争いの端緒は、色々他の事由なのですが」
「しかしそうやってこの天界でも、各国が、いや各省がお互いに不信感とか敵意を抱いているなんと云う事とか、省間で争い事までしたと云う事を聞くと、なんとなく救われないような気がしてきますね、最近まで娑婆にいた我々としては」
「いやもう、そう云われると慙愧に堪えません」
 審問官が頭を下げるのでありました。
「いやいや、争い事ばかりに明け暮れていた娑婆に、つい最近までいた私が云うのはおこがましくて、こちらの方こそ恥入る次第ですが。しかし娑婆もこちらも、実相はそう変わらないのですねえ。いやあ、大いに勉強になります」
「密接な連関性と同法則性の左証ですよ、娑婆とこちらの」
 記録官が云うのでありました。
「つまり『我々は宇宙人だ』の証明、ですな」
「そう云うことです」
 記録官が何やら重々しく頷くのでありました。
「あのう、こう云った質問は或る意味で機微に属することかも知れませんし、ご不快かも知れませんが、客観的なところで、極楽省とこちらの地獄省の、その国力、いや省力の比較と云うのは、如何なものなのでしょう?」
 拙生は先の省界大戦で地獄省が負けたと云うのを聞いていたものだから、その辺りに多少のデリカシーを漂わせて言葉を発するのでありました。
「そうですねえ、省力と云う点ではちいとばかり極楽省の方に分があるかな。向こうは気候温暖で農産物の実りも豊かだし、肥沃な省土を持っていますから。工業生産も工業技術も、多くのノーベル賞クラスの亡者の方々を優遇したりして、そのアドバイスの下、その辺はかなり意欲的でそつのない政治を行っておりますし。それに娑婆に於いて故人の供養とかお墓参りをする時の、お供物の殆どは極楽省の省庫に納められますからね」
 審問官が云うのでありました。
「省庫と云うのは、娑婆で云えば、国庫、の事ですね?」
「正解!」
 これは先程の審問官と同じに、記録官がピースサインをしながら云った言葉であります。
(続)
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もうじやのたわむれ 25 [もうじやのたわむれ 1 創作]

「それに比べてこちらの地獄省は、全体に険しい山がちの省土で、大規模農業にはあまり向かないのです。一面針のような硬い草に覆われた、鋭針山地と云う地名の、峻嶮な岩山の山岳地帯であるとか、大焦熱台と名前のついた、地下に高熱の溶岩の流れる灼熱の痩せに痩せた、鉄板のような土地があったりと、他にも第一次産業には到底向かない、未開の地域が至る処にあります。河川や湖沼にしても、向こうには蓮池、大蓮池、荷風湖等と呼ばれる水産資源豊かな広大な湖が幾つもありますが、こちらは鮮血池、大鮮血池、赤血球湖なんという名称のついた、広大なくせに飲用には全く不向きで、漁業資源皆無の、硬質の赤い色をした大小の湖沼群が広がる湿地帯があったりでね。気候も温暖とは云えないし」
 審問官がやや苦々しげに云うのでありました。「まあ、工業力は極楽省を見習って、ここ近年、多くの亡者の方々のご協力を得て、次第に追いつくらいにはなりましたか。しかし無視できない大きな省家的収入であるところの、娑婆で行われる供養等のお供物の流入に関しては、これは将来的にも全く増加が見こめません」
 審問官はそう云って、暫く止めていた、指先でボールペンをくるんと回す所作をまたぞろし始めるのでありました。
「省土はそうでも、省霊は、地獄省の霊の方が何に依らず積極的で行動的で、バイタリティーに満ち溢れていて、勇猛果敢、猪突猛進の気質があるのです。まあ、協調性とか親和性と云うものに欠けるきらいが、多少はありますが。・・・」
 記録官が云い足すのでありました。
「一例に、軍事面を見ると、先の大戦の敗戦省であるために無制限な軍備拡張は出来ないのですが、しかし戦後すぐの防衛隊創設時に、極楽省から払い下げられた兵器に独自の改良を重ねて、最近は省産の優秀な武器も多くありますし、兵員の能力等は、それこそ地獄の訓練によって育成された、青木君が云う、勇猛果敢な気質に裏打ちされた優秀な兵員がこちらには多いのですが」
