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あなたのとりこ 14 [あなたのとりこ 1 創作]

「今日からお世話になります唐目頑治です」
 頑治さんが頭を下げると甲斐女史は如何にも億劫そうに頑治さんの方を窺い見てから、無愛想な表情で軽く顎を胸元に引いて見せるのでありました。歳の頃は土師尾営業部長と同じ三十代中頃辺り、無精に胸元に引いて見せた顎は二重で、太り肉と云うのではないけれど体幹も肩や腕の肉付きも豊かで、真っ赤な口紅が嫌に目立つ、やや化粧っ気の多いその顔は何となく肌窶れしているように頑治さんには見えるのでありました。
 頑治さんは土師尾営業部長の重役机に左横辺を接している、甲斐計子女史と向かい合ったデスクに座らされるのでありました。甲斐計子女史の机には印鑑ケースやら帳簿棚が載せてあるから、頑治さんの方から女史の様子は窺えないのでありまあした。
 取り敢えず何も為す事なく云われる儘手持無沙汰に事務椅子に座っていると、玄関の扉が潤滑油不足の小さな軋み音を立てて開かれ、作業服姿の男が現れて頑治さんの方へ歩み寄って来るのでありました。その日は姿の見えない、面接の日にドア開けてくれた社員とは違うけれど歳は同じくらいでありましょうか。ドアを開けてくれた男の柔和さとは違って、頑治さんに歩み寄るその体貌からはまるで挑みかかってでも来るような、一種高飛車な対抗心が放射されているように頑治さんには感じられるのでありました。
「ああ、丁度良かった。今呼ぼうと思っていたところだったよ」
 頑治さんのすぐ傍まで来て、頑治さんを不審そうに見下ろす男に向かって土師尾営業部長が声を掛けるのでありました。
「こちらは今日から業務担当で入社した唐目君」
 土師尾営業部長は作業服姿の男を見ながら頑治さんの方に掌を差し出して見せるのでありました。自分を紹介して貰ったわけでありますから、頑治さんはすぐに立ち上がるのでありましたが、立ち上がってみると男との距離がやけに近いものだから、頑治さんは一歩後ろに引いて男に向かってお辞儀をするのでありました。
「唐目と云います。よろしくお願いします」
 頑治さんの挨拶を無視して、男は頑治さんが今立ち上がったその椅子を自分の手元に引き寄せて座ろうとするのでありました。本来この椅子、と云うかこの席は彼の席で、そこに見知らぬ頑治さんが座っているのを見咎めて、何やら大いに気に入らなくて、それでつまり挑みかかるような目付きなんかして近寄って来たのでありましょうか。
 男は椅子に座ってから顔を横向きに上げて、頑治さんの顔を無表情に見るのでありました。その顔てえものは、頑治さんに対する不快の色に隈取られているのかと云うとそうでもなく、あくまでも無表情と云った風情の内なのでありました。この顔付きからすると、頑治さんが今斟酌したような敵意は殊更持っていないようでもありました。
「こちらは刃葉香里夫君と云って業務を担当している人だよ」
 男が頑治さんに対して何ももの云いしないものだから、土師尾営業部長が横から云うのでありました。刃葉香里夫なる男は、そう紹介されて頑治さんを見上げた儘で瞬きを一回して見せるのでありました。この瞬きが、どうやらこの男のお辞儀代わりの仕草のようであります。随分とまあ無精な挨拶と云うべきでありましょう。
(続)
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