So-net無料ブログ作成
検索選択

お前の番だ! 383 [お前の番だ! 13 創作]

 寄敷範士の後には興堂派の須地賀徹広島支部長が続いて出てくるのでありました。万太郎はこちらにも格式張った深いお辞儀をするのでありました。
「君が折野君か?」
 須地賀支部長が万太郎に声をかけるのでありました。
「押忍。お初にお目にかかります」
 万太郎は頭を起こして、しかし両手はついた儘応えるのでありました。
「押忍。広島の須地賀です。君の事は花司馬君や道分先生との話しの中で、将来が楽しみな人として時々出てきたから、どういう若者かと逢うのを楽しみにしてしましたよ」
 須地賀支部長は立った儘ながらも、親しみを籠めた物腰で万太郎に微笑みかけるのでありました。花司馬筆頭教士や興堂範士との話しの中で、話題として自分の名前が挙がると云うのは、意外な事もあり慎に光栄な事でもあると万太郎は秘かに喜ぶのでありました。
 その次には鳥枝範士の知りあいの佐栗興堂派理事が出てくるのでありました。万太郎は同じように座礼するのでありましたが、こちらの方は万太郎の事をあまり認知してはいないようで、無表情の儘で立礼を返されるのみでありました。
「それじゃあ、総士先生、寄敷先生、鳥枝さん、向後よろしくお願い致します」
 玄関で靴を履いた佐栗理事が廊下に並んで正坐した是路総士と鳥枝範士、それにやや下がった位置に座した寄敷範士にそう云って頭を下げるのでありました。
「委細承知しましたよ。この件は花司馬にも伝えておきます」
 鳥枝範士が手を上げて了解の意を伝えるのでありました。
「花司馬君も、鳥枝さんの恩義に助けられましたな」
「なあに、その分これから、たっぷりと働いてもらいますからなあ」
 鳥枝範士はそう云って笑うのでありました。「じゃあ、また近い内に一杯やりましょう」
「では、私は明日広島に戻りますが、また近々書面を携えて上京致します。その時はまたお邪魔させていただきますし、その間は事がスムーズに運ぶように、直接こちら様へ電話なり手紙なりで頻々と連絡を入れさせていただきますので、よろしくお願いいたします」
 須地賀志部長が是路総士にお辞儀するのでありました。
「判りました」
 是路総士はそれだけ云って一つ頷いて見せるのでありました。
 来間が土間に降りて靴を履いた二人から靴箆を受け取り、万太郎は玄関引き戸を開けて先ず自ら外に出て、そこで二人の来客が出てくるのを待つのでありました。門柱の脇で万太郎と来間は二人を見送るのでありましたが、須地賀支部長は数歩離れた後ふり返って、武道家らしく万太郎と来間に律義に礼をするのでありました。
 その様子を見た佐栗理事は同じようにふり返って、うっかりしたと云った風情で、須地賀志部長の真似をして万太郎と来間に礼を送って寄越すのでありました。こちらは武道家と云うわけでもないので、それ程礼容に頓着しないような様子でありましたか。
「折野、後であゆみが帰ったら、二人でこっちに来い」
 来客を無事見送った報告に行くと、鳥枝範士が万太郎にそう云うのでありました。
(続)
nice!(15)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

お前の番だ! 384 [お前の番だ! 13 創作]

 あゆみはそれから程なくして小金井の出張指導から帰ってくるのでありました。万太郎とあゆみはすぐに師範控えの間に向かうのでありました。
「二人共腹が減っているだろうが、まあ、済まんが暫く我慢しろ」
 鳥枝範士が別に済まなさそうにでもなく、座敷に入った二人に声をかけるのでありましたが、あゆみは帰ったばかりで食事をしていないし、万太郎もあゆみが帰ってから来間と三人でと思っていたから、未だ夕飯は済ましていないのでありました。因みに是路総士と鳥枝範士、それに寄敷範士は来客と一緒に出前の寿司を既に食していたのでありました。
「興堂派の広島支部が、支部ごとウチに所属を鞍替えする事になった」
 鳥枝範士が先ずそう告げるのでありました。これは万太郎も、須地賀支部長がこの日総本部を来訪した時点で、既に予測していた事でありました。
「その手続きのため、今日いらしたのですか?」
「いや、正式な登録申請は未だだ。今日はその打診と云うところだな」
「第一、筋から云えば、先ず興堂派に離脱を認められてから後だな、こちらへ入るのは」
 寄敷範士が後を続けるのでありました。
「ああそれで先程、須地賀支部長が一旦広島に戻るけど、また近々書面を携えて上京する、と玄関でおっしゃっていたのですね?」
「そう云う事だ」
 鳥枝範士が肯うのでありました。
「その書面と云うのが、興堂派への離脱届けと云うわけですか?」
「そう云う事だ」
 鳥枝範士は同じ言葉を繰り返すのでありました。
「いよいよ予想していた激震が、興堂派に起きると云う事ですか?」
 あゆみが訊くと今度は鳥枝範士は無言の儘、しかつめ顔で頷くのでありました。
「須地賀さんの云うところに依れば、広島支部と岡山支部、それに徳島支部の三支部が統一して行動を起こす了見のようだな」
 寄敷範士が具体的な補足をするのでありました。
「三支部が足並みを揃えて、ですか?」
 あゆみが少し驚くのでありました。
「そうだ。それに広島支部が頭抜けて大所帯だが、岡山も徳島もそこそこ大きな支部ではあるから、中国四国地方の他の支部にも同調するような動きが出るだろうと云う話しだ」
「それだけではなく、三支部が離脱したと云う消息を聞けば、九州も関西にある支部にも、いや恐らく、日本全国にある支部にも離脱の動きが急激に波及するかも知れんな」
 今度は鳥枝範士が補言するのでありました。
「それは、興堂派の存亡に関わるような事態、と云う事ではないでしょうか?」
 万太郎は事の深刻さを思って、少しばかりたじろぎの声になるのでありました。
「そう云っても過言ではなかろうな」
 鳥枝範士は瞑目して、今度は二度も三度も頷くのでありました。
(続)
nice!(19)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

お前の番だ! 385 [お前の番だ! 13 創作]