 審問官は自分の云った事に自分で納得するように、頷いてはボールペンをくるんと回し、頷いてはまたボールペンをくるんと回しを、何度か繰り返すのでありました。
「地獄の訓練、ですか。うーん、成程。それは確かにこちらの方が本場に違いない」
 拙生は感心して見せるのでありました。
「仮に、今また戦争をおっ始めたら、こちらも互角以上には戦えるはずですがね。まあ、しかし戦争の勝ち負けだけが省力を証明するものでもないのは、重々承知していますが」
 これは記録官が云った言葉でありました。
「それに短慮に戦争をおっ始めたりすると、娑婆からいらした亡者様を再度失望させ、お叱りを頂戴することになるでしょうから、我々としても滅多なことでは、武力行使には踏み切りません。その点、どうかご安心ください。あくまで省力の比較と云うところで、軍事面を紹介させて頂いただけですから。しかし、向こうが仕がけてくれば別ですよ」
 審問官が拙生に笑いを向けるのでありました。
「いや、宜しく両省の友好的な姿勢と努力を願うだけです」
 拙生は深くお辞儀をして懇願の意を示すのでありました。
(続)
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もうじやのたわむれ 26 [もうじやのたわむれ 1 創作]

 審問官が続けるのでありました。
「第一、地獄省が極楽省に、亡者様のふり分けの事で文句を云われることは、まあ、正しい正しくないは別として、こちらとしても判らないこともないのですが、逆こちらがあちらに何かもの申す材料なんと云うのは、今のところとりたててなにもないのですよ」
 審問官はそこでまた、ボールペンをくるんと回すのでありました。「それはいちゃもんをつけようと思えば、なんとでもつける事は出来ますけど、しかし準娑婆省じゃあるまいし、如何にもこじつけみたいな事を云い募って、こちらの品格を自ら貶めるなんと云うのもつまらない。ですから我々は今後も粛々と、公明正大に亡者様の審理とふり分けを行うだけで、極楽省のいちゃもんに対しても、理性的に対応していく所存です。それに、一応建前の上では、両省は友好関係にあると云うことになっていますからね、終戦後はずうっと」
「準娑婆省が無責任な流言なんかを流して、地獄省と極楽省の関係を悪化させる、なんと云うことはないのでしょうかね、自分達の漁夫の利的な国益、いや省益のために?」
 拙生が質問するのでありました。
「まあ、地獄省と極楽省が険悪な関係になったとしても、それで準娑婆省が得をすると云う事は、今のところ取り立てて何も考えられませんかな」
 審問官はボールペンを、小さい振幅で横にふりながら云うのでありました。
「第一、準娑婆省ごときの手練手管に乗る程、地獄省は落ちぶれてはいません。極楽省も然りです。省としての格が全然違います」
 これは記録官のつけ足しでありました。
「しかし準娑婆省がなにを考えているのか、何を仕出かすのか判らない省であるのなら、一抹の不安程度は、ないとは云い切れないのではないですか?」
「そうですね。それはそうかも知れません。しかし若しそんな事を画策しているとすれば、準娑婆省は逆に壊滅的な破綻を覚悟しなければならないでしょう」
そこまで云って、記録官が唇の端を少し、悪戯っぽいような躊躇いがちなような笑いに動かすのでありました。「つまり、逆さ牡丹、いや、逆さ破綻、です」
「あれ、それはちょっと、苦しいですかな」
 拙生はやや意地悪な笑いを浮かべて、記録官を上目で見るのでありました。「そんな、無理矢理このタイミングで、ずっと前に日本酒の話しの時に出た『司牡丹』のもじりの『逆さ牡丹』を、『逆さ破綻』と懲りもせず再度おもじりになるとは、考えてもおりませんでした。実にどうも、これは恐れ入る次第ですなあ」
 拙生が云うと、記録官は林家三平みたいに額に手を添えて見せるのでありました。
「どうも済みません」
