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あなたのとりこ 23 [あなたのとりこ 1 創作]

「紙をどうするんだい?」
「棚の見取り図を描いて、倉庫の邪魔にならない所に貼っておきたいと思いまして」
「ああ成程ね」
 片久那制作部長は頑治さんの意図を了解して横のマップケースの一番下から、大判の雑誌を見開きにしたくらいの大きさの厚紙を一枚取り出すのでありました。手渡された厚紙は何かの書籍の、表紙の校正刷りと思われるものでありました。その厚紙の、印刷されていない裏面を見取り図描きに使えと云う事でありましょう。
「それで良いかい?」
「はい。有難うございます」
 ペラペラの薄い紙よりは厚紙の方が用途からして好都合と云うものであります。
「ところで作業服は未だ貰ってないの?」
 席へ戻っていた山尾さんが訊くのでありました。
「はい未だ貰っていません」
 頑治さんがそう応えると、ほんの暫くして土師尾営業部長が制作部スペースの方に顔を出すのでありました。営業部と制作部はマップケースの仕切り壁を隔てただけなのでありますから、こちらの会話は向こうにも筒抜けでありましょう。
「はいこれ、使ってくれ」
 土師尾営業部長は頑治さんに、綺麗に折り畳まれてビニール袋に入った薄い黄土色した新品の作業服を手渡すのでありました。「すぐに渡す心算で用意していたんだよ」
 山尾主任の、作業服は貰ったかと云う頑治さんへの問い言葉を聞きつけて、急いで持ってきたのだと思われるのでありました。と云う事は、すぐに渡す心算、とは云っているものの今の今まで渡すのをすっかり忘れていたのでありましょう。
「ああ、有難うございます」
 頑治さんは受け取りながら土師尾営業部長にお辞儀するのでありました。これで下の倉庫に行っても一張羅のスーツを汚さなくて済むと云うものであります。
 さてところで、制作部の空気が土師尾営業部長が出現した途端にやや白んだような気がするのでありました。何やら部外者が突然闖入してきた時のような、微妙な余所々々しさが生まれたような具合であります。片久那制作部長以下制作部の連中はこの制作部スペースに制作部以外の者が侵入して来るのを内心迷惑に思っているのでありましょうか。
 そうなら頑治さんの侵入時にも、気付かなかったのでありましたが同じような気配が漂ったのでありましょうか。しかし頑治さんは山尾さんに連れて来られたので闖入したのではない訳であります。依って空気は揺らがなかったとも思えるのであります。
 しかし土師尾営業部長の出現には、明らかにげんなり感が生成したのであります。こう云った辺りの感受性に於いて頑治さんは昔から全く呑気ではないのでありました。
 ひょっとしたら制作部と営業部は不仲であるのかも知れません。或いは片久那制作部長と土師尾営業部の間が上手くいっていなくて、その気色が揺々しているとも考えられるのであります。まあ今のところあくまで頑治さんの直感以上ではないのでありますが。
(続)
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あなたのとりこ 24 [あなたのとりこ 1 創作]

 とまれ頑治さんは貰った作業服と厚紙を手に今度は一人で下の倉庫に戻るのでありました。見取り図を描き終えた後は商品や材料をもう一度念入りに確認したり、刃葉さんの梱包仕事を手伝ったりするようにと土師尾営業部長から指示もされるのでありました。

 土師尾営業部長から頑治さん専用の倉庫の鍵を受け取って下に行くと、またもや刃葉さんの姿が見当たらないのでありました。扉は半開きで鍵も締めていないのは先程と同じであります。今度もまた喫茶店に行ったのでありましょうか。
 頑治さんは土師尾営業部長から使って構わないと許しを得た、作業台後ろの片隅にあるスチール製の三連ロッカーの一番右側の扉を開くのでありました。そこには大き目のデイパックが無理矢理と云った感じで押し込められていて、恐らく刃葉さんの物と思われる焦げ茶色のジャンパーが針金のハンガーに吊り下げられているのでありました。ここは刃葉さんが自分のロッカーとして使用しているのでありましょう。
 真ん中には新品の結束バンドやらバンド締めの工具やら凧糸の束やら金槌やらスパナやら、何に使うのか白樫の木刀やらボクシングのグローブやらが乱雑に入れてあって、これも頑治さんの使用を拒んでいるのでありました。左のロッカーには下に古新聞の束が積んであるものの、大方の空間は空いているのでありました。
 ロッカー内は何となく薄汚れた感じで、一張羅の背広の上着をそこに入れて置くのは思わず及び腰になるのでありましたが、しかしここしか使えるスペースはなさそうなので、頑治さんは上着を脱いで中に一本吊ってあった針金ハンガーに掛けるのでありました。それから作業服をビニール袋から取り出して袖を通すのでありました。
 ビニール袋を棄てようとゴミ入れを探すのでありましたが見当たらないのでありました。作業台の上と云わずその近辺の床と云わず、結束バンドの切れ端やら丸めた古新聞やら使い損ねたバンド締めの金具やら、ボロ布やら菓子パンの包装紙やらストローを差した儘のコーヒーの紙カップやらが散乱していて、云ってみればこの倉庫全体がゴミ入れのようでありますから、敢えてゴミ箱なんぞは必要ないとも云えるでありましょうか。
 棚の見取り図描きに取り掛かる前に、幾ら無精な頑治さんでもここは先ず掃除から始めなければと云う気が起るのでありました。こんな不潔で雑然とした中では仕事する意欲も湧かないし捗りもしないと云うものであります。
 ロッカー横に無造作に投げ出されたようにあった箒と塵取りで床を掃いていると、刃葉さんが紙袋を抱えて戻って来るのでありました。刃葉さんは掃除をしている頑治さんを見てやや不愉快そうな顔をするのでありました。ひょっとしたら頑治さんの掃除する姿が、自分の怠惰、或いは整理整頓能力の欠如に対する当て付けと映ったのかも知れません。
「どうせまた散らかるんだから掃除なんて無駄だぜ」
 刃葉さんは作業台の隅に、抱えていた紙袋を置きながら云うのでありました。
「はあ、まあ、しかし」
 頑治さんは掃除を続けるのでありました。まるで仕事上の必然として散らかるような云い草でありますが、十の内の八は刃葉さんの不心得が散らかしているのであります。
(続)
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あなたのとりこ 25 [あなたのとりこ 1 創作]