「でも興堂派を離れた支部が挙ってこちらに移ると云うような事態になれば、まるで総本部が興堂派のゴタゴタに乗じて、あちらの支部に秘かにコンタクトを取って指嗾して、ごっそり横奪したと云う風に興堂派は勘繰るのではないでしょうか?」
 あゆみがありそうな懸念を表明するのでありました。
「いや、これはあくまでも興堂派内での反乱現象だ」
 鳥枝範士は無表情でそう云い放つのでありました。
「それはそうでしょうが、しかし興堂派を離れた支部が悉くこちらに移るとなると、裏で総本部が策動したと勘繰られる恐れもあると思うのですが?」
「興堂派が自ら招いた支部の離反であり、その支部が我が総本部に自分達の方から頼ってきたと云うのが、この事態の加減のない見取り図でもあり真相でもある。依って、我々には何の後ろ暗いところもないし、あらぬ云いがかりをつけられる筋あいもない」
「そうには違いないでしょうけど、そうすんなりと興堂派が受け止めるでしょうか?」
「興堂派が受け止めなくとも、世間の大方はそう納得する」
 鳥枝範士はあくまでも強弁するのでありました。「それに興堂派、と云うよりは威治に幾ら恨まれようとも、それはお門違いの恨みつらみと云うものだと、こちらは毅然として云い放っておけば良い。どこまでも理は向こうにはない」
「威治筆頭範士は恐れるに足らずとも、後ろにいる会長が黙っているでしょうか?」
 これは万太郎の疑問でありました。
「曲者ではあるが、アレは娑婆での自分の評判を神経質に気にする政治の世界の人間だ。理のないところで無理を通そうとたら、逆にそれ相応の傷を自分が受けると云うところは心得ているだろうよ。だからこの件ではそう好き勝手にふる舞う事は出来まい」
「しかし曲者で、政界の寝業師の異名を持つのですから、無理を無理と見せずに押し通すだけの、妙法のあれこれを心得ているのではないでしょうか?」
「ま、その妙法とやらが有るのなら、お手並み拝見と云うところだな。何やら如何わしい手練手管を弄しようとするなら、こっちにもヤツに対抗できるような政治家の伝はある。噂によればアレも金絡みで相当際どい辺りをうろついてきた男のようだから、その辺りの弱みを嗅ぎつけている、アレに好感を持たない輩もウジャウジャいるだろうからな」
 鳥枝範士は万太郎に自信たっぷりに笑んで見せるのでありました。これは鳥枝範士の、鳥枝建設会長と云う実業家の口が云わしめるところの自信の表明でありましょう。
 確かに鳥枝建設を現在の規模まで大きくしてきたのは、この万太郎の目の前に居る鳥枝範士でありました。でありますから鳥枝範士は、それは興堂派会長に匹敵するような、いやひょっとしたらそれ以上の大物政治家の伝も、屹度持っているのでありましょうし、この辺りに関しては万太郎の窺い知れない、鳥枝範士のもう一つの顔でありますか。
「総士先生は、興堂派の支部が挙ってこちらに移って来ると云うような事になったら、如何がご対処されるおつもりなのでしょう?」
 万太郎は是路総士に言葉を向けるのでありました。
「そうだな、・・・」
(続)
nice!(9)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

お前の番だ! 386 [お前の番だ! 13 創作]

 是路総士はそこで少し間を取るのでありました。「宜なる哉、と云うところかな」
「と、おっしゃいますと?」
 万太郎は少し身を乗り出して是路総士の顔を窺うのでありました。
「まあ、それはそれで尤もな動静であると云う事だ」
「つまり、そう云う事態を抵抗なく受け入れる、と云う事でしょうか?」
 是路総士は一つ頷くのでありました。
「興堂派との間に陰鬱な摩擦が生じると予想されても尚、と云う事でしょうか?」
 万太郎がそう質問を重ねると、是路総士はまた一つ頷くのでありました。
「考えてみれば、常勝流は常勝流として、出来るのなら一つに纏まった方が良い」
 万太郎はこの是路総士の放った言葉にたじろぎを覚えて、その顔を凝視して仕舞うのでありました。つまりこの言葉は、興堂範士とは長い間何の蟠りもないようにつきあいながらも、しかし心根の深いところでは、総本部から独立したその仕業に不快を抱き続けてきたのだと云う是路総士の思いの表明として、万太郎には聞こえたがためでありました。
「興堂派が解体するとしても?」
 言葉を滞らせた万太郎に代わって、あゆみがそう訊くのでありました。
「ま、そうだな」
「道分先生の威名を、先生が興した興堂派と云う組織に依って世に残す、と云う形を取らなくても、それはそれで構わないと云う事?」
「道分さんの名前と事績は、常勝流武道と云う本流の中で確固として輝く事になる」
「道分先生の興堂派、と云う流派は、先生の上天と伴にこの世から消えても良いの?」
 あゆみのこの質問には是路総士に代わって寄敷範士が応えるのでありました。
「常勝流興堂派には、云ってみれば道分先生のファンクラブ、或いは後援会と云った様相が、出来た当初から色濃くあったからなあ。そう云う意味では、道分先生がこの世から去られた後には、その存在理由も大半なくなったと云えるかも知れない」
 この寄敷範士の言には、万太郎も頷くところがあるのでありました。興堂範士あっての興堂派であり、威治筆頭範士がそれを継ぐと云うのは、何やら事柄に落ち着きが得られないように感じているのも、確かに一方の実感ではありましたか。
「昔、道分先生は興堂派と云う別派を興す気は、元々なかったとお聞きした事がある」
 鳥枝範士が話し出すのでありました。「これは道分先生から直に聞いた話しだ。しかし取り巻きや有力な後援者が強引に勧めるものだから、先生も竟に嫌とは云えなくなった」
 鳥枝範士はそう云ってあゆみの顔を見るのでありました。
「戦後暫くの間は、門下生もあんまり集まらないで、武道一本で食っていくのは大変な時代だった。特に古武道の世界ではそれが顕著だったなあ」
 是路総士がそんな事を俄かに話し出すのでありました。「後援してくれる人が何かを勧めてくれるのなら、その人がそれを勧める了見に多少の疑いがあったとしても、武道を続けるためにはその勧めに乗るしか方便の道はなかったのだよ。卓越した技量と人懐っこさで他の武道家よりは多少世に知られていた道分さんとても、それは同じだったろうよ」
(続)
nice!(18)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

お前の番だ! 387 [お前の番だ! 13 創作]

