So-net無料ブログ作成
検索選択

お前の番だ! 414 [お前の番だ! 14 創作]

 鳥枝範士はあくまでもつれないのでありました。「ひょっとして花司馬は、そう云う流言が出る事に対して、お門違いの責任とかを感じているのではないか?」
 そう云われて花司馬教士は俯くのでありました。
「成り行きから、全く責任なしと云うわけにはいかないような気がしております」
「無意味な思い過ごしだ。お前の思いとは関わりなく、威治がお前を追い出すように仕向けたのだし、そんなヤツに愛想尽かししたので、支部が離れていったんだ。元凶は総て威治の不徳にあるのだから、お前が責任を感じる必要は何処にもない」
「しかし自分がもっと色々尽力すれば、興堂派がこんなに衰退して仕舞うのを、幾らかでも防げたかも知れないという、何やら道分先生に対しての慙悸は拭えないでいます」
「お前がどんなに尽力しても、それは結局徒労に終わったろうよ。まあ、威治を興堂派から追い出すと云うくらいの覚悟があったならば、それはまた別の話しになろうが」
「いや、そこまでは。・・・」
 花司馬教士は口籠もるのでありました。それはそうでありましょう。
 花司馬教士は興堂範士の興した興堂派と云う流派から、その血脈を切り捨てるわけにはいかないと考えるでありましょう。そこまで非情にはなれない人なのであります。
「流言は何時かは消える。殊に根も葉もない流言はすぐに姿を消す。その尻馬に乗って騒いだ連中もたちまち、しれっと何もなかったような顔をするようになる」
 鳥枝範士は到って無愛想にそう云って、花司馬教士の気持ちを軽くしてやろうとするのでありました。こちらも、実際は優しい心根の人なのであります。
 さて、新加盟の道場が急増したものだから、総本部の指導陣はかなり忙しくあちらこちらの支部を駆け回らなければならないのでありました。総本部から近い処ならば、向こうから稽古に来る事も可能でありますが、地方となるとおいそれとはそうもいかないので、畢竟、請われる儘総本部指導陣が出張指導に出向く事になるのであります。
 特に当初は指導と免許審査の依頼が引切りなしで、その調整を受け持つ万太郎とあゆみは一苦労するのでありました。しかも一回だけ指導や審査に行けば済むと云うものでもないし、元々出向いていた総本部系の道場への出張指導を等閑にするわけにもいかないので、指導陣の出張ローテーションを組むのは大いに気骨の折れる仕事でありました。
 総本部は単なる営利調整機関ではなく流派の総元締めなのでありますし、武道では技術の統一と免許発行元が単一である事が流派の根幹要件で、そのためには出張指導と免許審査は代行の利かない重要なものであります。特に新たな加盟団体に対しては、そこの指導者をも含めて、新たに総本部の免許を交付しなければならないのでありますから。
 これは花司馬教士も例外ではなく、教士としての技量が十分かどうかの審査はあったのでありました。勿論問題なく、花司馬教士はそれに悠々合格したのでありました。
 旧興堂派は体術では微妙な総本部との違いはあったものの、興堂範士が常勝流の理合いに忠実だったので全く別物という程ではないのでありましたが、剣術に関しては興堂範士が得手ではなかったせいか、その技量に総本部との大きな落差があるのでありました。先ずはここから、技も理も、水準を上げていかなければならないのでありました。
(続)
nice!(10)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

お前の番だ! 415 [お前の番だ! 14 創作]

 旧興堂派の古手支部長の中には、体術に関しても剣術に関しても、総本部の技法と相容れない事を説く人もいるのでありました。万太郎は、理の面では、相手を説き伏せるだけの論を有していると自信を持っていたのでありますが、技の面では、門下生に対するその人の体裁と、自分より年季も歳も上である事に対する遠慮もあって、自信は充分にあったのではありますが、はっきりと組み伏せて仕舞うわけにはいかないのでありました。
 新しい境地に対して意欲的な支部長なら、万太郎の指導を素直に受け入れてくれるのでありましたが、そうはいかないなかなか偏狭な仁も居るには居るのでありました。しかしこう云う人は自分の在り方に何人の容喙も許さないようなタイプで、例え是路総士がその理や技の変更を迫ったとしても、おいそれとは受け入れられないのでありましょう。
 圧倒的な強さを示せばそれで良いのでありましょうが、そうやってあらぬ恨みを買っても無意味と云うものでありましょう。こういう場合、万太郎は鳥枝範士の迫力と押しの強さを、ないもの強請りに大いに羨ましく思うのでありました。
 依って慎に残念ながら折角総本部に移籍を決めながら、そんな体面や狷介さのために、結局は総本部からも離れて独立独歩を選択する旧興堂派の支部が二三出るのでありました。そう云うところも当然出るだろうと鳥枝範士は全く問題にしないのでありましたが、万太郎としては自分が指導と審査に関わったところがその離れた中に一団体あったので、何となく自身の責任でもあるような、後味の悪い思いに暫く苛まれるのでありました。
 しかし概ね、万太郎の指導は新加盟した支部から好評を得る事が出来たのではありました。旧興堂派の多くの支部が総本部に移る端緒をつけたと云える広島支部の須地賀支部長等は、万太郎の来訪を殊に喜んで迎えてくれた一人でありました。
 それは花司馬教士や亡くなった興堂範士から、時折万太郎の事を常勝流の逸材と聞かされていた事もありましょうが、須地賀支部長が移籍の打ちあわせ等に総本部へ訪ねて来た折に、万太郎の立ち居ふる舞いや稽古に対する姿勢、須地賀支部長への接し方等を見て大いに好感を持ってくれたからでもありましたか。自分の方が歳も年季も上であるにも拘わらず、須地賀支部長は万太郎を総本部の代表派遣指導者として返って万太郎の方が恐縮するくらい、例え自分の門下生達の前であろうと大いに立ててくれるのでありました。
「この折野先生は長く総士先生のお側に仕えてきた将来の常勝流を背負って立つエリートで、その指導を受けるチャンスなのだから、先生の技と理をしっかり学ぶように」
 須地賀支部長は稽古の前に門下生にそう訓戒するのでありました。これには万太郎にとって頭の下がる程の有難い配慮と云うものでありました。
 須地賀支部長は立場をさて置いて、少しでも疑問があれば万太郎に何でも指示を仰ごうとするのでありました。万太郎としてもその心意気に甚く感じ入った以上、誠心誠意を以って理をふるい技を披露するのでありました。
 勿論万太郎に須地賀支部長の心意気に応ずるだけの十分な技量がなければ、これは徒な配慮となって仕舞うのであります。万太郎はそう云う無様だけは避けたいと、実のところは相当なプレッシャーを感じたのでありましたが、しかしまあ、何とか無事に須地賀支部長の配慮を徒とする事なくこの出張指導を務めたのでありました。
(続)
nice!(16)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