 頑治さんが掃除している間、刃葉さんは外出のため途中で止めていた梱包仕事を、精を出す、と云うよりは如何にも精を出し惜しみするような風情で続けるのでありました。持って帰って来た紙包みから紙のガムテープを取り出すところを見ると、仕事を途中で放り出して喫茶店でコーヒーを飲むために外出していたのではなく、梱包途中で切れて仕舞ったガムテープを買いに外出していたのでありましょう。
 粗方の掃除を終えた頑治さんは箒と塵取りをロッカー横に戻して、懸案の見取り図を描こうとするのでありました。作業台は刃葉さんの梱包仕事に占領されているから使えそうにないので、台の引き出しから刃葉さんに断った上で太字用の黒と赤のマジックペン、それに黒と赤のボールペンを取って倉庫奥に行くのでありました。奥の棚の空いているスペースで刃葉さんとは離れて自分の仕事に取り掛かろうと云う寸法であります。
 頑治さんは先ずうろちょろと歩いて棚の位置や段数を確認して、それを平面図として厚紙に丁寧に描き入れて順番に番号を振るのでありました。それから棚の列ごとに「上・下」と赤色で描き加えるのでありました。三段になっている棚は「上・中・下」であります。これで棚の識別は完了であります。材料関係と製品関係の別は整理されずに棚の中に混然となっているようなので、敢えて描き加えないのでありました。
 今度はその棚の識別を、山尾主任に貰っていた製品と材料の一覧表にボールペンで書き記すのでありました。これもうろちょろして在り処を確認しながらでありました。今まで見た事もない部材もあって、山尾主任に案内された時にうろ覚えで、記してある材料かどうか判然としない品もあるのでありましたが、これは後で山尾主任に確認であります。
 大方の作業を終えて作業台の方に戻ると、刃葉さんが荷造りを終えて運送会社に渡す発送伝票を書いているのでありました。ちらと手元を覗き込むと刃葉さんは意外に綺麗な字を書いているのでありましたし、字の並びもギクシャクしてはいないのでありました。こんな律義らしい字をものす同じ人が、倉庫の整理整頓に関しては全く無精で何の意も用いないと云うのは、一体全体どういう了見に依るのでありましょうや。まあ、それとこれとは無関係だと云われれば、そう云うものかと納得するしかないのでありますが。
「これを作業台の前に暫く貼って置いて良いですか?」
 頑治さんは台に接した前の棚の梁を指差すのでありました。刃葉さんは顔を上げて頑治さんが左手に持つ厚紙を見るのでありました。
「何だいそりゃあ?」
「倉庫の棚の見取り図です」
 刃葉さんはそう聞いても関心無さそうに、ふうん、と口を尖らせるのでありました。
「別に俺は構わないからご自由に」
 何となく冷ややかな云い草でありました。倉庫を一から十まで取り仕切っている自分にはそんなものは無用だと云う事でありましょうか。
「ちゃんと頭に入ったら外します」
「ああそう」
 あくまでもそんな事には全く興味が無いと云った様子であります。
(続)
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あなたのとりこ 26 [あなたのとりこ 1 創作]

「何か手伝いましょうか?」
 見取り図を作業台の正面に貼り終えた頑治さんが刃葉さんに訊くのでありました。
「そうねえ、じゃあ、上に行って新しい発送指示書があったら持ってきてくれるか」
「はい判りました」
 頑治さんは倉庫を離れるのでありました。外に出て、棚を上ったり奥をほじくったりしたために新品の作業服に付着した埃を忌々しそうに掌で掃うのでありました。