「道分先生は総士先生に対して、後ろめたい思いがずっとあったろう。自分はあくまでも常勝流総本部道場の一範士であって、総士先生の下で武道を為していく心算でいたにも関わらず、独立して総本部から自由になった方が色々な可能性が開ける、とか指嗾するヤツ等が大勢、道分先生の周りにはいたんだ。そんな奴原はその方が道分先生を自分たちの自由に動かせるから、これは商売になるかも知れないと、大方そんな魂胆だったろうよ」
 鳥枝範士が後を引き取るのでありました。「道分先生はそんな奴等の魂胆が判ってはいただろう。しかしまあ、恩義ある後援者の大方がそう勧めるから逆らえなかったわけだ」
「その辺りの事情は総士先生も充分お判かりになっていた」
 今度は寄敷範士が後を続けるのでありました。「だから総士先生は道分先生の独立を、何もおっしゃらずにあっさりとお認めになったんだ」
「まあ、そんなにあっさりとはしてはいなかったのですがね、本当は」
 是路総士はそう云って笑うのでありました。「道分さんの独立が常勝流にとってどう作用するかは未知だったし、代々の宗家に対して申しわけが立つかどうかと、あれこれ煩悶はしましたよ。しかし独立すると云うのを強いて止めても結局は詮ない話しでしょうし」
 万太郎は興堂範士の独立の経緯を聞いて、成程と納得するところがあるのでありました。どだい、どうして同じ常勝流を名乗っているのに、興堂範士が独立した会派を率いているのかが、実際のところ万太郎には上手く呑みこめていなかったのでありました。
 要するに興堂範士が常勝流総本部の一範士でありたくとも、周りがそんなところに収まっているのを許さなかったと云う事でありましょう。興堂範士の贔屓筋にしてみれば、幾ら宗家の血筋とはいえ、書道の楷書のような、大衆受けしない技に拘る是路総士よりも、遥かに興堂範士の方が光彩を放っているように見えていたのでありましょう。
 ならば何時までも是路総士の風下に立って、宗家を盛り立てる役目に甘んじている必要なんかはないと云うものであります。それよりもこの際きっぱりと独立して常勝流宗家の影響から自由の身になる方が、興堂範士の更なる社会的飛躍が得られるだろうと考えるのは、まあ、是路総士の云い草ではないけれど、宜なるかな、と云うところでありますか。
 で、興堂範士は結局独立の道を選んだし是路総士はそれを、内心の煩悶は別にして、快く許したと云う体裁が現出したと云う事でありますか。円満に事を収めたが故に、その後も是路総士と興堂範士の繋がりは切れる事なく続いたのでありましょう。
 是路総士に煩悶があったと同じく、当然興堂範士の方にも、是路総士に対する負い目が生じた事は想像出来るのであります。だから興堂範士は決して是路総士を軽視する事なく、寧ろ独立前よりも恭しく、律義に矩を超える事なく接したと云うのは、興堂範士の飄々としていながらもしっかり義を守るその性格から、これも想像に難くないのであります。
 常勝流興堂派として独立はしたものの興堂範士があくまで、常勝流、と云う流名を棄てなかったのは、自分が先代宗家から受けた薫陶や、当代是路総士から施された恩恤を忘れないための自戒であり、自分の出自を隠す事なくはっきり表明する心胆がそこにあったと万太郎は思うのでありました。是路総士もその興堂範士の言葉に表す事のない健気な心根に感じて、麗しくも前よりも一層の敬意を以って接したと云う経緯でありましょう。
(続)
nice!(18)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

お前の番だ! 388 [お前の番だ! 13 創作]

「まあしかし、実際の話しとして、道分さんが独立して何方かの伝でテレビや雑誌なんかに取り上げられて持て囃されたり、著名な格闘家やスポーツ選手に常勝流の指導をしたりして華々しく活躍すると、こちらにもその余沢が波及してきましたからなあ」
 是路総士はそんな話しを続けるのでありました。
「いや確かに、あの道分先生の遣う常勝流と云うのは、一体どのような武道なのかと娑婆の興味を引けば、その本家たるこちらにも関心を持つ向きも当然出てきますから」
 鳥枝範士が表情をやや緩めて頷くのでありました。
「総士先生もテレビに出演された事がありましたなあ」
 寄敷範士も懐かしそうな顔をするのでありました。
「そうそう。道分先生と総士先生が一緒に出演して、夫々の演武を見せるとか昔の修業時代の話しをするとか、確かそう云う企画だったかな」
「その時の総士先生の受けを取るために、私もその番組に出させてもらったよ」
 寄敷範士はやや自慢気な顔をするのでえありました。
「ああそうだったかな?」
「そうそう。あの時は確か鳥枝さんは仕事の都合で出演出来なかったんだ」
「そうかそうか。そうだったなあ。それから、武道とは何の関係もない、女性雑誌の取材なんぞも来た事があったなあ。あれにはワシも写真で出演したぞ」
「鳥枝さんが写真に出たから、あの号はあんまり売れなかったらしい。余りにも鳥枝さんの顔が厳つくて、大半の女性読者が敬遠したと云う話しだ」
 寄敷範士がそんな冗談で鳥枝範士をからかうのでありました。
「まあ、兎も角、興堂派と云う流派は道分さんと云う、卓越した技の遣い手であり、それにその強烈な個性があってこそ、流派としての異彩を放てたのかも知れない」
 何となく、急に和やかになって仕舞った話しの舳先を、その切かけを作った筈の是路総士が本筋の方にやんわりと戻すのでありました。
「確かにウチのような代々続いているところとは違って、新興の流派はそれを興した初代が亡くなると、存立自体が一気に危うくなると云う宿命がありますなあ」
 寄敷範士が是路総士の軌道修正に従うのでありました。
「特に二代目が虚け者となると、目も当てられない」
 鳥枝範士も主題に復帰する様相でありました。「道分先生の威名を貶めないためにも、いっその事興堂派は、ここでバラけた方が良いのかも知れないな」
 つまりここで、先程の、常勝流は常勝流として一つに纏まった方が良い、と云う是路総士の腹積りへと話しは戻るのでありました。万太郎にとってそれが意外の発言であり、是路総士が初めて見せる冷厳で鳥肌立つほどクールな一面であったとしても、常勝流宗家の意向であるからには絶対の趣があると万太郎は思い知るのでありました。
 興堂派広島支部が威治筆頭範士に三下り半をつきつけて、その足で総本部に加盟を願い出れば、いよいよ総本部が興堂派のゴタゴタに介入する端緒が開くと云う事になるのであります。万太郎は一先ず、気の重さを脇に置かなければならないでありましょう。
(続)
nice!(8)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

お前の番だ! 389 [お前の番だ! 13 創作]

