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あなたのとりこ 16 [あなたのとりこ 1 創作]

「ええ。前にアルバイトで」
「あ、そう。それじゃ俺が商品を出すから、その発送指示書に書いてある品を個数分段ボールに詰めて梱包してくれるか」
「ああそうですか。・・・判りました」
 刃葉さんが頑治さんをここに連れて来たのは業務仕事の大概を教えてくれるためだと思っていたのでありますが、どうやら仕事の概要も、扱っている商品も良く判らない儘いきなり発送業務を手伝わされるようであります。まあ、先輩社員の云う事でありますから敢えて逆らう訳にもいかないだろうと、大いに戸惑いながらも頑治さんはスーツの上着を脱いでネクタイを外し、ワイシャツの袖を捲るのでありました。

 刃葉さんが出してきた商品を段ボールに詰めて、その二つ目の荷物に結束バンドを架けているところで、机の傍らの棚に固定してあるインターフォンのブザーが鳴るのでありました。作業台の端で運送会社の発送伝票を記入していた刃葉さんが億劫そうに受話器を取るのでありました。インターフォンは上の事務所と繋がっているのでありましょう。刃葉さんは暫しの間受話器を耳に当て、上からの声を無表情に聞いているのでありました。
「はあ、今発送を手伝ってもらっています」
 刃葉さんが受話器に向かって云うのでありました。恐らく頑治さんの事を訊かれているのでありましょう。頑治さんは横目で刃葉さんの方を窺うのでありました。
「はあ。そうですか。はあ。・・・」
 刃葉さんはその後、受話器に短い返答を間歇的に吹きかけるのでありました。それからニンマリ笑ってみたり、小さな舌打ちをしたりするのでありました。じゃあ判りました、と云ったのが最後の言葉で、刃葉さんは受話器をインターフォンの本体にものぐさそうに戻すのでありました。それからまた舌打ちであります。
 この舌打ちは恐らく、今のインターフォン越しの会話の相手に対して発せられているのでありましょう。自分に向けられているのではなさそうながら、頑治さんは刃葉さんのこう云う仕草を大いに不愉快に思うのでありました。この人は自分の周囲に対する気遣いが出来ない、或いはしようとしない人なのでありましょう。
「上で呼んでいるから、ここは切り上げて上に戻ってくれるか」
 刃葉さんは頑治さんの方に掌を差し出して、結束バンドを金具で締めるための工具を自分に渡すように促すのでありました。
「判りました。それじゃあ」
 頑治さんは工具を刃葉さんに渡すと傍らに置いていたネクタイと上着を取ってこの埃っぽい駐車場奥の倉庫を出るのでありました。紙や印刷物のインクやその他の何やら良く判らない匂いが充満した、しかも外光が差さないために妙に湿っぽい倉庫の中から解放されて、頑治さんは鉄の扉を出た途端大きく深呼吸するのでありました。これから先あの倉庫の中が自分の主要な仕事場になるのかと思うと、頑治さんは少なからず気が滅入るのでありました。しかしまあ、それはそれで仕方ないかとも思い直すのでありました。
(続)
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