 上の事務所に行くと経理の甲斐計子女史が一人机で帳簿付けをしているだけで、営業部のスペースに土師尾営業部長の姿も日比課長の姿も無いのでありました。
「新しい発送指示書がありますか?」
 頑治さんが机の帳簿立て越しに頭半分見える甲斐計子女史に訊ねるのでありました。特に新しく書き起こされた指示書は無いとの女史の無関心そうな応えでありました。
「ああそうですか」
 頑治さんは手ぶらで事務所を出るのでありました。またすぐに下の倉庫に逆戻りであります。これから先自分の主たる仕事場はあの倉庫に違い無いのでありましょうが、外光から殆ど遮断され、掃除も整頓も行き届いていない埃の舞うあの場所でこの先長く働くのかと思うと、何とは無しに気が滅入ってくるのでありました。
 倉庫の前には梱包された段ボールが八箱ばかり、扉の前に積んであるのでありました。刃葉さんは一仕事終えて、如何にも年季の入ったスチール椅子に腰掛けて、作業台の上に両足を載せて煙草を吹かしているのでありました。
 当面刃葉さんを手伝う仕事も無さそうなので、頑治さんは先程色々書き足した製品と材料の一覧表を持って倉庫の奥に行こうとするのでありました。もう一度所在確認旁、棚の中を少しばかり整理しようと云う目論見でありました。
「初日からあんまり意気込むと疲れるよ」
 頑治さんの作業服の背中を刃葉さんの声が掴むのでありました。「ここに居る時は気楽にしていて構わないよ。誰かの目がある訳じゃなし」
「はあ。しかし、まあ、・・・」
 頑治さんは曖昧に応えて倉庫の奥に行くのでありました。今朝からのごく短い接触ではあるにしろ、刃葉さんと云う人はあんまり心服出来る先輩とは云い難いような気がするものだから、頑治さんはその指示に一々謹慎に従う気が起らないのでありました。
 頑治さんが暫く奥でゴソゴソやっていると羽葉さんが傍に遣って来るのでありました。刃葉さんは頑治さんの存在には全く気を留めていないような風情で、頑治さんが中を整頓している二つ横辺りの棚に進むのでありました。
 その棚の柱には古座布団が一枚ビニール紐を幾重にも巻いて頑丈に固定してあるのでありました。それを見付けた時、何のために座布団がここに括りつけられているのか頑治さんは判らなかったのでありました。棚の柱を守るためのクッション代わりかとも思うのでありましたが、それにしては他の棚には何も施されてはいないのであります。
(続)
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あなたのとりこ 27 [あなたのとりこ 1 創作]

 見ていると羽葉さんはその古座布団の前に立ち、膝を屈して腰を落とし、その落した腰の横に曲げた両腕を構えるのでありました。一体何が始まるやらと思っていると、羽葉さんはその姿勢から左右の拳を交互に古座布団に向かって打ち出すのでありました。始めはゆっくり次第に早く、固く握り締められた拳が古座布団に食い込むのであります。
 打ち出す時に刃葉さんは口から息を短く強く吐き出すのでありますが、これはどうやら空手の突きの練習のようであります。棚に括り付けた古座布団が巻き藁の代わりでありましょうか。出し抜けに現出したこの異様な光景に頑治さんは面食らうのでありました。
 二つ程離れた頑治さんの乗っている棚までもが刃葉さんの古座布団を打つ動きに合わせて振動するのでありました。それに棚の上に載っている段ボールやらクラフト紙包みが小さな足取りのタップダンスを踊り出すのでありあました。これは堪らんと思った頑治さんは棚の上から刃葉さんにやや荒げた声を掛けるのでありました。
「何をしているのですか!」
 その声に刃葉さんは顔だけ動かして頑治さんの方を見るのでありました。全くの無表情で目は半眼に開かれているのでありました。
 この倉庫の支配者は自分であると云う点を示威、或いは念押しするため、刃葉さんはこんな脅迫的な行為に出たのかとも頑治さんは思うのでありました。一種の故意の鞘当てであります。多少血の気の多いところもある頑治さんは、売られた喧嘩なら買っても良いと一瞬思うのでありました。こうなったら先輩もクソも無いのであります。
 しかし刃葉さんの無表情を見ていると、別に何か意趣が有ってこういう真似をしているように見えないところもあるのであります。何と云うのか、無邪気な無表情とでも云うのか。頑治さんは刃葉さんの底意が窺えず、少々及び腰になるのでありました。
「ああ、仕事の邪魔かな」
 刃葉さんが打撃練習を止めていとも穏やかに訊くのでありました。頑治さんの熱り立ちが見事な肩透かしを食ったような、そんな按配であります。
「仕事の邪魔ですし、そんな事をするために棚が組まれているのではないし、棚の中に在る物が痛むかもし知れませんし、第一、自分に対して穏やかじゃありませんし」
 頑治さんの声は激高の気分が未だ完全に消え切らないような調子でありました。
「ご免な。別に他意はないよ。これは何時もの習慣なんだ」
 刃葉さんは笑い混じりに云うのでありましたが、その笑いは別に挑戦的な或いは揶揄するような魂胆からではなくて、寧ろ取り成すような色彩のものでありました
「何時もの習慣?」
「そう。梱包の合間に時間があったらこんなことをしているんだよ」
「空手ですか?」
「うんそう、空手」
「幾ら時間が有っても仕事中に空手の練習をする事自体、不謹慎じゃありませんか」
「まあ、そう云われるとその通りだけど、・・・」
 刃葉さんの眼球が少し動揺するのでありました。
(続)
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あなたのとりこ 28 [あなたのとりこ 1 創作]