 具体的な方法として、広島支部の加盟届けを受け取った時点で、先ずは威治筆頭範士に総本部に出向くようにと、是路総士名で招請をかけると云うのをきっかけとするようであります。威治筆頭範士が素直に出向けば、この間の興堂派の稽古実態の変更に対して問い質し、別派とは云え常勝流と云う冠を戴く限りは、その無断の変更が常勝流宗家に対して何を意味するのか、不義には当たらないのかどうかを問い質す事になるでありましょう。
 まあ、その時の威治筆頭範士の出方にもよりますが、最終結果的には常勝流の名前の使用を認めないとして、つまり断交を迫り、断交したからには広島支部及びその他の興堂派支部の総本部への移籍を受理する旨通知すると云う手筈であります。勿論総本部としても断交したのでありますから向後一切、興堂派の動静には関知せずと云う事でもあります。
 威治筆頭教士が総本部の剣幕に怖じて招請に応じなければ、先に挙げた幾つかの問い質しが省略されるだけで、結果としては同じ事になるわけであります。威治教士が財団会長やその他の者を代理に立てたとしても、威治教士を相手にするよりは骨が折れるかも知れませんが、しかし結局総本部の意向は何ら変わらないと云う事であります。
 その折、あゆみは威治筆頭範士との陰鬱な経緯があるので、配慮から、同座しないでも構わないとされるのでありましたが、万太郎は総本部道場の運営の実質を担っているのでありますから、その場に必ず立ちあうように命じられるのでありました。まあ、大いに気の重い事ながら、万太郎はそれも自分の職分と思い切るのでありました。

 威治筆頭範士は財団会長と伴に総本部にやって来るのでありました。威治筆頭範士は終始何やら卑屈で落ち着きのない様子でありましたが、財団会長の方は玄関での挨拶や靴の脱ぎ方、案内のされ方等、言葉つきこそ礼を弁えた風ではありますが、物腰の端々、人を見る目つきに隠し様のない尊大さがあるように万太郎には見えるのでありました。
 二人を師範控えの間に招じ入れると、来間がすぐに奥から茶を持ってくるのでありました。しかし来間が引き取った後も、来間と然して変わらない軽輩と思いなしている万太郎が居残っているのを、威治筆頭範士は訝しそうに見ているのでありました。
「折野は今では総本部の運営に深く携わっているので、ここに同席させます」
 是路総士が威治筆頭範士に静かに云うのでありました。その言葉つきは静かで丁寧ではあるものの、威治筆頭範士に有無を云わさぬ威圧があるのでありました。
 万太郎は威治教士に、それから会長の方にも無表情の目礼を送るのでありました。客人にそのような不謹慎は今まで働いた事はないのでありますが、これは二人が来る前に鳥枝範士から、必要以上の愛想や狎れは示すなと云い含められているからでありました。
「さて今日態々調布まで来てもらったのは、一昨日、威治君のところの広島支部長がウチに尋ねて来て、興堂派を離れたのでウチの方に加盟したいと願ってきたからです」
 早速に是路総士から件の話し通りの詰問が威治教士に投げかけられるのでありました。時候の挨拶やら足労への詫びやら近況の交換やらの和やかな出だしをすっかり省いて、すぐに用件を持ち出す辺りに、是路総士の不快を先ず示したと云うところでありましょうが、果たして威治教士にそれが伝わったのかどうかは判然としないのでありました。
(続)
nice!(16)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

お前の番だ! 390 [お前の番だ! 13 創作]

「ああ、広島の須地賀さんならウチにも来ましたよ」
 威治筆頭範士はごく普通に何の気なくそう応えるのでありましたが、是路総士はその後すぐに次の言葉を継がずに、やや間を取って、その間威治教士の顔を呆れたように見据えるのでありました。是路総士の表情の不穏さに気づいて、威治筆頭範士は、覚えもなく何か拙い事でも口走ったかしらと云うたじろぎを隠せないでいるのでありました。
「須地賀さんは威治君の兄弟子で目上に当たる人なのだから、来ましたよ、ではなく、いらっしゃいました、と云うべきでしょう。そのくらいの作法は好い加減弁えなさい」
 是路総士はそんな風に云いがかるのでありました。全くの子供扱いでありますが、是路総士はこれまでに威治筆頭範士に向かって、いや誰に対してもそのような意地の悪い対応はした事がなかったので、万太郎は無表情を守りながらも少しく驚くのでありました。
「ああ、どうも。・・・ウチにも、・・・いらっしゃいました」
 威治筆頭範士がオドオドと云い直すのでありました。是路総士はその威治筆頭範士の様子を見下ろすような目つきで暫く見て、恐らく威治筆頭範士が自分の威にすっかり呑まれているのを冷静に確認して、それから徐に言葉を続けるのでありました。
「須地賀さんの話しでは、今の興堂派本部は道分さん、つまり君のお父さんだが、そのお父さんの稽古方針が全く守られていないと云う事だったが?」
「まあ、前に比べれば少しは変えていますが。・・・」
「少しどころの変更ではないと云う話しだったぞ」
 これは横手から鳥枝範士が被せるように云う詰問口調でありました。
「自分なりに、考えての事です。・・・」
「お前如きが、道分先生がずっと続けられてきた方針をお手軽に変更出来るのか?」
 鳥枝範士は元々声が大きいので、頭ごなしに怒鳴りつけているような風であります。
「まあ、待ってくださいよ」
 会長が威治筆頭範士の窮状を見かねて口を挟むのでありました。「何やらまるで、ウチの筆頭範士を寄って集って吊し上げていると云った雰囲気ですな」
「ああそうですか。そう云った辺りも、承知の上で、でありますな」
 鳥枝範士は会長の対抗的な目に、一層の挑むような眼光を投げるのでありました。万太郎には二人の視線のぶつかりに、本当に火花が飛び散ったのが見えるのでありました。
「鳥枝さん、でしたかね、では貴方にお聞きしますがね、常勝流の稽古には創意とか工夫とか云ったものは必要としないのですかね?」
 会長は鳥枝範士の眼つきに辟易して一旦そっぽを向いて、また目線を徐に戻して訊くのでありました。天敵同士が正念場で眼光の強さを競いあっているような按配であります。
「常勝流では決められた数本の基本動作を稽古の最初に行うが、これは常勝流の武技を支えるための体を創るためのもの。次に単独の当身法を行うが、これは当身の正確さや威力を養うと云う眼目の他に、当身をどのような体勢から繰り出しても、それが自分の体の芯に影響しないようにするための、これも体の創造のためのもの。それからそうやって養った体の強さを基盤として、組形、つまり約束稽古で武技の要領とその理を習得して、・・・」
(続)
nice!(17)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

お前の番だ! 391 [お前の番だ! 14 創作]