お前の番だ! 416 [お前の番だ! 14 創作]

 中には万太郎を年季も歳も格下と、初めから見下して接する支部長もいるのでありました。出張指導に是路総士ではなくまた鳥枝範士でも寄敷範士でもなく一介の教士風情がやって来たのが、軽んじられているようで気に入らないと云う事でありましょう。
 こんな場合は組形稽古後に決まって万太郎に乱稽古を挑んでくるのでありました。流石に遠慮から支部長と試合うのは憚られるのでありますが、道場の古手で強面の門弟をあっさり抑えたり投げ飛ばして見せれば、大抵は万太郎の並々ならぬ技量に驚嘆して、支部長以下意外に素直に万太郎に畏敬の視線を注ぐようになるのでありました。
 常勝流指導の常道から見れば、なるべくなら乱稽古は避けたいのでありました。しかし初めて行く指導先では論より証拠と云うところもあるにはあると、万太郎は鳥枝範士に前以てこっそり助言されていたと云う事もありましたから、ここは一つその鳥枝範士の助言を尊重させて貰った、と云うような次第となるのでありましょうか。
「折野、但しその場合、圧倒的に勝たなければならんぞ」
 鳥枝範士はそう云ってニヤリと笑うのでありました。「総本部の内弟子であるからには組形稽古も乱稽古も、体術剣術に限らず門下の他の者よりも豊富に、しかも厳しく仕こまれているのだから、誰に挑まれたとしてもよもや不覚は取らないだろうが、しかし辛勝と云うのでは説得力に欠ける。そこは圧倒的に勝たなければ無意味なのだからな」
「圧倒的に勝つ、のですか?」
「そうだ。しかし気絶とか怪我をさせるような技をかけるのではないのは判るな?」
「結果の強烈さではなく、技をかける過程で技量の差を見せつけると云う事ですね?」
「そうだ。投げる前に、これは全然叶わんと畏怖させるような圧倒だ」
「若しもそう云う場合があれば、努めてみます」
「ま、何時もの稽古相手とは違う相手と乱稽古するのも、良い修行になるだろうよ」
 鳥枝範士はそう云って万太郎を送り出すのでありました。
 とまれ、こうして是路総士、鳥枝範士と寄敷範士、それに万太郎が出張指導の主要員となって新加盟支部を回るのでありました。是路総士は大分良くはなったとは云え腰に問題を抱えているし、鳥枝範士も寄敷範士も体の事を何も気にせずに飛び回れるような歳でもないので、畢竟万太郎が最も目まぐるしく動き回る事になるのでありました。
 それに三先生には必ず助手がついて行くのでありましたが、万太郎の場合は一人で先方を訪うのが常でありました。勿論、指導に行くのでありますが、万太郎は何やら昔の諸国行脚の兵法修行者のような心持ちもして、実は多少愉快ではあるのでありました。
 九州に行った折には、熊本の実家にもちらと立ち寄る事が出来たのでありました。
「お前もぼちぼち嫁ば貰うても良か歳ばってん、その辺はどぎゃんなっとるとやろか?」
 と云う母親の質問には閉口するのでありました。
「総士しぇんしぇいの誰か良か人ば紹介してくださらんとか?」
 父親が母親の質問に同調するのでありました。
「どぎゃんもこぎゃんも、未あだ一人前になっとらんとやけん無理たい」
 万太郎はそう返事してほうほうの態で熊本を後にするのでありました。
(続)
nice!(9)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

お前の番だ! 417 [お前の番だ! 14 創作]