 記録官は続けるのでありました。「いやね、あの時貴方に、あのもじりを批判していただいたのでしたが、なんとなく自分としては、それでもあれは、結構良いもじりではなかったかと、未だにちょっと未練たらしく思っていたのもので、つい。・・・」
「あれ、あの時の私の言葉に、ちょっと傷つかれましたかな。それはなんとも申しわけなかったです。そんなつもりじゃなかったのですが。・・・」
(続)
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もうじやのたわむれ 27 [もうじやのたわむれ 1 創作]

「いやいや、こちらこそ今更こんなもじりなんかつい云って仕舞って、貴方に余計な気を遣わせました。もう既に云った後ですが、大いに恥入っております」
 記録官が、大袈裟にさよならをするように両掌を横に忙しなくふって、頭を何度か下げるのでありました。
「いやあ、申しわけありません、本当に。貴方を傷つける意図など全くなかったのです」
 拙生のこの言葉に記録官は一層忙しなく両手をふるのでありました。
「どんでもない、とんでもない」
「前の、批判めいた私の言葉を、ここで取り消させて頂きます。考えてみたら、あれはそこはかとなく味わいのあるもじりでありました」
「いやいや、何を仰いますやら」
 疲れたのか、記録官の手の横ふりのスピードがやや鈍るのでありました。
「堪忍して頂けますでしょうか?」
「堪忍するも何も、・・・」
 記録官の手のスピードがやや回復するのでありました。
「では、許していただけるということで。どうも有難うございます。いや、再認識させて頂きました、あのもじりの結構なところを」
 拙生は記録官に頭を下げるのでありました。「もじりよ今夜も有難う」
 今まで黙って、拙生と記録官の遣り取りを聞いていた審問官が、満を持したように、拙生に向かってツッコミの仕草をして見せるのでありました。
「今までの話しを聞いていると、つまり準娑婆省と極楽省の中間に地獄省が位置するような国際関係、いや省際関係があると云う様な理解で宜しいでしょうかね?」
 拙生は云いながらまた冷めたコーヒーを飲むのでありました。
「ま、一部入り組んだ省界や飛び地はあるにしろ、そんなようなところで良いと思います」
 審問官が一つ頷くのでありました。
「極楽省と準娑婆省の間では、直接省益がぶつかることはないのですか?」
「まあ、取り立ててないと思いますよ。地勢的に地獄省が、その両省を隔てる緩衝地帯的な位置にありますからね」
「極楽省と準娑婆省は直接の交通もないのですね?」
「そうですね。地獄省を経由しなければ直接その二つの省を繋ぐルートはありません」
「空を飛んで地獄省を越えると云う手も?」
「地獄省領内の制空権も、当然地獄省にあります。地獄省の許可を得ずして極楽省の航空機等が我が空域に侵入すれば、それは明瞭な領空侵犯と云う事態ですので、こちらの航空防衛隊が速やかにスクランブルをかけます」
「まあ、極楽省も準娑婆省にしても、その二つの省に直接の交通が必要になるような、魅力的な事由も産物も特になにもないですから、交流は無意味と思っているでしょう」
 これは記録官が横から云う言葉でありました。
「貿易とか文化交流とか、そう云うのはないのですね?」
(続)
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もうじやのたわむれ 28 [もうじやのたわむれ 1 創作]

「ありません。両省間には、向こうに在ってこちらにないとかの、相補的な交易品も文化もないものと承知しております。少なくとも、極楽省が興味を抱くようなものは準娑婆省にはなにもありませんでしょう。ま、準娑婆省はああいったお省柄ですから、我々や極楽省の連中が考えもつかない、と云うか、アホらしくて考えもしないような悪巧みを突発的に思いついて、秘かに極楽省になにやら接触を持とうと気紛れに起こす事も、ま、あるやも知れませんがね。しかしそんなのは、前にも云いましたが問題に致しません」
 記録官が片頬に薄ら憫笑を湛えて続けるのでありました。
「ええと、お省柄、は、娑婆で云えば、お国柄、でしたね?」