「まあまあ、少しお待ちなさいよ」
 そこまで聞いて、会長が掌を鳥枝範士の前に突き出して見せるのでありました。「そんな御託を聞きたいのではなく、創意とか工夫とかは必要ないのかと訊いているのですよ」
「御託ですと? ・・・まあ、良い。だからそれにお応えするために、態々懇切丁寧に喋っておるのです。そもそも会長さんは常勝流の稽古をしたことがおありなのですかな?」
「いや、実技の方は財団会長の職分とはまた別ですからねえ」
 会長は、それがどうした、と云うような、ふてた云い方をするのでありました。
「ああそうですか。別に財団会長だからって稽古をしてはいかんと云うわけではないのだから、常勝流の理解のためにもおやりになっては如何ですかな。まあ、それは兎も角として、ならば常勝流興堂派の会長であるのだから、常勝流と云う武道の考え方とか、道分先生が如何に修行してそれを身につけられたかとか、ちゃんと勉強されたのですかな?」
 会長は不機嫌そうに、首を縦に動かさずに鳥枝範士を睨むのでありました。
「勉強されていないようなら先ず、創意や工夫と云うものが常勝流にとって如何なるところにあるのかを理解するためにも、ワシの話しを仕舞までお聞きにならんといけませんな。お気軽に浮世の義理だけで、事の序に会長職を引き受けられたのではありますまい?」
「当たり前です」
 会長の言葉つきには不機嫌さがいや増しているのでありました。
「いいですかな、そもそも常勝流という武道は幕末の剣士であった是路殷盛先生を開祖として、この殷盛先生が剣術の理合いを元にそれに創意工夫を加えられて体術の体系を編み出され、それを明治初頭に常勝流として世に出された武道なのです。ところで今の話しの中で、ワシが、殷盛先生の創意工夫、と云ったところに先ず注意していただきたい」
 鳥枝範士はそう云って咳払いをするのでありました。「このようにして創始された常勝流も、昔は徒に強さを競った時代もあったが、それでは身体能力の高い者は伸びるが、習う大方の者が身につけるというわけにもいかん。依って当代是路総士先生が宗家となられてから、常勝流の稽古体系に理論的で、運動学的方法論に裏打ちされた創意工夫を加えられて、出来るだけシンプルに、出来る限り個別合目的的に、出来る限り普遍的に、万人の納得出来る、極めて魅力的なる一大体系として大いなる努力の末に整理されたのです。この話しの中でもワシが、創意工夫、と云う言葉を使ったのを再度注意していただきたい」
「要するに何を云いたいのです?」
 会長は鳥枝範士の長広舌に辟易したといった表情をして見せるのでありました。
「まあ、そう苛々しないでもう暫く黙ってお聞きなさい」
 鳥枝範士が落ち着き払ってこう云うのは、あくまでもこの後も暫くは滔々と弁を展開し続ける心算のようであります。「この当代総士先生のご努力の甲斐あって、常勝流は数ある古武道の中でも秀でて門下生が多い、秀でて現代的な理論性を有した武道と変貌したのです。云わば一古武道が現代的存在意義を獲得したのです。さてこの現代性とは、・・・」
 鳥枝範士のこの、意識的にそうしているのであろうまわりくどい話しは、これから興堂範士の、創意工夫、の逸話等も織り交ぜて、未だ々々当分の間続くのでありました。
(続)
nice!(21)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

お前の番だ! 392 [お前の番だ! 14 創作]

「もうそのくらいで結構ですよ」
 竟に会長の我慢の限界が訪れるのでありました。「貴方がそうやって独擅場に喋り散らしても、私に云いたい事が何なのかさっぱり判りませんねえ」
「つまりですなあ、創意工夫、なんと云う言葉は、今の話しで紹介したような、人に倍する努力と、秀でた先見性と、それを消化出来るだけの論理能力を後ろに秘めていて初めて使える言葉であってですなあ、そこの憖じいにしか稽古もしてきていない、常勝流の稽古をさして好きとも思われぬ、盆暗二代目如きに当て嵌まる言葉ではないと云う事ですな」
 鳥枝範士はそう云い放って威治筆頭範士を睨むのでありました。その眼光の強さに思わずたじろいで、威治筆頭範士は怖じ々々と下を向くのでありました。
「他派の筆頭範士に向かって、それは云い過ぎでしょう」
 会長は鳥枝範士の眼光の強さに呑まれたように、只管怯んだ様子の隣に座る威治筆頭範士に苛立ってか、一人で声を荒げるのでありました。
「他派の筆頭範士だか何だか知らんが、常勝流の中ではワシの後輩弟子には違いない。兄弟子弟弟子、先輩後輩の間柄は武道界にあっては厳に尊重すべきものでしてな、稽古もした事がない会長さんには判らないかも知れないが、その辺は弁えているよな、威治?」
 鳥枝範士にそう声をかけられて威治筆頭教士は上目で反射的に鳥枝範士を見てから、またすぐに下を向くのでありました。その仕草はまるで頷いたように見えなくもないのでありましたが、まあ、頷いたわけではないでありましょう。
「私が、創意工夫、と云ったのは」
 会長が仕切り直すのでありました。「何でも試してみると云う事で、それも丸きり無意味ではないでしょう。若し間違いだと判ればすぐに改めれば良いだけですからな」
「その間違った試みで、無駄に時間を取られる門下生の方は堪ったものじゃない」
 鳥枝範士は一歩も引かぬのでありました。「これまでの長い常勝流の稽古の中で自ずと、それに当代是路先生のご努力で創意工夫された、最も合理的で、最も効率的な稽古法が確立されていると云うのに、その地道な稽古法が嫌さに、大向うに迎合してお手軽にスポーツ感覚を持ちこむのは、常勝流の技法を崩す行為に他なりませんな」
「しかし、普及と云うところでは、そう云う稽古法もあるのじゃないでしょうかね?」
「崩れた技法を普及して、一体何の意味があると云うのでしょうかな?」
 鳥枝範士は会長の言を歯牙にもかけないような云い草をするのでありました。
「底辺を広げると云う事にはなるでしょう。常勝流を愛好する人が増えて、その中から本格的に稽古したいと云う者が現れれば、それはこちらの正真正銘生一本、ガチガチの正統派一本槍を気取る総本部で稽古しようと云う者も出てくるでしょう。そうなればこちらにも入門者が増えると云う事になって、大いに結構な事ではないですか」
 会長はやや揶揄の色あいを籠めた口調で云うのでありました。
「人数だけを只管集めるのが底辺の拡大とは思えませんな。そうやって広がった底辺の、間違った了見を正すのはこちらに圧しつけると云うのは、慎に無責任な話しですな」
 この鳥枝範士の言葉に、会長はほとほと辟易したような顔をするのでありました。
(続)
nice!(14)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

