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お前の番だ! 573 [お前の番だ! 20 創作]

「へえそうですか。先ず武道の上で兜を脱いで、それからそうなると自然に、個人としての気持ちの兜の方も脱ぐ事になったと云うわけだ。成程ねえ」
 良平としては少し気の利いた云い回しの心算でありましょうが、然して唸る程の科白とも思えなかったので、万太郎は無表情の儘で自分の猪口を口に運ぶのでありました。干した猪口に香乃子ちゃんがすぐに酒を注いでくれるのでありました。
「急に万ちゃんが頼もしく思えてきたし、この人はこの先どこまで強くなるのかしらって、一種の畏れみたいなものも感じてきたし、風格で完全に追い越されたと感じたの」
「その、畏れ入られた折野さんの方は何時からあゆみ先生の事が好きだったんですか?」
 鉄鍋から肉と葱を一緒くたに箸で摘もうとする万太郎に、香乃子ちゃんが徳利を差し向けるのでありました。万太郎は先程のあゆみと同様、摘んだ肉と葱を急ぎ自分の取り碗に移して、両手で猪口を香乃子ちゃんの前に差し上げるのでありました。
「そうねえ、・・・」
 万太郎はそう云って香乃子ちゃんに注がれた酒を一口飲んで、一拍を空けてから徐に続けるのでありました。「初めて総本部道場を訪ねた時から、と云うべきかな」
「初めて逢って、一目惚れ、と云う事ですか?」
 香乃子ちゃんが驚いた表情をして見せるのでありました。
「ま、今から思うと、と云う事かな」
 万太郎は照れて頭を掻きながら猪口を干すのでありました。
「前からそんな気配、感じていたの?」
 これは香乃子ちゃんが横の良平に訊く言葉でありました。
「そうねえ、・・・感じていたような、感じていなかったような」
 良平は顎を撫でながら曖昧な応えをするのでありました。
「どっちよ?」
「万さんの云い草じゃないけど、今から思えば、そうだったのだろうなと思うわけだ。まあ、俺もそうだったけど、姉弟子で総士先生の娘であるあゆみさんに対して、万事に頭が上がらないと云った風に見えていたんだが、俺の方はその通りだったけど、万さんの方は少し違った辺りで頭が上がらなかったと云う事になるわけだな」
「いや僕も、実際は畏れから頭が上がらなかったのが八分強、ですよ」
 万太郎が良平に至極真面目に云うのでありました。
「どうでも良いけどさ、何だか、あたしがとっても怖い人みたいじゃない」
 あゆみが万太郎と良平の云い様に不満を差し挟むのでありました。
「いや、実際のところ怖かったですよ、大袈裟でなく。なあ、万さん」
「入門当初は正真正銘に、恐ろしかったです」
 万太郎が頷くと、あゆみの指が徐に万太郎の太腿を抓るのでありました。
「あ痛! ・・・押忍、済みません」
「今でも大いに怖そうだな、万さん」
 良平が万太郎に冷やかしを投げるのでありました。
(続)
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