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あなたのとりこ 113 [あなたのとりこ 4 創作]

 頑治さんは両手に一本ずつ持っているコーヒーと葡萄ジュースの缶を見るのでありました。予期せぬ刃葉さんとの再会と思わぬ長話しのせいで、買った時には熱くて同じところを長く持てないくらいだったコーヒーの缶は、すっかり冷めて仕舞っているのでありました。まあしかし、夕美さんに頼まれた葡萄ジュースの方は、どだいそんなに冷えていた訳ではなかったから、こちらの温度はさして変わらないようでありました。
 頑治さんはベンチで待っている夕美さんの方に急ぎ足に戻るのでありました。急ぎ足のところが夕美さんへの、遅くなった事の多少の申し訳でありますか。

 夕美さんは寒そうに肩を竦めてベンチに腰掛けているのでありました。
「待たせたなあ」
 頑治さんはそう云いながら夕美さんの横に腰を下ろすと葡萄ジュースを手渡して、自分の缶コーヒーのプルリングを引き開けるのでありました。
「随分のんびりした買い物だったわね。何処まで行っていたの?」
 夕美さんは葡萄ジュースを受け取って、すぐには飲まずに暫く缶を両手で弄びながら首を傾げて見せるのでありました。
「動物園の入り口の自動販売機で買ったんだよ」
「それにしては戻るのが遅かったのね」
「いやね、買っていたら後ろから俺の肩を叩く人がいたんだ」
 頑治さんは夕美さんの両手の間を転がりながら行き来する葡萄ジュースの缶に視線を遣りながら云うのでありました。「それがこの前会社を辞めた刃葉さんだったんだ」
「ああ、この前会社を辞めた、頑ちゃんの業務仕事の先輩に当たる人ね」
 そこで夕美さんはやっとプルリングを引き開けるのでありました。
「そうそう。こんなところで逢うなんて全く予期していなかったから驚いたよ」
「この辺にお家があるの?」
「いや、そうじゃない筈だよ」
「上野に遊びに来たのかしら」
「さあ、それは知らないけど。でも博物館や美術館見学とか、動物園見物とか、それに公園散歩もあの人の趣味には無いと思うけどね。それから西郷隆盛や野口英世の熱烈なファンだと云う訳でもないし、考える人の像を見ながら何か考えるタイプの人でもない」
 頑治さんはすっかり冷めて仕舞ったコーヒーを一口飲むのでありました。
「それで、ちょっと立ち話をしていたから遅くなったんだ」
 夕美さんは葡萄ジュースの缶をチョビチョビと傾けるのでありました。
「そう。何でも年が明けたら北海道の網走に行くんだって」
「別に刑務所に入る訳でもないけど?」
 夕美さんは云ってから小首を傾げて愛嬌たっぷりに頑治さんを見るのでありました。これは頑治さんが時々科白に付け加える仕様も無い蛇足を先回りに口にして、それで頑治さんの反応を窺うと云う夕美さんのちょっとした悪戯っ気か洒落っ気でありましょう。
(続)
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