 しかしその狼狽の色もすぐに顔から消えて刃葉さんは頑治さんに笑顔を向けるのでありました。どういう心算の笑顔なのか頑治さんは判然としないのでありました。嘗めていると思えば思えなくもないし、一種の羞笑と取れば取れなくはないのであります。
「でもまあ、そんな固い事云うなよ」
 ちっとも応えないと云うのか、あっけらかんとしたものであります。頑治さんはげんなりして仕舞うのでありました。まあ、幾らこちらの言に分が有るとは云え、出社初日から先輩社員と云い争いするのもいただけないと云えばいただけない話しでありますか。
 それにしても土師尾営業部長とか山尾さん辺りは、倉庫で刃葉さんがこんな事をしているのを知らないのでありましょうか。それとも知っていながら注意しないのでありましょうか。注意しても刃葉さんがちっとも云う事を聞かないのでありましょうか。まあ確かにこの刃葉さんと云う人は話して通じるタイプの人ではないような感じではありますが。
 出入口の方から集荷に来た運送屋が声を掛けるのでありました。羽葉さんはすぐにそちらに向かうのでありました。一応手伝うために頑治さんも刃葉さんの後を追うのでありました。そうこうしている内に午前中の仕事時間が終わるのでありました。

 頑治さんは神保町交差点近くの立ち食い蕎麦で腹を満たして、その後その立ち食い蕎麦屋近くのビルの地下にあるネルドリップのコーヒーを出す薄暗い喫茶店で時間を潰しながら、午後一時までの昼休みを過ごすのでありました。刃葉さんと云う人は慎に付き合いにくい、と云うのか出来れば付き合いたくないタイプの人であると、小振りのカップに満たされたコーヒーの湯気に鼻先を包まれながら考えるのでありました。
 別に悪気に満ちた人ではないのでありましょう。しかし仕事に対する遣る気の無さとそれに起因する在庫物への無神経や無配慮、マイペースを崩そうと端から全く思ってもいない唯我独尊、そんな自分の在り様を隠そうともしない高慢、自分の仕事環境への無関心、よくもまあそれで今まであの会社で勤まってきたものであります。
 刃葉さんはあと二か月で会社を辞めるそうでありますが、この先長く付き合わなくて済むのが辛うじての幸いと云うものでありますか。しかし向う二か月間は仕事を教えて貰ったり、それに恙無い仕事の引継ぎやらで一緒にいる時間は他の社員の誰よりも長いでありましょう。頑治さんの溜息が鼻先のコーヒーの湯気を揺らすのでありました。
 事務所に戻ると丁度、刃葉さんがその日急に入った梱包仕事のため午後に回した池袋の宇留斉製本所への定期便仕事に向かうために下の駐車場へ行くところでありました。
「宇留斉製本所に行くけど、付いて来るのかい?」
 刃葉さんが頑治さんに声を掛けるのでありました。そう云われて頑治さんが戸惑っているとすぐに奥の制作部から山尾さんが顔を出すのでありました。
「いや、来週の月曜日に紹介も兼ねて俺が連れて行くか、或いは均目君に連れて行って貰う事にしているから、唐目君は今日は一緒に行かないよ」
 山尾さんの言に刃葉さんはふうんと唸って口をやや窄めて見せるのでありました。手伝いの足しとして付いて来て貰いたいような面持ちでありましたか。
(続)
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あなたのとりこ 29 [あなたのとりこ 1 創作]