お前の番だ! 393 [お前の番だ! 14 創作]

「ま、確かに、それも一方の正論ではありますかな」
 会長はここで一旦、満更自分が話しの全く判らない人間ではないところを見せて、なかなかに懐が広い辺りを示そうとするのでありました。「しかしこの威治君とてお父さんから今まで厳しい稽古をつけて貰って、まあ未だ途上かも知れませんが、立派な後継者として立とうとしているのです。もっと温かい目で見てやっても良いのではありませんか」
「勿論、威治君が興堂派の後継者として道分さんの遺志を継ぐ気があるのなら、こちらも大いに後援したいところですが、今の威治君の稽古のやり方とか、支部への態度を見ていると、何やら道分さんの遺志とはまるで違う方に顔が向いているように見えます」
 今まで黙っていた是路総士が鳥枝範士に代わって云うのでありました。こちらの方が少しは話しがし易いかと踏んだのか、会長は是路総士の方に顔を固定するのでありました。
「総士先生は威治君を前から知っておられるから、それは未だお眼鏡に叶わないところもあろうけど、先代の興した興堂派をより立派にしたいと一心に思っている点は、充分お判りになっておられるでしょう。先程そこの鳥枝さんが云っていたけれど、道分先生の進取の精神の継承と云う事で、もう少し目線を緩めて見守っていただくと有難いですなあ」
「しかし、事には程と云うものがあります。一心の思いからだとしても冷静に程を弁えていないと、徒に多方面との間に摩擦を引き起こして、結局遺志を裏切る事にもなります」
「今が、総士先生の云われたような、威治君の危うい時期なのではないでしょうかな?」
 これは寄敷範士がこの場で初めて喋る言葉でありました。「畏れながら云わせて貰えば、会長さんの職務はそこを見極めて威治君を冷静にサポートする事と愚考しますがね」
「まあ、常勝流について知識も稽古経験も興味もないから、出来ない相談かも知れんが」
 鳥枝範士が無愛想な顔で、挑発的な事をまたすぐその後に云い添えるのでありました。
「こうやって聞いていると、お三方は威治君を全く評価してはおられないようですな」
 会長が憤然とした様子を見せるのでありました。「しかし威治君はお父さんと二人だけで、普通の稽古以外に色々と厳しい跡継ぎとしての体術等の稽古を積んできた男ですよ」
「ほう、そんな事は初めて聞いた。それは道分先生にお聞きになったのですかな?」
 鳥枝範士は大袈裟に驚いて見せるのでありました。
「いや、威治君本人から聞いた事です」
 会長はそう云って隣に座る威治筆頭範士を見るのでありました。しかし威治筆頭範士は俯いたままで頭を持ち上げないのでありました。
「おい威治、お前道分先生から何時、二人だけで稽古をつけて貰っていたんだ?」
 鳥枝範士が片頬にからかうような笑いを作って、詰問口調で問うのでありました。
「・・・まあ、その日の稽古が全部終わった後とか、道場が休みの日とか、・・・」
 威治筆頭範士はそう云う時だけ上目遣いに顔を起こしているのでありましたが、云い終るとすぐにまた下を向いて仕舞うのでありました。
「お前、稽古が終わると誰よりも早く道場から逃げるように退散して、仲間と何処かに遊びに行っていたんじゃなかったか? 前に道分先生がお前のそんな了見を、よく零していらしたぞ。彼奴は厳しい稽古が世の中で何よりも億劫らしい、とな」
(続)
nice!(18)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

お前の番だ! 394 [お前の番だ! 14 創作]

「鳥枝さんは、先代と威治君の間にあった事の逐一を、総て知っているわけではないのだから、そんな事を断定的に云えるものではないでしょう。貴方の知らないところで、二人だけの、継承者のみに伝授する技の特別の稽古があったかも知れないしじゃないですか」
 会長は体面上、あくまでもそう強弁するのでありました。
「あったかも知れないし、なかったかも知れない。会長さんも威治からの一方通行の話しとしてそれを聞いただけで、道分先生に確認したわけでのないでしょうよ」
「それは、そうだが。・・・」
「おい威治、お前、会長が知らないのを良い事に調子の良い法螺を吹くんじゃないぞ。お前が今までどんな態度で稽古に臨んできたのか、内部の者で知らない人間はいないんだからな。こちらにもちゃんとお前の典型的な盆暗息子ぶりが逐一伝わっているんだぞ」
 そう云われて威治筆頭範士は顔を起こして鳥枝範士を睨むのでありましたが、鳥枝範士の迫力に対抗出来る筈もなく、また力なく気後れ気味に項垂れて仕舞うのでありました。会長はその威治筆頭範士の様子を、苦々しそうに横目で窺っているのでありました。
「しかし威治君は興堂派では実力随一です。私が見る限り道分先生の在りし日の演武されるお姿に、時にドキリとするぐらい似ているところがありますよ」
「似て非なり、と云う言葉もありますな」
 鳥枝範士は恬として全く取りあわないのでありました。
「非かどうかはまだ誰にも判らないでしょう。何より、まあ、そちらには異議があるようですが、この威治君は長年道分先生の薫陶を得てきたのですし、何より血を受け継いでいるのですから、将来お父さん並みの武道家に変貌する資質は充分と云えるでしょう」
 会長は是路総士に向って未だ強情に云い募るのでありました。
「血の事をおっしゃるのなら、威治君のお兄さんとて条件は同じ事になります」
 是路総士はそう云って会長の言を一笑に付すのでありました。「お兄さんは武道とは全く無縁に生きてきた人で、どちらかと云うと学究肌で運動は苦手でした。それが道分さんの血を受けているからと云って、あんまり好きでもない武道に気が向かない儘これから臨んだとしても、お父さんを凌ぐ立派な武道家になれる確率はかなり低いと思いますよ」
「要は武道に熟達するためには、血筋とか才能よりも稽古量が絶対だと云う事ですな」
 鳥枝範士が続けるのでありました。「その稽古量を保証するのが、武道が何よりも好きだ、と云う心根でそれが今一つの絶対条件ですな。他にまともにやれるものがないから仕様がないので武道をやっていると云うような魂胆では、大成する筈もないし、道分先生の域に達する事は地球が右回りしても無理だ。この道はそんな甘いものじゃないですな」
「要するにそちらとしては、威治君を全否定なさると云う事ですね」
 会長はこれ以上の話しあいは無意味と判断したようで、結論を急ぐのでありました。
「全否定ではありません。今現在の興堂派の運営の仕方を否定しているのです。支部に対して、興堂派の方針と組織が全く揺らいでいないところを顕示するためにも、稽古上のつまらない外連を排し、道分さんが長年やっていた元通りの様態に復して、威治君がその中で将来の大成を期して精進すれば、それが結局道分さん偉業を継ぐ事になるでしょう」
(続)
nice!(18)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