 こうやって出張依頼のあった新加盟支部の総てを一通り巡回するのに、半年程の時間を要するのでありました。当然新加盟団体への出張指導専門に動くわけではなく、総本部の元々の支部にも定期指導に赴くし、勿論総本部道場の指導も滞らせる事は許されないのでありますから、この間万太郎は体が幾つあっても足らないと云う感じでありましたか。
 総本部道場への新入会員数も急増するのでありました。これも当然旧興堂派の離脱者の入会が多いのでありますが、その中には万太郎が出稽古に行っていた頃の顔見知りも多いのでありましたし、巨漢で好漢の目方吾利紀の顔もその中にあるのでありました。
 その目方の情報に依れば、元々からの興堂範士の内弟子である板場と堂下は技法の大幅な変更とか、乱稽古一本槍の稽古法に内心すっかり辟易していると云う話しであります。興堂流を辞める気もあるようでありますが、何となく時宜を逸したような按配で、ずるずるとその日その日の課業に追われていると云ったところの様であいましょうか。
「要するに威治宗家に良いように扱き使われている、と云ったところでしょうね」
 目方はそう云ってから苦々し気に口を歪めるのでありました。「まあ、板場さんは亡くなった道分先生への忠義立てと云う面が大きくて、もう一度何とか元の興堂派のような賑わいをと期する気持ちの張りがあるようだけれど、堂下君はもう、すっかり腐って仕舞って、何につけても投げ遣りな風になっていましたよ」
 目方から堂下の事を聞いて、万太郎は遣る瀬ない思いに駆られるのでありました。前はまるで弟のように、自分に懐いていた堂下なのでありましたから。
 また旧興堂派から移って来た者には、嘗て筆頭教士として興堂範士の次席で指導に当たっていた花司馬教士が、是路総士や鳥枝、寄敷両範士にならまだしも、当初は稽古で万太郎やあゆみに対しても助手みたいな立ち位置をとっている事が、かなり違和感を以って見られていたようでありました。総本部に移ったのは良いけれどそのために花司馬教士は前の処遇からすれば、すっかり冷遇されているかのように見えたとのでありましょう。
 しかしここは花司馬教士が溌剌と稽古に臨んでいる姿から憶測が妙な風には発展しないのでありました。花司馬教士自身も心機一転、範士補と云う厚遇を辞退して、一介の教士として努めさせてくれと自ら願ったのだと、訊かれれば公言するのでありました。
 新加盟支部の巡回指導が一通り終わった半年後辺りで、花司馬教士の方も万太郎とあゆみと同格に、総本部での中心指導を任されるようになるのでありました。その頃はもうすっかり総本部の技法と指導法が身についていて、新しい指導者として、旧興堂派から移って来た者は勿論の事、前からの総本部の門下生の間でも人気があるのでありました。
 しかしだからと云って花司馬教士はその四角四面好きの性格から、謹恪な態度を決して崩す事なく、相変わらず万太郎とあゆみは先生づけで呼ばれてたじろがされているのでありました。来間は、来間君、と、ちゃんと格下げして貰っているようでありますが。
 鳥枝範士と寄敷範士は時々面白がって万太郎とあゆみを先生づけで呼ぶようになるのでありましたが、これは明らかに花司馬教士の真似をして喜んでいるのであります。冗談とは云え、万太郎もあゆみもそう呼ばれると何時も悄気た顔になるのでありましたし、それがまた面白いのか両範士はこのからかいをなかなか止めないのでありました。
(続)
nice!(22)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

お前の番だ! 418 [お前の番だ! 14 創作]

 まあ、他愛もないからかいであります。
「おい折野先生、さっさと来月の出張指導の割りふりを出さんか」
「あゆみ先生、そろそろ帰るからワシの靴を揃えておいてくれ」
 ま、こう云った遣い方であります。しかしこれでは何時か万太郎とあゆみ、それに来間で話していた時出た冗談の、指導部全員でお互いを先生と呼びあうと云う気持ちの悪い状況に現実が近づいたと云う事になるのかも知れないと云うものであります。
 その内鳥枝範士も寄敷範士もこのからかいに厭きるでありましょうし、それを待つしかないでありましょう。でなかったら自分も腹いせに、来間や準内弟子共を先生づけで呼んでやろうかしらと万太郎はちらと考えるのでありましたが、そうすると件の、気持ちの悪い状況を自ら進んで作り出すだけなので、これは自制するのでありました。

 さて、暫くの間すっかり鳴りを潜めていた興堂流と威治宗家の動静が、俄かに万太郎の耳にも届くようになるのでありました。それはあるテレビ番組に威治宗家が出ているのを門下生の何人かが見ていて、それを万太郎に語ってくれたためでありました。
 何でも民放の深夜番組で『現代の格闘家列伝』と云うタイトルの、戦後の格闘家と呼ばれた人達を、プロレス界キックボクシング界、それに柔道や空手等の武道界から抜粋して紹介すると云うものだったそうであります。確かに興堂範士は武道家の中では色々と武勇伝の豊富な人ではありましたが、自身で自身を特段、格闘家と規定をしていた節はなく、あくまでも常勝流の武道家及び指導者であり続けた人でありましたから、万太郎にはそのタイトルと、興堂範士その人の在りようがしっくりと馴染まないのでありました。
 それは兎も角、その番組中で興堂範士の為人を紹介する件で現在の葛西の興堂流道場が映し出され、そこで威治宗家が父親である興堂範士の、格闘家(!)としての生前の様子や、自分だけに教授された特別稽古の様子を語る場面があったようでありました。ここでも威治宗家は、興堂範士の特別稽古を如何にも大袈裟に語っていたそうであります。
 これは威治宗家その人の武道に対する姿勢や興堂範士への仕え方、それに今現在の力量、また鳥枝範士や寄敷範士、花司馬教士等の証言により、虚偽の疑いが濃いとされている事であります。そう云う虚偽を持ち出さなければならない、現在の威治宗家の武道家としての苦境を、逆に万太郎は推し量ってうら淋しい思い等するのでありました。
 また番組中に威治宗家に依る組形演武の場面があって、そこには板場と堂下が受けを取っている姿が在ったとの事でありました。二人共前のような緊張感もなく、何となくダラダラとした印象で投げやりに威治教士の技を受けていたとも聞こえるのでありました。
 このテレビ番組にどう云う経緯で現在の興堂流と威治宗家が取り上げられる事になったのか、その辺が万太郎を始め多くの門下生達の疑問でありましたが、これは花司馬教士が、恐らくはこういう事に依るのだろうと種明かしするのでありました。
「そのテレビ局のお偉いさんが旧興堂派の財団理事をしていて、前に興堂範士の特集番組を制作した事があったんですよ。その後局関係の人が何人か入門して暫く稽古をしていましたね。そのお偉いさんと会長との繋がりからじゃないでしょうかね」
(続)
nice!(23)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

お前の番だ! 419 [お前の番だ! 14 創作]