 午後の仕事は刃葉さんが池袋の宇留斉製本所から帰って来る迄倉庫の留守番、と云う事になるのでありました。その間頑治さんは午前中に始めた倉庫整理やどの商品と材料がどの棚に有るかの再確認、それに発送指示書が出ていたのでそれに従って山尾さんから助言を貰いながら商品を梱包して発送伝票を書き、運送会社に集荷依頼の電話をするとか云ったものでありました。発送仕事はアルバイトでやった経験があるから梱包作業も伝票書きも然したる問題は無いのでありました。山尾さんには、刃葉さんより遥かに要領も手際も良いじゃないかと褒められるのでありましたが、別段嬉しくはないのでありました。
 依って専ら、倉庫内の整理整頓が主な仕事になるのでありました。商品とその関連材料が随分と遠く離れた棚に脈絡無く仕舞われていたり、同じ商品が別々の二か所の棚に存在したり、刃葉さんが整理するのが億劫でそうなったのか、様々な商品の異なった材料の一部が一つの棚に一緒くたに押し込まれていたりするのでありましたが、当然効率の面から一定の規則性を持たせて整理した方が良いと頑治さんは考えるのでありました。
 しかしそうなるとこれはもう、整理と云うよりはすっかりの模様替えに近いでありましょう。とても一日や二日で完了する仕事ではなさそうであります。
 それに山尾さんや刃葉さんに何の断りもなく、頑治さんの独断でうっかり在庫物の在り処を変える訳にはいかないでありましょう。他の仕事との兼ね合いも鑑みて、これは追々と云う事になりそうでありますか。また、未だ数多ある商品や材料類の把握が出来ていない頑治さんには、おいそれと手出しするには憚りの有る仕事のようであります。
 頑治さんは明らかな誤謬、或いは刃葉さんのものぐさか無精からあちらこちらに散らばって仕舞ってある商品や材料を、一つ処に纏めると云う辺りから始めるのでありました。何をどう動かしたかは商品材料在庫一覧表に一々書き込んでおくのでありました。後で不都合があった場合すぐに元に戻す事が出来るように、と云う用心であります。
 そんな事をやっていると、午後三時を回った頃に外の駐車場から二段式の車の昇降機が動く音が聞こえてくるのでありました。恐らく刃葉さんが帰って来たのだろうと思って、宇留斉製本所から引きとって来たであろう商品を車から降ろす作業を手伝うため、頑治さんは倉庫奥の棚から降りて出入り口の方に行くのでありました。
 しかし昇降機を操作しているのは刃葉さんではないのでありました。頑治さんと同じくらいの背丈で体重は頑治さんよりはありそうで、縦縞ワイシャツに青いネクタイを締めてその上から黄土色の作業服を着ている、顔からは若いのかそうでないのか判断出来ないけれど立ち姿から見ると若いと云う方に一票入れたくなるような男でありました。
 着ている作業服が頑治さんと同じ物であるから、恐らく贈答社の社員でありましょう。男は倉庫出入り口に立っている頑治さんを見付けて先ず反射的に軽く頭を下げてから、しかし会社の中では見た事のない男だと考えてか、やや不審そうな目をして頑治さんを窺うのでありました。不審な目を向ける前に思わずと云った風情で一礼する辺り、この男は結構人の好い男であるのかも知れないと頑治さんは見て取るのでありました。
 バンの普通車を載せた昇降機が上まで到達してガタンと云う音をたてて止まるのでありました。下に出来たスペースを男が倉庫出入り口に近づいて来るのでありました。
(続)
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あなたのとりこ 30 [あなたのとりこ 1 創作]

「ああどうも、・・・」
 不審気な顔色はその儘ながらそれをあからさまに表すのは先ずは憚るべきと判断してか、男はほんの少し口元を綻ばせるような表情をして、不得要領に頑治さんに向かって顎を引くような仕草で会釈をして見せるのでありました。
「贈答社の方ですね」
 頑治さんは明朗に云って男よりははっきりとしたお辞儀を返すのでありました。
「ええ、そうですが」
「今日から社員になった唐目と云う者です」
 頑治さんは名乗ってからもう一度深くお辞儀するのでありました。
「ああどうも、袁満丸也です」
 男は名乗り返すのでありましたが、頑治さんが社員だと云うのが今一つ腑に落ちないような困惑を眉尻に浮かべるのでありました。
「業務の刃葉さんの後釜として入った者です」
 明快に土師尾営業部長からそう聞かされたのではないけれど、まあ、そう云う事情であるのは間違いないであろうから頑治さんはそう申し述べるのでありました。
「ああそうか、そう云う事ですか」
 袁満と云う男はようやく頑治さんの存在が飲み込めたと云う風に頷いて、今度は安心感を漂わせた笑顔を向けて来るのでありました。刃葉さんが近々会社を辞めて、代わりに新しい社員を雇う事になった経緯は概知のようでありました。
「どうぞよろしくお願いします」
 頑治さんはもう一度頭を下げるのでありました。
「ああどうも、よろしくお願いします」
 袁満さんも釣られるように低頭するのでありました。「ところで刃葉さんは?」
「池袋の宇留斉製本所に行かれました」
「午前中に行ったんじゃないの?」
「急な梱包と発送の仕事が入ったので、今日は午後一番になったのです」
「ふうん成程ね」
 袁満さんは自分で刃葉さんの在不在を訪ねていながら、実はそれには大して関心が無いと云った風情で納得するのでありました。「それじゃあ、車は上に上げていなくとも、すぐには業務仕事の邪魔にはならないよね?」
「ええ。刃葉さんのお帰りの時間が何時なのかに依りますが」
「宇留斉製本所に行ったのなら、どうせ夕方まで帰ってなんか来ないだろうし」
 袁満さんは片方の口の端を吊り上げて何となく皮肉を云うようにそう呟いてから、もう一度車の昇降機を操作するために身を屈めて駐車スペースを出るのでありました。
 一端上に上がった車が昇降機の大きな作動音を響かせながらまた下に降りて来て、接地した時に少しく揺れてから止まるのでありました。袁満さんは車の横の狭いスペースを擦り抜けるようにしてまた倉庫扉の方に戻って来るのでありました。
(続)
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あなたのとりこ 31 [あなたのとりこ 2 創作]