お前の番だ! 395 [お前の番だ! 14 創作]

「威治君が、総士先生が今云われたようなところを真摯に改めて、今後常勝流の正統な稽古に邁進してくれれば、総本部としては威治君を盛り立てていく用意はあるのです」
 是路総士の言の後に、寄敷範士が発言するのでありました。「古い道分先生のお弟子さんで広島支部の須地賀さんが興堂派からの離脱を決意したのも、その辺りの不安や不満があったからでしょう。今までの流れとは全く趣を異にする独自の方針なんかを、代替わりしたからと云って性急に打ち出さないで、興堂派内が安定するまで、道分先生のやられていた方針を堅持して、もっと地道な流派運営を心がけると云うなら、どうして総本部が後援しない事がありましょうか。総士先生は、要するに、そうおっしゃりたいのです」
「成程ね。それなら将来なら、威治君の新方針を打ち出しても構わないのですね?」
「興堂派が落ち着いたなら、と云うのが大前提です」
 寄敷範士が頷くと是路総士も一緒に頷くのでありました。
「しかしあくまでも、常勝流の流儀を疎かにしない、と云うのも大前提ですな」
 鳥枝範士が云い添えるのでありました。
「ああそうですか。しかしどうも引っかかるのは、同じ常勝流を名乗っているとは云え、全く独立した別会派に対して、どうしてそこまで総本部が介入出来るのですかな?」
 会長の言は、何やら云いがかりめいてくるのでありました。
「同じ常勝流を名乗っている、からですよ」
 鳥枝範士が如何にも無愛想に、さも当然、と云った云い方をするのでありました。
「こちらが常勝流の宗家でいらっしゃるから、興堂派の逐一に対してもあれこれ煩く意見を差し挟めると云う判断ですかな?」
「興堂派にしても常勝流を名乗るからには、当たり前の事でしょう。総士先生を始め我々総本部門下は、常勝流と云う名を惜しむ者達でありますからな」
 鳥枝範士は勿体ぶってそう云ってから胸を反らすのでありました。
「じゃあ、常勝流と名乗らなければ何も云われる筋あいはないのですね?」
 今まですっかり小さくなっていて、そこに存在する事すら忘れられていたような観の威治筆頭範士が、急に顔を起こして、いやにきっぱりとそう云い放つのでありました。
「常勝流を名乗らなければ、勿論我々は何も口出しをしない。これも当たり前だ」
 鳥枝範士は威治筆頭教士を睨むのでありました。しかし威治筆頭教士は、今度は怖じて下を向く事なく、妙に血走った目で鳥枝範士を睨み返すのでありました。
「判りました。それなら今後一切、常勝流を名乗りません」
 威治筆頭範士の声はやや震えているのでありました。
「威治君、まあ待ちなさい」
 会長が慌てて取り成すのでありました。「そう云う事はここであっさりと云うべきではない。後で冷静に考えてみて、それからの判断としようじゃないか」
 会長としては常勝流の名前を使わない事が、興堂派にとって好都合か不都合か俄かには計量出来なかったので、一先ず即答を避けようとしたのでありましょう。会長は窘めた後で、威治筆頭教士の軽率を持て余すように不機嫌な顔をするのでありました。
(続)
nice!(14)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

お前の番だ! 396 [お前の番だ! 14 創作]

「まあ、威治君が常勝流の名前を棄てると云うもの、一つの判断ではありましょうな」
 是路総士が至極落ち着いた口調で云うのでありました。
「確かにそうなれば、無関係となった我々は興堂派の動静に何も関心を持つ必要はない」
 寄敷範士が頷きながら同調するのでありました。
「そうですな。常勝流でないのなら、細々と口出しする謂れは何もないし」
 鳥枝範士も頷くのでありました。
「三人揃ってそうおっしゃっているのだから、良いじゃないですか会長、我々は常勝流を敢えて名乗らなくても。その方がこちらもサッパリするし」
 威治筆頭教士は会長に云い募るのでありました。
「まあ、その件は後でゆっくりと考えよう」
 総本部の重鎮三人が、まるで常勝流の名前を棄てる事を威治筆頭範士に指嗾しているように感じて、会長は興堂派の名前から常勝流の冠を外すと何やらの不利益が生じるのかも知れないと、少し考えるような素ぶりをするのでありました。当人が、まあ、武道界のあれこれの事情に詳しくはないため、即断出来難いのでありましょう。
 ひょっとしたら常勝流の名前は、武道界に於いては、結構持て囃される利用価値の高い名前なのかも知れないし、そうなると簡単に棄てるのは惜しいと云うものであります。政界の寝業師は、実利と云うところに関してなかなか真摯なようであります。
「興堂派が常勝流と云う名称を流名から外すのなら、向後我々とは一切無縁となったと見做しましょう。そうなれば威治君が何をしようと勝手放題です」
 是路総士は威治筆頭教士の目の前に飴をちらつかせるような言葉、会長の不安をそそるような言葉を重ねるのでありました。
「そちらが勝手放題なのだから、こちらも遠慮なく自由にやらせて貰うぞ」
 鳥枝範士が威治筆頭範士をまた睨むのでありましたが、今度は何やら云い知れぬ不気味さを口の端の辺りに漂わせているのでありました。
「自由に何をやるのですか?」
 威治筆頭教士の声は対抗的な勢は辛うじて保って入るものの、その不気味さに撃たれたようにやや裏返って仕舞うのでありました。
「勿論、広島支部の総本部への加盟を認めると云う事が一つだ。他にそのような動きが出てきても、もう遠慮はしない。総本部に救いを求めてくるなら、どしどし興堂派の既存の支部も受け入れる。団体もそうだが、個人でこちらに移ろうとする者も同じだ」
 鳥枝範士が、自由、の一端を披露するのでありました。
「門下生や組織を興堂派から引き抜こうと云うのですか?」
「おい威治、気をつけてものを云えよ。総本部が何で引き抜きなんかする必要がある。救いを求めてくるなら、と云っただろう。こちらから働きかけをするのじゃない。そう云うのは云う迄もない道理だろう。お前のお得意の、手前勝手な勘違いをするな」
「だって、まわりくどく云ったとしても、結局同じ事じゃないですか」
「同じじゃない!」
(続)
nice!(20)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