「そのテレビ局のお偉いさんは、今は理事をしていないだろう?」
 鳥枝範士が訊くのでありました。
「そうですね。もう随分前に辞められました。だから鳥枝先生はご存知ないでしょう。その方が辞められたと同時に、局関係の門下生達もすっかりいなくなって仕舞いましたね。しかし会長との繋がりは随分濃いようで、恐らく会長が話しを持っていってそれで今回の威治宗家のテレビ出演となったのでしょう。番組としては元からそう云う企画があったのかも知れませんが、屹度その中に職権で威治教士の出演を捩じこませたのでしょうね」
「成程ね、そう云う経緯なら威治の唐突のテレビ出演も頷けるか。それにしてもその推察が当たっていれば、あの会長もちゃんと、会長としての仕事はしているわけだ」
 鳥枝範士は皮肉な笑いを口の端に浮かべるのでありました。
「テレビの影響力は絶大だから、ひょっとしたら今後、これを契機に興堂流に入門者がドッと押し寄せるかも知れませんね」
 万太郎がそう云う感想を述べるのでありました。
「それは一理あります、折野先生」
 花司馬教士はそう云って万太郎を見るのでありました。「前の道分先生の特集番組でも、これも深夜の時間帯だったですが、放送後の三か月は入門者が、普段の月の二倍程ありましたから。まあ、すぐに波は引いて、その中で結局数人しか残りませんでしたがね」
「数人残ったと云うのは、道分先生にそれだけの実質があったためだ。要するに実質がないなら、一時的にドッと沸いても単なる儚い徒花で、誰も居なくなるだけの話しだ」
 鳥枝範士はそう云ってまた口の端に皮肉の笑いを浮かべるのでありました。
「しかし徒花でも、今の威治宗家としては嬉しいでしょう」
 花司馬教士がしごく真面目な顔でそう云うのでありました。
「そりゃそうだ。凋落の一途の途中で少し息がつけるのだからな。しかしその一息をあの威治の事だからまた自分の良いように勘違いして、お目出度く嘗ての賑わいの復活と有頂天になるのだろうな。今からその了見違いの得意満面が見えるようだ」
 確かに、暫くは殆ど鳴りを潜めていた興堂流の消息が、この頃俄かに頻繁に万太郎の耳にもあれこれ届くようになるのでありました。曰く、入門者が増えて葛西の新道場が手狭になったのでまた神保町へ道場を移すらしいとか、独立を指向した旧支部が興堂流の傘下に戻ったとか、総本部に移った支部も大挙して興堂流に戻ろうとする動きがあるとか、威治宗家がもうすぐ興堂流の本やらビデオを賑々しく出すとか、出さないとか。
 この内、総本部に移った支部が興堂派に戻ると云うのは、これは全く根も葉もない噂以上ではないのでありましたし、道場を再び神保町に移すと云うのも、まあそう云った威治宗家の志望はあるのかも知れませんが、当面は実現しないようでありました。しかし、興堂流が前に比べれば殷賑になったのは事実でありましたし、独立を選んだ旧支部が二三復帰したのも事実で、それにまた新しい支部も幾つか増えてもいるようでありました。
 これは鳥枝範士の云う徒花でありましょうか。それとも威治宗家が潮目を的確に捉えて興堂流が勢を再び盛り返す、なんと云う事も考えられなくもないかも知れません。
(続)
nice!(11)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

お前の番だ! 420 [お前の番だ! 14 創作]

 それでも鳥枝範士の予想はあくまでも冷淡なのでありました。
「あの横着者の威治にそんな手際なんかあるものか。聞くところに依ると少しは繁忙になった事務をすっかり人任せにして、そのくせ金庫の鍵だけは自分以外の者には絶対触らせないらしい。彼奴は自分が宗家になった途端、急に吝くなったらしいぞ。その前までは銭勘定は好い加減で、道分先生に下らん使い途の金の無心ばかりしていたと云うのに」
 この鳥枝範士の、聞くところに依ると、とは、前に広島の須地賀志部長と一緒に総本部を訪った、佐栗真寿史理事からの情報と云う事のようであります。佐栗理事は未だ向こうの理事をしているようでありますが、これは鳥枝範士の要請故でありましょう。
 興堂流の消息は、幾つかの武道やスポーツの雑誌にも取り上げられたりするのでありました。装いを全く新たに勇躍する二代目宗家率いる武道興堂流、であるとか、昭和の天才武道家道分興堂の技を継承し発展させた二代目宗家、であるとか、新武道興堂流は古武道常勝流を超えた、とか云う威勢の良い文字がその中に躍っているのでありました。
 万太郎はそう云う文字を見ると面食らったり苦笑ったり立腹したりと、なかなか表情の忙しい変化を強いられるのでありました。鳥枝範士は憫笑一辺倒、花司馬教士は只管の困惑顔、是路総士と寄敷範士は殆ど無表情、と云ったところでありましたか。
 鳥枝範士によれば、これは会長が総本部を見返そうとして色々働いているからであろうと云う事でありました。会長の政治的影響力ならそう云った情報戦略は武道界と云う狭い世界は勿論の事、大手メディア相手でもそれなりに展開出来るのだとの事であります。
「しかしそんなキャンペーンを幾ら張っても、結局実質がなければすぐに耳目を引かなくなる。世間はそう甘くはない。第一あの会長は政治家として興堂流だけに関わりあっているわけにはいかないし、それ程本腰を入れる対象だとは実は考えてはいないだろう。だから精々、金のかからない口利き程度で打てるキャンペーン以上にはならない」
 鳥枝範士は徒花説を堅持してせせら笑うのみでありました。「その内あの会長も威治の余りの盆暗加減にげんなりして、冷淡に興堂流から手を引いてしまうのがオチだな」
 興堂流は乱稽古紛いの稽古ばかりをしていると云う事でありましたが、竟に地元江戸川区の体育施設で、第一回道分興堂杯争奪自由組手選手権大会、と云う催しを開催するのでありました。これは云うなれば柔道や空手の試合大会のようなものでありましょう。
 自由組手、と銘打っているからには、威治宗家が連れて来たと云う空手家崩れの指導員の発案であろうかと万太郎は推測するのでありました。まあ、規模の程は知れないながらこうして大会なるものを企画実施するのでありますから、その指導員もなかなかの事務手腕を持っていると云えるかも知れませんし、それとはまた別に会長の息のかかったプロデューサー的な才を有する何者かが、威治宗家の後ろについているのかも知れません。
 まあ、自由組手、と云う言葉もそうでありますが、選手権大会、と云う命名にしても、常勝流には如何にも馴染まない言葉であると万太郎は思うのでありました。本来、古武道は特にそうでありますが、毎日の直向きな稽古そのものがただ一つの目的であり、大会、等と銘打つ催しは無用と云うよりは寧ろ有害でありましょうし、試合、も稽古法の一手段以上ではなく、それを殊更強調しようとするのは邪道であると思うのであります。
(続)
nice!(20)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