 袁満さんは車の後部ハッチを開けて積まれている段ボールの荷を下ろし始めるのでありました。何処からか荷物を引き取って来たのでありましょうか。取り敢えず頑治さんは荷下ろしを手伝うために車の中の段ボールに手を出すのでありました。
「ああどうも」
 袁満さんは頑治さんにまた顎を引くような仕草をしながら礼を云うのでありました。この袁満さんと云う人は何に付けても「ああどうも」と先ず云うのが口癖のようであります。当人としては無難な接頭文句みたいな心算なのでありましょうが、頑治さんはその如何にも一本調子の繰り返しに何処となく煩さを感じるのでありました。
「製本所か何処かから引きとって来た荷物ですか、これは?」
 頑治さんが倉庫内に四つ程下ろされた段ボールに目を遣りながら訊くのでありました。その段ボールの角は少し拉げていたり蓋の部分がヨレヨレになっていて、とても新品とは云い難い代物であったからやや不審に思ってそう訊いたのでありました。
「いや、出張に持って行った分の余りだよ」
「出張、ですか」
「そう。最初山梨から信州、それから岐阜を回って愛知に出て、その後は静岡の浜名湖とか伊豆とか神奈川の箱根とか湯河原とかを回って来たんだよ」
「中部地方をぐるっと、と云った感じですね」
 頑治さんは日本地図を頭の中に思い浮かべるのでありました。
「そう、十日間でね」
 その旅程を仕事をしながら十日間で巡るのが強行軍なのか然程でもないのか判らなかったから、頑治さんはここで驚いて見せるべきかどうか少し迷うのでありました。
「なかなか長い出張ですね」
「そうね。長いと云えば長いね」
 袁満さんは淡泊な顔で頷くのでありました。「でも出張は何時もそんなもんだよ」
「ああそうですか」
 出張仕事の内容が知れないから頑治さんは曖昧な頷きをするのでありました。「お聞きしたところでは、出張先は観光地が多いみたいですね」
「多いと云うか、観光地ばかりだよ。観光地の土産物屋とかホテルとか国民宿舎とかを回るんだよ。そこで扱って貰っているウチの商品の補充をしたり、売れた分の集金をしたりとかね。まあ云ってみれば、富山の薬売りみたいな仕事かな」
「へえ、富山の薬売り、ですか」
「みたいな感じ、だよ。ウチの会社は薬は扱っていないから」
「ああそうですか」
 薬は商っていないと云う事は頑治さんも既に知っているのでありましたし、袁満さんが出張の様を紹介するのに富山の薬売りを例として出したと云うのは端からちゃんと判っていたのでありました。袁満さんは頑治さんが、ひょっとしたら薬も商っていると自分の言葉をうっかり勘違いするといけないと苦労性に危惧したのでありましょうか。
(続)
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あなたのとりこ 32 [あなたのとりこ 2 創作]

 物堅いと云うのか諄いと云うのか。しかしこれも、一種の煩さではありますか。まあそれは兎も角として、袁満さんと云う人は屹度几帳面な性格の人なのでありましょう。
 袁満さんは段ボールを下ろし終わると、売れ残って持ち帰ったのであろう中身の数を確認してから倉庫内の元々在った棚へそれを仕舞うために運ぶのでありました。
「あれ、商品の置き場所を変えたの?」
 奥から袁満さんの声が聞こえるのでありました。明らかに頑治さんに訊いているのでありましょうから、頑治さんは声の方へ向かうのでありました。
「いや、そこの棚に在った物は他に動かしてはいません。単に整頓していたのです」
「ふうん。いやね、何時もと違って妙に綺麗に荷物が積み上げられているから、置き場所を移動したのかと思ってさ」
 袁満さんはそう云いながら棚の段ボールの中身を点検するのでありました。点検の結果、ただ単に棚の見てくれが綺麗に整理整頓されただけである事を知って、安心したようにそこに自分が持ち帰った段ボールを、折角綺麗になった棚を乱さないように気を付けながら仕舞うのでありました。この人はぞんざいな性格ではなのは確かなようであります。
「棚が綺麗に片づいていると気持ちが良いね」
 袁満さんは荷を棚に納め終えてから手伝った頑治さんに笑いかけるのでありました。ちなみに云っておけば、手伝うために手を出した頑治さんに「ああどうも」と決まり文句の礼辞を弄するのは件の如し、でありました、
「片付いていた方が出し入れも効率的かと思いまして」
「確かにね。でも、ええと、・・・」
 袁満さんはそこで言葉を切って頑治さんの顔を覗き込むのでありました。「さっき聞いたんだけど、何て云う名前だったっけ?」
「唐目です」
「ああそうそう、唐目君か。その唐目君がそう云う心算でも、多分整頓する傍から刃葉さんが無神経に無茶苦茶にすると思うよ」
「そうですかね」
「そうに決まっているよ。あの人は整理整頓とか云う行為に全く無関心な人だから」
「ああそうですか」
 確かにそうかも知れないと頑治さんは思うのでありました。そしてそれは、池袋の宇留斉製本所から帰って来た刃葉さんが矢張り見事に実証してくれるのでありました。

