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お前の番だ! 587 [お前の番だ! 20 創作]

「真入、今日の風呂は一人で勝手気儘に入らせて貰うから、お前はもう、内弟子部屋の方に下がっていても構わないぞ」
 是路総士は居間の廊下側の敷居辺に控える真入に告げるのでありました。
「押忍。ではこれで下がらせていただきます」
 真入はお辞儀すると襖を静かに閉めてその向こうに消えるのでありました。是路総士は三人分の茶を持ってきた来間にも下がって構わないと告げるのでありました。
「押忍。ではお言葉に甘えてそういたしますが、総務長先生とあゆみ先生は明日何時にご旅行に出発されるのでしょうか?」
「十時頃ここを出れば大丈夫かな」
 万太郎が徐に腕時計を見ながら応えるのでありましたが、別にその返答をするのに特段腕時計を見る必要ないかと、自分の如何にも間抜けな素ぶりを、文字盤に目を落とした儘で秘かに笑うのでありました。あゆみと結婚式を挙げてきたこの今、万太郎は昨日まで長く寝起きを共にしてきた来間に対して、何となく照れを感じて仕舞ってそれでこんな無意味な真似を竟、して仕舞うのだろうかと頭の隅で自己分析するのでありました。
「ところで、威治さんから祝電が来たけど、お父さんはそれをどう考える?」
 三人で茶を喫しながら、あゆみがふと思いついたように訊くのでありました。あゆみは式の間ずっと、気に懸かっていたのかも知れないと万太郎は思うのでありました。
「ちょっとした気紛れか、それとも、・・・」
 是路総士はそう云って湯呑を口から離すのでありました。
「それとも、何?」
「ひょっとしたら何かを期して、その皮切りにそんな義理を敢行したか」
「と云うと?」
 あゆみに訊かれて是路総士は万太郎の方に目を向けるのでありました。
「八王子の一件以来、若先生に考えるところがあって、それで自分の方から唐突の感はあるにしろ、こちらに接触を求めようとしたのか、と云う事でしょうか?」
 万太郎が是路総士に向かって云うのでありました。是路総士は無表情ながらも万太郎の目をじっと見て一つ頷くのでありました。
「期するところって?」
 あゆみは是路総士に向かって訊ねるのでありました。
「八王子で万太郎につめ寄られて、それ以来自分のこれ迄の生き様を、ひょっとしたら見つめ直したのかも知れない。こんな事では自分の人生は余りに無惨だと」
 是路総士はあゆみの婿になってから万太郎を指示する場合、当然ながら旧姓の折野ではなく、名前の呼び捨てを使用するようになっているのでありました。
「ふうん。そうなのかしら」
 あゆみはそう呟きながら隣に座る万太郎の方に顔を向けるのでありました。
「まあ、ピピピッとくるものがあったのかも知れないし」
 万太郎がそんな擬態語を使うと是路総士がまた頷くのでありました。
(続)
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