お前の番だ! 421 [お前の番だ! 15 創作]

 この興堂流の、第一回道分興堂杯争奪自由組手選手権大会、には招待状等も来なかったので総本部からは誰も行かないし、ほとんど無視と云う風でありましたか。若し招待状でも来たなら、足は運ばないまでも総本部として花を贈るくらいの愛想はせざるを得ず、そうなればそれはそれで、その花を貰ったと云う実績を、どう使うかは別として、興堂流にとっては何かしらの利用可能な材料を得る事にもなったでありましょうに。
 その辺のしたたかさはないようでありますから、若しプロデューサー的な何者かがついているとしても、その手腕は殊更大袈裟に注意すべきとするに足らずと云うところでありましょうか。政界の寝業師と呼ばれる会長にしたところで、先読みの効く気配りなんぞはしないのかしらと、万太郎は余計な心配等を竟、して仕舞うのでありました。
 総本部の主立つ者は誰も行かないのでありましたが、門下生の何人かは好奇心から会場に足を運んだようでありました。旧興堂派から移って来た宇津利もその一人で、同じく鞍替え組の仲間と様子を見に行って、それを万太郎に報告してくれるのでありました。
「まあ、支部に強制動員をかけたからでしょうが、先ず々々盛会、と云う体裁は整っていました。と云っても一般の観客は少なくて、門下生やその係累等が殆どでしょうが」
 宇津利はそう云って万太郎にその折貰ったパンフレットを見せるのでありましたが、コート紙にカラー印刷で、伴表紙のB五判二十四頁を中綴じにした中々立派なパンフレットでありました。表紙には興堂範士の在りし日の写真が印刷してあるのでありました。
「出場選手はどのくらいだったのだろう?」
 万太郎はパンフレットをパラパラと捲りながら訊くのでありました。
「開会式での会長の挨拶でも触れていましたが、百名余との事でした。各支部から三人ずつ出せば、そのくらいにはなるでしょうね」
「それがトーナメント形式で試合をやるわけか」
「そうです。三分間戦って原則一本勝ちで勝敗が決まると云う事でしたが、・・・」
 宇津利はパンフレットにも記述してある試合ルールを説明するのでありました。
「でしたが、・・・何だい?」
「何と云うのか、殆どはどつく蹴るの勝負で、投げ技なんか先ずありませんでしたね」
「まあ、試合となると、大方そうなるだろうな」
「それに出場選手は興堂流の門下生だけではなく、他武道他流派の参加もOKと云う触れこみでしたから、主に実戦空手系の選手でしょうが、何人か参加していましたよ」
「へえ。何処かの団体がやっているオープントーナメント、と云う感じかな」
「ま、それを真似たのでしょうがね。しかしそのルールと云うのが、・・・」
 宇津利はそう云って苦笑して見せるのでありました。万太郎は宇津利とその後幾らか話をして、宇津利の申し出でパンフレットを貰ってから話しを切上げるのでありました。
 万太郎は宇津利の他に、興堂流の大会を見に行ったと云う何人かの門下生からも、それ程積極的にと云う風ではないにしろ、あれこれ情報を得るのでありました。万太郎だけではなく花司馬教士も堂下も、そえにあゆみまでもが、夫々の興味の方向や度合いの強弱はあるにしろ、その大会の情報を仕入れているようでありました。
(続)
nice!(19)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

お前の番だ! 422 [お前の番だ! 15 創作]

