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あなたのとりこ 109 [あなたのとりこ 4 創作]

「山へ行く予定でここに集まったんだけど誰かあの中の一人の気持ちが挫けて、それでその挫けたヤツの気持ちを尊重して、それで皆で上野公園散歩に切り替えたとか」
「でも、そうだとしても公園散歩と登山の間には余りに落差があり過ぎない?」
 夕美さんが頑治さんの説に異を唱えるのでありました。
「本当は殆どのヤツが登山に乗り気でなかったんだけど、中に矢鱈と押しの強いヤツが居て、そいつの意見に引き摺られて不承々々ながらここに集まったんだよ。でもそこで好都合にも登山に行きたくないと土壇場で表明するヤツが現れて、勿怪の幸いと皆が同調したものだから公園散歩に目的を切り替えざるを得なかった、と云うのはどうだろう」
「かなり推理に無理があるような気がする」
 夕美さんはニンマリ笑いはするけれど賛同しないようでありました。「大方の人が乗り気でなかったのなら、態々登山に必要な荷物を前から色々用意して、当日重いリュックを背負って重装備をしてここに集まる前の段階で、あの一行の登山計画は頓挫しているんじゃないかしら、幾ら押しの強い人が一人強硬に登山を主張したとしても。第一若しそんな経緯があるなら、皆があんなに楽しそうに歩いたりしていないでしょう」
「その押しの強いヤツは、それなら勝手にしろとか棄て科白を吐いて一人で駅から電車に乗って居なくなったので、厄介払いが出来て和気藹々が出現したのかも知れない」
「でも、そうだとしても、後に残った人達はあんなにあっけらかんと笑ったり冗談を云ったりなんかしていられないでしょう。厄介払いが出来て、尚且つ嫌な登山に行かないで済んで内心ほっとしたとしても、何となく気まずい雰囲気にはなるでしょうよ」
「確かにそれはそうだな」
 頑治さんは夕美さんの論に納得するのでありました。「それなら、あの連中は皆が皆、まるで親切の国から親切教を広めに来たような、すこぶる付きの好人物達で、一人だけ集合時間になっても未だ現れないヤツが居て、そいつが現れるのを、出発を後らせて只管ここでやきもきしながら待っている、と云う設定はどんなものかな」
「それも無理の国から無理教を広めに来たような素っ頓狂な推論ね。やきもきして待っているのなら、矢張りあんな楽しそうな顔でうろちょろ歩いたりしていないでしょうし」
「そう云われてみれば、そうかも知れない」
 頑治さんは如何にも鈍そうな表情で納得気に一つ頷いて見せるのでありました。その仕草を上目で見ながら夕美さんはクスッと笑うのでありました。
 その夕美さんの笑いで、夕美さんの差し迫った将来の進路と云う少し重たい話題が、取り敢えずこの場からぼんやりと消えたような気が頑治さんはするのでありました。まあ、暫しこの場から消えただけで一先ず話題としては保留、と云う事ではありますが。

「熱い飲み物でも買ってくるかい?」
 頑治さんがそう訊くと、夕美さんはコックリと頷いた後、凭れていた頑治さんの肩から頭を離すのでありました。頑治さんは夕美さんの頭が離れた肩先辺りに、冷たい空気が無遠慮に空かさず浸みて来るのを感じるのでありました。
(続)
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