 袁満さんが上の事務所に引き上げてから暫くすると刃葉さんが帰って来るのでありました。袁満さんは上に行く時に自分の車を駐車場の昇降機の上段に上げていたのでありましたが、その空いた下のスペースに刃葉さんの些か横着に運転する車が、如何にもせっかちそうに入り込んで来て急ブレーキ音を響かせて止まるのでありました。
 そう云うがさつな駐車の仕方は、屹度刃葉さんの仕業に違いなかろうと頑治さんは直感するのでありましたが、ま、見事に御明算なのでありました。
(続)
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あなたのとりこ 33 [あなたのとりこ 2 創作]

 刃葉さんが池袋の宇留斉製本所から引き取って来たであろう荷物下ろしを手伝うために、頑治さんは倉庫出入り口に向かうのでありました。車は駐車スペースにバックで入って来て、やや斜めに停めてあるのでありました。矢張りがさつな駐車の仕方であります。後ろを倉庫扉にぶつけなかっただけ良かったと云えば良かったと云うものであります。
 刃葉さんは降りて来て車の後部ハッチを開くのでありました。その途端満載された段ボール函の上に載せていたのであろう紙の束が車外に零れ落ちるのでありました。刃葉さんは自分の不始末なのに、如何にも迷惑そうに舌打ちなんぞをするのでありました。
 見ると表面をビニール加圧貼り加工してある大判の地図のような物でありました。成程表面加工してあるために重ねた同士が動き易いから、乱暴な車の停車に耐え兼ねて、慣性の法則に依って後部ハッチ際まで滑って来ていたのでありましょう。
 刃葉さんは面倒臭そうに先ずその落ちた紙の束を拾うのでありました。頑治さんもそれを先ず手伝うのでありました。それから段ボール函の搬入であります。
 見ていると羽葉さんは下ろした段ボール函を手当たり次第全く無作為に、倉庫出入り口近くの空いているスペースのある棚に放り込んでいるのでありました。
「この、引き取って来た商品は何ですか?」
 何となく不安に駆られた頑治さんが作業中の刃葉さんに訊ねるのでありました。
「観光絵地図の北海道と東北だよ」
 先程整理整頓していた中に恐らくそれと思しき品があったのを頑治さんは覚えていて、それは確か倉庫最奥の棚に仕舞われていた筈でありました。取り敢えず出入り口近くの棚に下ろしてから後で本来の在庫位置へ移動する心算なのかも知れませんが、刃葉さんの事でありますからひょっとしたらこの儘ここへ置き放しにする了見なのかも知れません。
 案じた通り刃葉さんは荷を下ろし終えると作業台の方行って仕舞うのでありました。
「観光絵地図の北海道と東北なら、仕舞う所は奥の棚じゃないんですか?」
「ああそうだけど」
 刃葉さんは煩わしそうに応えるのでありました。「後でちゃんと移動させるよ」
 云い草からしてそれは信用ならないと踏んだ頑治さんは秘かに溜息をつくのでありました。ずぼらな刃葉さんは、成程こうやって倉庫の中を収拾不可能な未整理状態にして仕舞うのでありましょう。これでは頑治さんが幾ら律義に庫内の整理整頓に努めたとしても、それは全く無意味な仕業であり、徒労に帰すしかないと云うものでありますか。
 刃葉さんが当てにならない以上頑治さんが働くしかないのであります。頑治さんは段ボール函の横に記してある北海道、東北の別を確認しながらその商品を本来の位置へと移動させるのでありました。ちょっと当て付けがましい行為かと一応刃葉さんの心証を気遣うのでありましたが、まあ、丁度倉庫の整理をしている最中で、その一環であります。
 見兼ねたのか刃葉さんが近寄って来るのでありました。
「唐目君は几帳面なタイプのようだね」
 刃葉さんは苦笑してから頑治さんを手伝い始めるのでありました。自分が几帳面と云うのではなく貴方ががさつ過ぎるのです、と頑治さんは口の中で呟くのでありました。
(続)
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あなたのとりこ 34 [あなたのとりこ 2 創作]

 刃葉さんが持ち帰った荷を収め了えた後、頑治さんはその前から取り掛かっていた棚の整理整頓作業を続けるのでありました。その間刃葉さんは何の用事があるのか倉庫を出たり入ったりしているのでありましたが、これは午後五時の終業時間まで無意味に時間を潰している営為としか頑治さんには見えないのでありました。
「今日はこれで上がろう。初日からそんなに張り切っていると後が持たないぜ」
 これは傍に遣って来て、棚の上で在庫一覧表を片手に荷を移動させている頑治さんに掛けた刃葉さんの笑いながらの言葉でありました。頑治さんはその言葉に、この会社に於ける仕事要領の伊呂波も未だ知らないくせして、出社初日から嫌に甲斐々々しく働いている頑治さんへの当て擦りが下塗りしてあると感じ取るのでありました。
 瞬間、頑治さんは眉宇を寄せるのでありました。半人前が聞いた風な科白をぬかすなとすぐに言葉を返したい衝動に駆られるのでありましたが、そこはグッと堪えるのでありました。初日早々、先輩社員と喧嘩をするのもいただけない話しであります。