 この頃総本部では日曜日の総ての稽古が終わった後で、是路総士以下指導部のメンバーで食事をする慣わしが何時からか定着しているのでありました。この席で各指導員の次週のスケジュールの確認や、各曜日の指導技の決定、その他準内弟子連中の評定、何か特に提起する事項があった場合はその話しあい等がなされるのでありました。
 師範控えの間に総勢七人が集合するのでありましたが、座卓一つでは頭を寄せ集めきれないので、母屋から小ぶりの円卓が持ちこまれて、そこには堂下と花司馬教士が座を取るのでありました。万太郎は堂下と伴に円卓に座る心算でありましたが、序列を尊ぶ花司馬教士に座卓の方に追い立てられたので、何時もそこの一番末席に座るのでありました。
「花司馬のところの一人息子はぼちぼち学校に上がる歳だろう?」
 寄敷範士が取り寄せた寿司を口に運びながら、花司馬教士に訊くのでありました。
「押忍。来年から小学生です」
「ああもう、そんな歳になるか」
 是路総士が鳥枝範士から猪口に酒を受けながら云うのでありました。
「この前道場に遊びに来ていましたよ」
 あゆみが鳥枝範士に酌をするために徳利を取り上げて云うのでありました。
「ああ、道場の廊下から中を覗いていたので、内弟子控え室に連れて行って、あゆみさんと、それにジョージと山田が色々遊んでやっていましたね」
 万太郎が隣のあゆみの猪口に酒を注ぎ入れるのでありました。
「小学生になったらぼちぼち稽古をやらせてみようかと思っております」
 花司馬教士が堂下に酒を注いでやるのでありました。堂下は大いに恐縮した態でその酌を猪口に受けるのでありました。
「へえ、それは楽しみですね。もし稽古するようなら、あたしがつきっ切りで面倒を見ますよ。剣ちゃんは眉がきりっとしていて、そこがまた可愛いですよね」
 あゆみが云うと花司馬教士は嬉しそうな顔をするのでありました。この、剣ちゃん、と云うのが花司馬教士の息子の愛称で正しくは、花司馬剣士郎、と云う名前であります。
「行く々々は内弟子に取って貰おうと思っておりますが」
「おい花司馬、もうそんな事まで考えているのか?」
 寄敷範士が花司馬教士のせっかちを笑うのでありました。
「こればっかりは、本人がその気にならなければどう仕様もない。それにその気になるかならないかが判るまでに、未だ相当の年月が経たなければならんがなあ」
 是路総士も笑うのでありました。
「今の内から道場に来させていれば、自然に自分は総本部の内弟子になるものと思いこむだろうと云う父親の計略です。ま、上手くゆけば、と云う事ですが」
「目出度く将来内弟子になるとしたら、剣ちゃんは来間の弟弟子になるわけだ」
 万太郎が云うと、来間は口に入れた酒を思わず吹き出しそうになるのでありました。
「ああそうですね。それじゃあ来間君、よろしく頼みますと今から云っておきます」
 花司馬教士はしごく真面目に来間にお辞儀するのでありました。
(続)
nice!(10)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

お前の番だ! 423 [お前の番だ! 15 創作]

 来間はその花司馬教士の態度に慌ててお辞儀を返すのでありました。これで花司馬教士の来間に対するずっと将来の挨拶万端が、今から調ったわけであります。
「ところで、この前開催された興堂流の、何とか選手権、と云うのはどういう有様だったのかな。鳥枝さん、佐栗理事辺りから何か聞いているかい?」
 寄敷範士が鳥枝範士に一献差しながら訊くのでありました。
「まあ、それなりに人は集まったようだな。しかし支部に動員をかけた分が集まったと云うだけで、一般人の観客な少なかったようだよ」
「乱稽古の選手権試合、と云う趣旨だったのだろう?」
「興堂流では乱稽古と云わずに、自由組手と云っているらしい」
「何やら空手みたいだな」
「支部に出場者を予め割りふって、百人くらい選手を集めて体裁を整えたという話しだ」
 この辺までは万太郎の仕入れた情報と符合するのでありました。
「その出場選手ですが、どうやら出場料を取られたようですよ」
 花司馬教士がそんな情報を披露するのでありました。
「出場料を払って、有難く試合に出させて貰った、と云うわけか?」
 寄敷範士がそう云ってから猪口を空けたので、万太郎はすぐに徳利を取って酒を注ぎ差すのでありました。出場料の話しは、万太郎は今初めて聞くのでありました。
「出場料ばかりか、見に来た客から観覧料も取ったと云う話しだ」
 鳥枝範士が後を引き取るのでありました。
「有料と云うのなら、それは一般の観客は来ないだろうな。空手の極真会館とか合気道の或る団体みたいに世間に一定の知名度があるわけじゃないからなあ、興堂流は」
「そう。寄敷さんの推察通りで、無謀と云えば無謀な試みだな、観覧料を取ると云うのは。だから案の定、一般は殆ど興味を示さなかった。色々宣伝は打ったようだが」
「各支部には、観覧人数の割り当て迄あったと聞いています」
 花司馬教士が補足するのでありました。
「支部も良い迷惑だな、それは」
 寄敷範士は呆れ顔を作って花司馬教士を見るのでありました。
「支部毎に、販売する観覧チケット枚数のノルマが決められたらしいです」
「それは、何処かの売れない劇団とかの販売手口を真似たのだろうなあ」
「まあ、そんな了見でしょう」
「つまり売れなかった分は、支部が被ることになるわけだ」
「支部も、そんな厚かましい要求をよく黙って呑んだものだと思います」
「あまり強引な事をしていると、またぞろ離脱するところが出るんじゃないか?」
 寄敷範士がそう云いながら鉄火巻きを箸で摘むのでありました。
「しかし会長のお達しであるとか、今頃総本部の方へ移ろうとしても既に時宜を逸しているから断られるだけで、それに若しそんな真似をすれば興堂流からも破門とするからその心算でいろ、とか云う威治の脅し紛いが利いているから従うしかないと云う話しだ」
(続)
nice!(16)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

お前の番だ! 424 [お前の番だ! 15 創作]

