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あなたのとりこ 39 [あなたのとりこ 2 創作]

 山尾主任が、あの時の土師尾営業部長のような至極真面目な面持ちで訊くのでありました。頑治さんは思わず山尾さんの顔を凝視するのでありました。
「おいおい、山尾君までそんな間抜けな質問をして唐目君を困らせるのかい」
 片久那制作部長がげんなりしたような顔をするのでありました。この質問がどうして片久那制作部長をげんなりさせるのか、それに頑治さんを困らせるのか、山尾さんは良く判らないと云った表情をしているのでありました。ひょっとしたら山尾さんは土師尾営業部長と感受性の性向に於いて同類なのかしらと、会社内でこれから先、大いに頼りにしようと思っていた矢先であったから頑治さんはちょっと不安になるのでありました。

 一通り頑治さんに対して、まあ、初対面の人物にするありがちの質問が一段落すると、会社や仕事上の愚痴やら社員個々の人物評と云ったところに銘々の酒席での雑談は推移するのでありました。頑治さんは未だそう云った話しに入りこむだけの予備知識も情報も何も無かったから、片耳で聞きながら黙してビールを傾けているのでありました。
 片久那制作部長はそれを聞いているのかいないのか判然としないような様子で一杯目のビールを飲み干した後、日本酒の冷を升で注文して黙々と孤高に飲んでいるのでありました。日比課長は横に座る袁満さんが結婚願望が強いような辺りを頻りにからかい半分にちょっかいを出しているのでありましたし、袁満さんもそれを別に不愉快にも思わないようで、照れたり面目無さがったりしながら笑って受け応えているのでありました。
 この二人の遣り取りに時々山尾主任も日比課長側で加わるのでありました。そう云った諸々の談笑を聞きながら頑治さんは、ここに居る、それにここに居ない贈答社と云う会社に集う人物達のプロフィールのほんの一端なんぞを垣間見るのでありました。
 片久那制作部長は大学時代は全共闘の闘士だったようで、全共闘運動が挫折した後、在籍していた或る大学を三年で中退して、その時既に奥さんと結婚していたものだから何でも良いから働き口を見付けるため贈答社の前身である大日本地名総覧社と云う四十七都道府県別地図とその県の市町村名、大字名、小字名が網羅された主に公官庁に納入される分厚い大判の書籍を作る会社に編集者として入社したという事でありました。因みにこの大日本地名総覧社はその後暫くして経営が行き詰まり、主要書籍の版権を他の出版社に譲渡して、新たにギフト関連業の贈答社となったと云う経緯だそうであります。
 社の業態や外形が大きく変わった後も片久那制作部長はその儘贈答社に残り、今の制作部長と云う地位に就いたという事でありました。大いに頼り甲斐のある御仁ではあり、なかなかの切れ者であり食えない人でもあり、非妥協的で狷介で少々変人でもありで、その偉丈夫振りも手伝って社員の畏怖を一心に集めていると云った感じでありましょうか。まあ、少々煙たがられてもいるような嫌いはあるようでありますが。
 それに比べて、と云うか片久那制作部長の存在と竟々比較されて仕舞う故か、この席に居ない土師尾営業部長は社員の誉望を寂しい程集めてはいないようでありました。日比課長に依ればそれは小者が無理して大者ぶる浅はかさが鼻に付く故だそうであります。その童顔も、警戒心たっぷりに常に微動している目もそんな評判の裏付けでありましょう。
(続)
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