「正解!」
 記録官がピースサインをしながら云うのでありましたが、些か狎れてきたのか、今度のその云い様にもピースサインにも、どことなくぞんざいな風情が混入しているように、拙生には感じられるのでありました。
「余計なことを何度も話しの途中にお聞きして、申しわけありません」
 拙生は記録官に謝るのでありました。
「いえ、とんでもない」
 記録官は、今度は然程大袈裟でない、さよならをする時のような手の横ふりを拙生に送ってくるのでありました。
「まあ、こちらの世界には地獄省と極楽省と準娑婆省の三つの国、いや省があって、その位置関係も各省の性向みたいなものも、ぼんやりですが大概判ったような気がします」
 拙生はそう云って冷めたコーヒーを口に運ぶのでありました。
「その、コーヒー、入れなおしましょうか?」
 記録官が拙生の口元の、カップの傾き具合に視線をあわせながら聞くのでありました。
「ああいや、結構です。話しの途切れ目になんとなく口にしているだけですから」
 拙生は愛想笑いながら辞退するのでありました。しかし記録官はその拙生の遠慮を尻目に、身軽な動作で席を立ってサイドテーブルの方へ歩いて行くと、拙生のためにもう一杯コーヒーを入れてくれるのでありました。
「まあ今後、貴方もこちらで暫く暮らしていく内に、ぼつぼつとこちらの様子の細かなところとかがお判りになることでしょう。この先長いですから、ま、気楽に構えていてください。早くこちらに慣れないと困るなんと云うことも、多分ないはずですから」
「はい。心優しいご助言を有難うございます。しかし私もせっかくこうして、縁あってこちらにやって来たからには、すぐにでも遠の昔から住み慣れているような、本職みたいな顔をしてみたいではありませんか。だから出来るだけ早いところ、了見を入れかえまして、こちらの人間に、いや霊に、なり切りたいものだと」
「本職みたいな顔、ですか?」
 審問官が問うのでありました。
「いやまあ、娑婆で聴いた小三治師匠の落語の『天災』だったかに、そういったフレーズが出てくるのをふらっと思い出したので、ついその真似をしてそんな事を云ったまでです」
(続)
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もうじやのたわむれ 29 [もうじやのたわむれ 1 創作]

 拙生は頭を掻きながら云うのでありました。「思いつきのつまらない言葉なんかを無意味に差し挟んだりして、不要な戸惑いを与えて仕舞ったようで、どうぞご勘弁を」
「ふうん、成程ね。まあ、その、本職、と云う言葉は置くとして、貴方の心がけはまことに殊勝であると、大いに感服いたしました」
 審問官が拙生にお辞儀をして見せるのでありました。「しかし、焦らずに、お気楽に」
「第一、貴方が極楽に行くのか地獄に住むのか、未だ決まっていませんし」
 記録官が云い添えるのでありました。
「それもそうですね。ええと、ところで、また余計な質問をしても良いですか?」
「ええどうぞ、何なりとも」
 審問官が愛想の良い笑顔で拙生を見るのでありました。
「例えば我々亡者が、閻魔様のお裁き、いやお裁きではないと先に仰いましたが、ともかくそれで極楽行きか地獄行きかが決まって、まあ、そこの国民、いや、国霊、いや省霊になったとします。そうすると、省は国家みたいなものなのですから、例えば、・・・あくまで例えばですよ、また省界大戦みたいなものが起こったとしたら、我々はその戦争に動員されて、兵士として戦わなければならないわけですか?」
「ま、そうなります」
 審問官が重々しく頷くのでありました。「省霊には、省霊としての義務もあります」
「須らく省霊は愛省心から、省の危機を座して見ているわけにはいかんでしょう」
 これは記録官が横から云う言葉でありました。
「愛省心、は、愛国心、ですね、娑婆で云えば?」
「正解!」
 記録官が重々しい声で云って、重々しくピースサインを出すのでありました。
「愛省心は判るとして、そうなると戦いで死ぬと云うこともあり得るわけですね?」