お前の番だ! 397 [お前の番だ! 14 創作]

 鳥枝範士が威治筆頭範士を鬼瓦のような顔で睨みつけて声を荒げるのでありましたが、その後一転して会長の方に少し柔らかい視線を送るのでありました。「威治にはその辺の機微が何も判らないようだが、会長さんならちゃんと了解されますよな?」
 そう云われて会長は思わず頷くのでありました。しかし思わず頷いたのは拙かったと思い直したのか、その後で一言添えるのでありました。
「ま、あくまでもこちらさんに、何の策動もないと云う事が大前提ですがね」
「当たり前です。こちらは頼って来たのを、ただ受け入れるだけです」
 鳥枝範士は瞑目して頷くのでありました。「じゃあ威治、広島支部はウチが引き受けると云う事で良いんだな。まあ、ここでお前に断りを入れる必要もないんだが、一応念のために訊いておく。後になって下らんイチャモンをつけられても叶わんからな」
 鳥枝範士はまた威治筆頭範士の方に目線を向けるのでありました。
「広島の須地賀さんが、興堂派から総本部に移りたいと云うのなら、別にいいんじゃないですか。こちらも敢えて引き留める気もないし」
 威治筆頭範士はふてた云い方をするのでありました。
「威治君、そう云う云い方はやめなさい」
 是路総士がそれを窘めるのでありました。
「だって仕様がないじゃないですか、移りたいと云っているんだから」
「おい威治、総士先生に対してその無礼な口のきき方は何だ!」
 鳥枝範士がまたもや鬼瓦に変身するのでありました。
「まあまあ、そう一々壊れた鉄瓶のような顔で怒らないで。そんな三下ヤクザみたいな脅し方をして見せなくとも結構ですよ。威治君の迂闊故の粗相は私が平に謝りますから」
 会長が鳥枝範士を苦笑しながら宥めるのでありました。
「壊れた鉄瓶とか三下ヤクザとか、陳腐な比喩だ。それでワシをからかった心算なら、ピント外れですなあ。会長さんも威治と同じで、手前味噌な勘違いがお得意と見える」
 鳥枝範士はお返しの揶揄を会長に献じるのでありました。
「別にからかう気はありませんよ。陳腐な例えしか使えないのは、偏に私の頭の悪さからです。つまらん体面のために、竟口にした私の無意味な文言に小心に拘りなさんな」
「竟口にした無意味な文言、のふりをして、実は結構、内心秘かに、ワシを傷つけるに十分効果があったと、お門違いの会心の笑みでも漏らしているのじゃないですかな」
 この鳥枝範士と会長の揶揄自慢は、なかなか果てないのでありました。

 結局のところ興堂派が向後、常勝流の名前を使わないと云うはっきりした言質は、威治筆頭範士からも会長からも取れないのでありました。威治筆頭教士はもうその気になったようでありますが、会長が実利に鑑みてその可否の判断を曖昧にしたからであります。
 話しあいも膠着して仕舞ったようだし、鳥枝範士との揶揄の応酬もどうやら種切れになったようだから、会長と威治筆頭範士は帰り支度を始めるのでありました。これ以上話しをしていても埒が明かないとげんなりしたのでありましょう。
(続)
nice!(18)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

お前の番だ! 398 [お前の番だ! 14 創作]

 礼儀から会長と威治筆頭範士を玄関まで総出で送りに出るのでありましたが、来た時と同様、会長は如何にも尊大な仕草で使った靴箆を万太郎に返すのでありました。
「それじゃあ、これで失礼します」
 会長はふり返って云うのでありましたが、威治筆頭教士の方はぞんざいに中に向かってお辞儀した後は、もう体半分を玄関から外に出しているのでありました。
「常勝流の名称の取り扱いについては、明日とは云わんが、しかし一月以内に連絡してくださいよ。商標として登録してあるから、使用すると云う事になれば今後色々権利上の話しあいが必要になりますからな。使用料を出せ、なんぞと今更云う心算はありませんが」
 鳥枝範士が常勝流の名称が商標登録してある事をそれとなく知らせるのでありました。
「判っていますよ。態々念には及びません」
 会長は無愛想に返答してから背を向けるのでありました。
「ああそれから、田波根増五郎先生によろしくお伝えください。今度また一緒に美味い酒でも飲みましょうと、鳥枝が云っていたともお伝え願えれば有難い」
 田羽根増五郎先生とは会長の本業の方の、属する政党の幹事長の名前でありあました。鳥枝範士から思わぬ大物の名前が出たものだから、会長はふり返るのでありました。
「鳥枝さんは田羽根先生をご存知なので?」
「ええ。田羽根先生は建設畑の大物ですし、随分と昔からのつきあいですかな」
「ああそうですか」
 会長は鳥枝範士を暫し見上げるのでありました。「逢う機会があれば伝えますが、一緒に飲もうとか、そう云う伝言なら私に頼むより自分で電話でもされた方が早いでしょう」
「ああそうですなあ。会長さんにそんな使い走りのような伝言を頼むのは失礼でしたかな。これはうっかりしました。これじゃあワシも威治の事をあれこれ云えませんなあ」
 鳥枝範士はそう云って笑いながら頭を掻くのでありました。会長は苦々し気に鳥枝範士を睨んでから玄関を出るのでありました。
「折野、今の話しあいを見ていてどうだったか?」
 師範控えの間に戻ってから鳥枝範士が万太郎に訊くのでありました。
「そうですね、概ねこちらの方が話しの主導権を握っていたとは思います。まあこちらが呼びつけたのだから、立場からして当然と云えば当然ですが。しかし鳥枝先生は口より手の方が早く出る方だと思っていたのに、案外に雄弁家ですよね」
 本当は雄弁と云うよりは、多弁と云った方が万太郎の実感に合致しているのではありましたが、そう云って先程の威治筆頭範士のようにどやされるのも間尺にあわないと思ったので、万太郎は多少のべんちゃらもこみでそう云うのでありました。
「威治だけなら、もっと怒鳴り散らして徹底的にげんなりさせてやったのだが、会長がついてきたのであれでも多少控えたのだ。しかし会長は如何にも篤実そうな顔をして、相手を立てるような言辞を弄するその裏で、相手を嵌めるような事を色々企むヤツだと聞いていたが、意外にこちらの読んだ通りの反応をする単純な漢のようで、政界の寝業師、とか云う異名程の、得体の知れなさとか懐の奥深さを感じなかったのは些か気抜けしたぞ」
(続)
nice!(21)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:
メッセージを送る