 上の事務所に戻ると帰社していた土師尾営業部長が刃葉さんを待ち受けているのでありました。土師尾営業部長は刃葉さんを手招きするのでありました。
「商品カタログを二百部、至急福岡の姪浜企画に送ってくれないか」
 土師尾営業部長は発送指示書を刃葉さんの方に差し出すのでありました。
「もう、仕事時間外じゃないですか」
 刃葉さんは自分の腕時計を見ながら露骨に舌打ちをするのでありました。
「それはそうだけど、頼むよ」
「俺はこれから予定があるんですよ」
 刃葉さんは鮸膠も無いのでありました。この部下の応対に上司たる土師尾営業部長が先程の頑治さんのようにムッとした顔をするのでありました。
「今日中に送らないと明後日までに九州には届かないだろう」
「もっと早く指示して貰わないとダメですよ」
「今電話があったんだよ。大至急って」
「兎に角俺は今日はダメです。もう、すぐに帰りますよ。そんなに急ぐんだったら部長が自分で送れば良いじゃないですか」
 羽葉さんの高飛車でつれない対応に土師尾営業部長が思わず目を吊り上げるのでありましたが、何やら険悪な雰囲気であります。傍の甲斐計子女史はこの云い争いに関わらないために、机の上に開いた帳簿に目を落として無関心を決め込んでいるのでありました。背を向けて座っている日比課長も、日比課長の対面に座っている出張帰りの袁満さんも、素知らぬ風に自分の机の上に目を落して無関係を装っているのでありました。
「あのう、自分が送りましょうか?」
 見兼ねた頑治さんが声を掛けるのでありました。睨み合っていた土師尾営業部長と刃葉さんが同時に頑治さんの方に顔を向けるのでありました。二人の怒気を露わにしていた表情が、仲良く一緒に緩むのでありました。
(続)
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あなたのとりこ 35 [あなたのとりこ 2 創作]

「そうか、それなら唐目君に頼もうか」
 土師尾営業部長は語気に大いに丸みを添えるのでありました。
「では、発送指示書をください」
 差し出しされた頑治さんの掌に、土師尾営業部長は発送指示書を近づけながら険のある横目で刃葉さんを睨むのでありましたが、刃葉さんの方は何処吹く風といった風に全くの無表情で帰り支度に取り掛かるのでありました。
「近くに運送会社の集荷を取り扱っている所がありますか?」
 今から運送会社に電話して集荷のトラックが来るのを待っているのも面倒なので、頑治さんは梱包を終えたら荷を自分で持ち込もうと思ってそう訊ねるのでありましたが、土師尾営業部長は戸惑ったように首を傾げるのでありました。どうやら営業部長ともなるとそう云った業務の細々した具体的な辺りはとんと疎いようであります。
「郵便局の裏に配送所があるよ。そこで集荷もやってくれる」
 背後から袁満さんの声が掛かるのでありました。
「ええと、郵便局と云うのは何処にあるのでしょうか?」
 頑治さんは袁満さんの方に顔を向けるのでありました。
「この辺の地理はあんまり知らないかな、唐目君は」
「ええ、書店と食い物屋やなんかは知っているんですが、郵便局の在り処なんかは」
「それなら荷造りが終わったら知らせてくれれば、案内がてら後で俺が一緒に行くよ。俺は未だもう少し残っているからさあ」
「ああそうですか。それは有難うございます」
 頑治さんは発送指示書を手にまた下の倉庫に逆戻りするのでありました。
 丁度頑治さんが荷造りを終えた頃合いで、袁満さんが倉庫に現れるのでありました。
「おや、手早いね」
 袁満さんは梱包された小振りの段ボール函を見ながら云うのでありました。「梱包なんかは前にやった経験があるの?」
「ええ。以前にアルバイトでやった事はあります」
「バンドもちゃんと定式通り掛けてあるし」
 袁満さんは荷物に回してあるビニールバンドの締め具合を確かめるように、人差し指を差し入れてバンドを少し持ち上げてから弾いてみるのでありました。「刃葉さんがやると横のバンドを先に締めた後から縦のバンドを締めたり、どう云う了見なのか縦横互い違いに回してあったりで全く好い加減だもの。それじゃ横バンドを締める意味が無い」
「ああ、そうですか」
 袁満さんの刃葉さんに対する愚痴っぽい云い方に、頑治さんはおいそれと同調するのも一種軽率かと考えて遠慮気味にこう無抑揚に返すしかないのでありました、
「まあ良いや。それじゃあ早速車に積もうか」
 袁満さんはそう云って荷の上面を中指で二度程軽打してから、自らその荷を持って駐車場の車に積み込むのでありました。
(続)
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