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あなたのとりこ 15 [あなたのとりこ 1 創作]

 それより何より、この男の姓が夕美さんと同じだと云う事を頑治さんは甚く不愉快に思うのでありました。何処と無く夕美さんが気の毒にすら思えてくるのであります。
「刃葉君、唐目君に業務の仕事を教えて遣ってくれないか」
 土師尾営業部長が指示すると羽葉さんはその指示に返事も頷きもする訳ではないけれど、大儀そうに立ち上がって机の隅のスチールの伝票入れから数枚の紙片を取り上げて、それを頑治さんに渡すのでありました。頑治さんは反射的にそれを受け取るのでありましたが、それは頭に、発送指示書、と書いてあるのでありました。
「付いて来てくれるか」
 刃葉さんが頑治さんに初めて言葉を発するのでありました。特に何の感情も含有しない慎に事務的な云い草でありました。
 頑治さんは先輩社員、それも同じ業務職の男の指示に対してここは謹慎に返事をすべきであろうけれど、刃葉さんの無愛想に張り合う心算は毛頭ないながらも竟、頑治さんとしても愛嬌無しの顔で小さい頷きを返す無礼を働いて仕舞うのでありました。
 刃葉さんに連れられて頑治さんは三階の事務所を出るのでありました。恐らく業務の仕事場たる倉庫にでも頑治さんを連れて行くのでありましょう。
 ビルの一階はエレベーター式の二段建て駐車スペースで、横列三台、都合六台の車が駐車出来るようになっていて、その脇にこの建物の狭い出入り口があるのでありました。
 刃葉さんは一旦建物を出ると駐車スペースの真ん中に止めてあるバンの普通乗用車の横を、体を横にして擦り抜けるようにしながらその奥に進むのでありました。駐車場の奥には大きな両開き引き戸があって、どうやらその中が倉庫なのでありましょう。
 刃葉さんはガラガラと如何にも滑りの悪そうな大音を立てて重い鉄の扉を開くとその中に消えるのでありました。発送指示書を持った頑治さんも後に続くのでありました。
 二十畳程の倉庫の中はスチール棚が壁際に並んでいて、中央にも方形に組んだスチール棚が置いてあり、その狭間が通路となっているのでありました。棚にはこの会社が扱っているのであろう商品が、段ボールに入って余り綺麗に整理されているとは云い難い様で押し込めてあったり、A判全紙の印刷物が重ねてあったり、中に何が入っているのやら良く判らない不規格なクラフト紙包みが積み上げられていたりするのでありました。
 庫内右奥には作業台として使われているのであろう、上の土師尾営業部長が座っているような長い事務机が棚下に据えてあるのでありました。上階に有る机とは違って、この机は如何にも古びていて、一部の塗装が剥げて赤錆が付着していたり、完全に閉まらないのか引き出しが中途半端に引き出された儘になっているのでありました。机上は無数の傷で彩られ、緩衝材に使うのか古新聞やら結束用のビニールバンドの切れ端やら、それに四隅には埃が載っていたりして、片付かない事夥しいと云った有り様でありました。
 一応初出社でありましたから、頑治さんは礼儀上スーツにネクタイ姿で来たのでありましたが、今朝方意気込んで一張羅のその服装を選んだ事を悔やむのでありました。
「梱包とか、やった事ある?」
 少し気後れして庫内を眺め遣っている頑治さんに刃葉さんが訊くのでありました。
(続)
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