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あなたのとりこ 59 [あなたのとりこ 2 創作]

 夕美さんは目を頑治さんから逸らして少し考えるような表情をするのでありました。それから少し長く沈黙するのでありました。と云ってもほんの四五秒ではありますが。
「そうね、そう云う事なのかも知れないわね」
「倦む前は頭の中が考古学一辺倒だったからそんなに気にしなかったけど、ほんの少しだけでも気持ちが冷えてみると自分の立っている周りの様子に目線が移り出して、自分の不調和性と云うのか、ここは自分の居るべき場所ではないんじゃないか、とかね、そんな疎外感が急に意識されてきたんじゃないのかな。でもそれは、考古学そのものに冷えたと云う事が先ずあるからのように俺には思われる。ま、直感みたいなものだけどさ」
「そうね。実はそう云う事かも知れないわね」
 夕美さんは頑治さんが今云った言葉について少し長く考えた後に小さな抑揚のない声で返事して、これも小さな仕草で何度か頷くのでありました。まあ、少し長く、とは云うものの、しかしそれもほんの四五秒の事ではありましたが。
「夕美の云い様を聞いて感じただけの、軽はずみで、大して当てにはならない俺の直感なんだから、あんまり気にしないで貰いたいけどね、今の言葉は」
 頑治さんは夕美さんの心細気な顔にたじろいでそんなフォローなんぞを入れるのでありましたが、後の祭りかなとも一方で考えるのでありました。
「まあ今のところ、そんなに深刻に思い詰めている訳じゃないから」
 夕美さんが憂色を掃って笑むのでありました。「そんなあたしの事より、頑ちゃんの今度の会社の、あたしと同じ苗字の人の事、もっと聞かせてよ」
「ああ、倉庫の刃葉さんの事か」
 頑治さんは夕美さんが見せた愁眉がとても気になったのではありましたが、ここは夕美さんの気色を尊重して話題を別のものに移すのでありました。

 学食と公園で聞いた話しに依ると、夕美さんは高校を卒業して大学生になるため上京した後、二年間は世田谷の叔母さんの家に寄寓していたのでありました。これは一人で東京に出る娘を心配した父親の差配に依るようでありました。その後三年生になった折、その叔母さんの家からそう遠くないアパートで一人暮らしを始めたのでありました。
 頑治さんは全く知らなかったのでありましたが夕美さんは高校生の頃から歴史、それも古代史に興味があったらしく、行く々々はそちららの研究に打ち込みたいと云う志望を持っていたのでありました。一体全体どういう経緯で古代史なんかに興味を持ったのかと訊いたら、夕美さんは一度高校の日本史の授業で学校近くにある弥生遺跡の発掘に行った時の経験が忘れられなかったからと、目を輝かせながら頑治さんに云うのでありました。
「五月の晴れた日でね、遺跡を囲む森の新緑の匂いがとても清々しかったの。授業とは云え、何だかちょっとピクニック気分よ」
 それは古代史に直接関係が無かろうと聞きながら思うのでありましたが、しかし五年振りの思いも掛けなかった邂逅であるし、中学校時代にはそんな茶々を入れる程付き合いが濃い訳でもなかったのだからと、頑治さんは言を手控えるのでありました。
(続)
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