 鳥枝範士が事情を紹介するのでありました。
「寄らば大樹の陰、と云う辺りを狡賢く利用しているわけだ。まあ、今となってはそんなに大樹でもなさそうだけれどなあ、興堂流は」
「それに威治宗家の言は明らかに間違っていて、来たいと云うのなら、総本部としては今からでも受け入れるのに別に何も吝かではないですから」
 万太郎が口を挟むのでありました。
「要するに自立出来る支部は疾うに自立して、移籍すると決めた支部は疾うに移籍したのだから、今の興堂流には、自立するには力不足で、それに移籍すると決断するにはその覚悟もない、要するに頼りない弱小支部ばかりが残っていると云う事だろう」
 寄敷範士が口の端に皮肉な笑いを湛えるのでありました。
「その支部の弱みにつけこんで、威治が金を搾り取っていると云う構図だな」
 鳥枝範士が手に持った猪口をグイと空けるのでありました。
「ところでその選手権大会での試合そのものは、どんな風だったのかしら?」
 あゆみが話題を少しずらすのでありました。
「投げ技なんか殆どない、突き蹴りばかりの、まるで空手の試合のようだったと云う話しです。指が自在に動かせる、手甲をガードするようなグローブを嵌めて試合するのですが、防具はそれだけで、顔面や胴は素の儘だし脛当も使用しないそうです」
 今まで殆ど言を発する事のなかった来間が解説するのでありました。
「それは益々、或る空手会派の試合のようだな」
 これも今まであまり発言がなかった是路総士が、そう感想を述べるのでありました。
「それにルールが色々小難しかったようです」
 花司馬教士が来間の発言の後を引き取るのでありました。「顔面への打撃はダメだとか、下腹部への攻撃も不可、寝技も原則的になし、関節技は、順は良いが逆はダメとか」
 関節技の、順、とは関節の自然に曲がる方向に力を加える事、逆、とは曲がらない方向に曲げようとする事であります。常勝流の技にも色々な部位の関節技はあって、その解説等にこの、順、逆、と云う言葉を使用する場合もあるのでありました。
「元々投げ技や固め技で勝負が決まると云う臆断はなかったようで、突き蹴りに関するルールがあれこれ細かく決められていたようです」
 来間が花司馬教士の言に補足するのでありました。
「それでは常勝流では全くないな」
 寄敷範士は顔を顰めて見せるのでありました。
「投げや固めに熟達していない者が試合うと、往々にして突き蹴り勝負になる。これは突き蹴りと云うのは技の仕組みが簡素で、見た目も強弱が明快だからだろうな。常勝流でも体術よりも剣術の方に、そう云う要素が結構ありはするな」
 是路総士が云うのでありました。
「興堂流には空手の経歴を持つ指導員もいれば、柔道の経歴を持つ指導員もいると聞いていたが、そこでは柔道派は影が薄かったと云う事か?」
(続)
nice!(19)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

お前の番だ! 425 [お前の番だ! 15 創作]

 寄敷範士がそんな疑問を呈するのでありました。
「柔道の試合は組んでから始まるので、突き蹴りが試合に持ちこまれると、なかなかその特性を発揮出来ないだろうと思われます。それに寝技も制限されていたようですし」
 来間がそう解説するのでありました。
「組形の見事さを競う、と云う競技の発想はなかったのかな?」
 是路総士が来間に問うのでありました。
「いや、そのような事は思いもつかなかったでしょう」
 鳥枝範士が代わりに応えるのでありました。「第一、威治を始めとして組形の見事さを判定できる者が興堂流には誰もいないでしょうし」
「ああそうですか。で、それなら興堂流宗家である威治君自身は、その選手権大会とやらで、役回りとしては審判か何かをしたのでしょうかな?」
 是路総士が花司馬教士の方に目線を遣りながら訊くのでありました。
「いえ、大会委員長と云う名目で、会長と一緒に本部席で座っていただけだそうです。まあ、最後に宗家演武と云う事で板場と堂下を相手に組形演武を披露したようですが」
「まさか選手として試合に出て恥を曝すわけも行かず、審判を務めるような能もないから、本郡席にふんぞり返っているしか芸がなかったのでしょうな。最後に組形演武をしたのは、取ってつけたようではあるものの宗家としての威厳を示すためでしょうかな」
 鳥枝範士がそう云って鼻を鳴らすのでありました。
「横着者で億劫がりで、しかも見栄っ張りの仕事はないでしょうな、そのような大会では。本部席に祭り上げられてちやほやされているしか、確かに出来る事はなさそうだ」
 寄敷範士もなかなか手厳しいのでありました。
「それから、試合ルールが手前味噌過ぎた、と云う批判があります」
 花司馬教士が少し話しの舳先を変えるのでありまいた。「顔面への打撃とか下腹部への打撃がダメなのは判りますが、ボクシングで云うクリンチみたいな状況になると、そこでも打撃を繰り出してはダメだったそうです」
「それじゃあ組みあって仕舞うと、後はどう推移するのだ?」
 寄敷範士が不思議そうな顔をするのでありました。
「強引に投げるか、組あった儘両者が倒れるかですね。それからブレイクと云う事になるのでしょう。寝技は制限されていますから」
「要するにクリンチすれば打撃を蒙る危険はなくて、倒れこんだらその後に、柔道の関節技とか絞め技にも推移しないと云うわけだな」
「そうですね」
「つまり柔道や空手とかの異種格闘技の連中の参加を呼びかけながら、そう云う連中の得意とする試合展開を封じる、自派に好都合なルールと云うのだな?」
「まあ、興堂流の大会であるのに、興堂流の門下でもないヤツに優勝を攫われないための予防と云うわけだ。ま、そう云う手練手管は、良く常套手段として使われはするか」
 鳥枝範士がまたも皮肉な笑いを頬に浮かべるのでありました。
(続)
nice!(19)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

お前の番だ! 426 [お前の番だ! 15 創作]

「まあ、曲がりなりにも、と云う云い方は威治君に失礼かも知れんが、そうやって常勝流とは全くの別物として自立した事になろうから、我々としては今後の興堂流の展開を見守るしかないな。興堂流が新しい武道として立派に立つ事が出来れば、地下の道分さんも、色々複雑な表情ではあろうけれど、そんなに不機嫌な顔色はしないだろう」
 是路総士がそう云って猪口の酒を干すのでありました。
「いやあ、屹度苦虫を噛み潰したような表情をされている事でしょう。総士先生は温厚に今後の興堂流の推移を見守ると云われますが、常勝流の本道から見れば邪道に走ったとしか見えません。道分先生は興堂派がそうなる事を望まれてはいなかったでしょう」
 鳥枝範士は辛口に徹するのでありました。確かにこの場に在る者総ては、実は是路総士をも含めて、興堂流の未来に肯定的な臆断をする者は一人も居ないのでありました。