「それは、戦争ですから、戦死も当然ながらあり得ます」
 審問官が少し声の調子を低くするのでありました。
「名誉の戦死、です。地獄省では勇気ある最も荘厳な死だとされています。しかし亡者の方々は一回死んでいますから、もう、死を恐れる必要はないのです」
 記録官がつけ足すのでありました。
「ああ、成程。それは確かに。いや、それはそれとして、私の伺いたい事はその死の意味とか意義とか云うところではなくて、今記録官さんが云われたように、我々は一度死んでいると云うのに、その死後の世界でも、またもや死ななくてはならないのですか?」
「そうですね。生者必滅ですから。あ、いや、生霊必滅か」
「死後の世界での再度の死、と云うのが、なんとなく上手く納得出来ないのですが?」
「先程青木君が云った『我々は宇宙人だ』の理論を思い出してください」
「娑婆とこちらの世は密接に連関して、同じ法則性で動いていると云うことですね?」
「そうです。娑婆で起こる事はこちらでも起こるのです。ですから、こちらでも当然の事として、死、と云う現象も起こるのです」
(続)
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もうじやのたわむれ 30 [もうじやのたわむれ 1 創作]

「まあ、こちらに来た早々、こちらを去る話しをするようで恐縮なのですが。・・・」
 拙生はそう云って頭を掻くのでありました。
「いやいや、そんなことはありません。こちらへいらしたばかりの亡者様が、その辺を納得出来ないのは、充分理解出来ます」
「あの世にも、あの世があるのですね?」
「そうです。この世にもあの世はあります」
「審問官さんが今云われた、この世、と云うのは、つまり向こうの世界で云うと、あの世、になるのですよね?」
「そうです。向こうで云うあの世はこの世でありまして、この世で云うあの世は、向こうの世では、あの世のあの世となりますね。なんかまわりくどくなりますが」
「娑婆にあの世があるように、この世にあの世があるように。・・・」
 記録官が、なんとなく節をつけてそう囁くのでありました。「なんか、荒木一郎の歌にそんなのがありますよね、確か」
「私が子供時分のかなり古い歌謡曲で『空に星があるように』と云う歌ですが、記録官さんは荒木一郎をご存知で?」
「ええ。今こちらで流行っていますから」
「へえ、流行っているんですか、今?」
「はい。ここ近年大いに流行っていますよ。向こうから最近いらした、娑婆で音楽プロデューサーをされていた方だとか、演劇関係の方、それにマジック関連の仕事をされていた方だとかがこちらに紹介されて、何故か瞬く間にドオッと流行り出しましてね。荒木一郎さんが、未だ当分先の事になるでしょうが、早くこちらでデビューされないかと今から大変な評判でして。矢張り良い歌手は、何処の世界にあっても良い歌手ですね」
「ふうん、成程」
 拙生は頷くのでありました。「なんか米朝師匠の落語で『地獄八景亡者戯』と云う噺の中で、こちらの寄席の出演看板の中に桂米朝とあって、未だ死んでいないのに何故と聞いたら、横に近日来演と書いてあった、という件を、今またふらっと思い出して仕舞いました。いや、これまた余計で、無意味な事を喋り出して、申しわけないですが」
「ああ、いやその看板の所在は、事実なのです」
 記録官が真顔で云うのでありました。
「え、と云うと?」
「いや本当に六道辻亭と云う寄席に、随分前からずうっとそう云う看板が出ていますよ」
「なんと、本当の事、だったのですか!」
 拙生はちょっと息を飲むのでありました。「あれが実は本当だったとなると、なんか今後あの件で、単純にあっけらかんと笑えなくなるような心持ちがしてきますねえ。ま、今後と云っても、今後、米朝師匠の噺を私がこちらで聴こうと思ったら、本当に、近日来演、を待つと云うことになるわけですが」
「赤井さん、あれ、未だ六道辻亭にかかっていますよねえ?」
(続)
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