 道場の休みである月曜日の昼に、花司馬教士の長男坊である剣士郎君の誕生日祝いをするのでと、万太郎とあゆみは花司馬教士の家に呼ばれるのでありました。総本部では稽古に狎れが持ちこまれる事を避けるために、門人同士が必要以上に個人的に親しくする事を慎む風習があるのでありましたが、堅苦しいばかりではなく偶に睦むのは構わんだろうと云う是路総士の許諾もあったので、万太郎とあゆみは揃って出かけるのでありました。
 花司馬教士の家は道場から歩いて数分の、四階建ての和室二間とダイニングキッチンと云う間取りのアパートで、仙川駅を挟んで道場とは反対側の甲州街道に面した一角にあるのでありました。万太郎とあゆみは並んで、万太郎が剣士郎君の誕生祝である子供用の稽古着を持って、駅前商店街から続く線路を跨ぐ橋の上をゆるゆる歩くのでありました。
「剣ちゃんはすっかり、道場の準内弟子連中に懐いていますよね」
 万太郎は横のあゆみに話しかけるのでありました。
「そうね。その中でも一番のお気に入りはジョージみたいよ。ジョージが剣ちゃんに日本語を教えて貰っているんだって」
「ジョージの日本語は幼稚園生よりは達者な筈ですが?」
「ま、そうやって剣ちゃんと遊ぶのよ。剣ちゃんはジョージに先生と呼ばれるのが満更でもないみたい。ジョージの日本語のお師匠さんと云うわけよ」
「ああ、それでこの前剣ちゃんにバイバイとか云われて押忍なんて返事していたんだ」
「ジョージはなかなか子供の扱いが上手いわよ。その点山田君なんかは、冗談で剣ちゃんをからかったり弄ったりするから少し嫌われているの」
「剣ちゃんはあゆみさんにも随分懐いているでしょう?」
 そう云うとあゆみは横を歩く万太郎に顔を向けるのでありました。
「そうね。でもあたしみたいにただ可愛がるよりは、剣ちゃんとしては少し手荒く扱われるのが好きみたいよ。そこは矢張り男の子よね」
「そうですかね。僕が剣ちゃんなら、来間や山田に手荒く扱われるよりも、あゆみさんに大いに可愛がられる方が余程嬉しいですがね」
 万太郎はしれっとそんな事を云うのでありました。
(続)
nice!(17)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

お前の番だ! 427 [お前の番だ! 15 創作]

「ああ、そう」
 あゆみもしれっと聞き流すように受け応えるのでありました。
「尤も、あゆみさんに可愛がられる、と云うのは、つまり稽古で手厳しくシゴかれると云う事になりますかね、僕の場合は」
「そう云えば万ちゃんが入門したての頃は、シゴくと色々面白い反応をしていたけどね」
 あゆみはそう云って思い出し笑いをするのでありました。「構えでもちょっとした所作でも、手足の位置とか肘の緩み具合とか足幅とか、前足と後ろ足に乗る重心の比率とか、一々細かく注意し続けると、万ちゃんは段々体が固くなっていって、顔まで連動して固くなっていって、竟には全身固まって、目を白黒させながらあたしを見ていたわね」
「あの頃のあゆみさんは表情一つ変えずに高度な要求をする、鬼のような先輩でした」
 万太郎も懐かしそうに笑うのでありました。
「それがいつの間にかあたしの方が色んな面で後れを取るようになっちゃって、今では体術も剣術も指導も、あたしの方が万ちゃんの域に追いつこうと目を白黒させているわ」
「良く云いますよ。あゆみさんは今でも僕の手本なのですから」
「今のその言葉は、姉弟子に対する労わりとして聞いておくわ」
「いや、本当ですよ」
 万太郎は少しムキになるのでありました。その万太郎の顔を、三月の少しは春めいてきた風が緩く撫でて通り過ぎるのでありました。
 玄関のドアを開けると、花司馬教士と剣士郎君が出迎えてくれるのでありました。花司馬教士は普段着のシャツにスラックス姿で、剣士郎君とお揃いの、白い、左胸に赤い毛糸でイニシャルの入ったカーディガンを着ているのでありましたが、これは屹度奥さんがお揃いで作ってくれたものであろうかと万太郎は想像するのでありました。
「これはこれは両先生、お忙しいところを良くいらしてくださいました」
 花司馬教士はそう云って玄関に立つ二人に律義にお辞儀をするのでありました。頭を下げる時に横に立つ剣士郎君の頭に手を遣って一緒にお辞儀をさせるのでありました。
「これはこれは」
 剣士郎君は頭を下げさせられる時に花司馬教士の真似をするのでありました。
「ささ、どうぞお上がりを」
 花司馬教士が手先を家の中に向けて、あゆみと万太郎を奥に誘うのでありました。その仕草に万太郎は、前に神保町の興堂派道場にあゆみと一緒に何度か出かけた折に、玄関先で奥に通るように勧めてくれた以前の花司馬教士の姿を重ねるのでありました。
 剣士郎君は靴を脱いだあゆみの手を取って、早速中へ引っ張っていくのでありました。あゆみの来訪が嬉しくて仕方がないと云った様子であります。
 奥のダイニングでは花司馬教士の奥さんが作り立ての料理を和室の方に運んでいるのでありました。挨拶もそこそこに、すぐにあゆみがその手伝いを始めるのでありました。
「剣ちゃんも手伝って」
 あゆみはそう云って小さな皿を剣士郎君に持たせるのでありました。
(続)
nice!(21)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:
メッセージを送る