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お前の番だ! 353 [お前の番だ! 12 創作]

 何時もの花司馬筆頭教士なら、相手と自分の動きを充分冷静に見て、ここぞと云う絶妙のタイミングで技を仕かけるのでありましたが、その日はそのタイミングをどうにも待ちきれないで、気忙しく技を繰り出そうとしているように見受けられるのでありました。この、焦れ、若しくは、逸り、は相手の先を取るためのある種の駆け引きとか云うものではなくて、何やら気持ちの荒れとか、そう云った内的、自発的なものが原因でそんな印象を醸し出しているのではないかと、万太郎は気配として感じて仕舞ったのでありました。
 興堂範士の死去から間もないので、その筆頭弟子であった花司馬筆頭教士としては気持ちの整理とか切り替えとかが、未だ上手くつかないためであろうかと万太郎は伺察するのでありました。或いは興堂範士亡き後の興堂派道場の運営に関する何やらのストレスがあるのかも知れませんし、それも無理からぬ事かとも万太郎には思われるのであります。
「いやあ、久しぶりに良い稽古が出来ました」
 稽古後に師範控えの間に招き入れられた花司馬筆頭教士は、是路総士に両手をついて如何にも律義そうに座礼するのでありました。
「相変わらずの溌剌とした動きを今日見て、まあ、安心しましたよ」
 是路総士は優しげに笑いかけるのでありました。
「色々ご心配をおかけして申しわけありません」
 この花司馬筆頭教士の言は、何か具体的な案件に関してそんな恐縮をして見せたと云う事ではなくて、興堂範士の死去以来、あれこれ興堂派を気にかけてくれている是路総士への総括り的な謝意として発言されたものでありましょう。
「いや何、私は特段」
 是路総士はそう云ってまた笑むのでありました。
「折野君、今日の稽古に参加させて貰って、改めて自分も勉強になったよ」
 花司馬筆頭教士は、今度はここまで自分を案内して来て座敷の障子戸を背に控えている万太郎に向かってお辞儀するのでありました。
「花司馬先生がいらっしゃると下手な事は出来ないと、こちらが緊張して仕舞いました」
 万太郎はしかつめ顔でそう云って頭を下げ返すのでありました。
「いやいや、技の勘所の、懇切でいて過度にもならない実に要領を得た説明とか、聞いていて大いに感じ入ったよ。大したものだ。」
「押忍。恐縮です。花司馬先生のそのお言葉を糧とさせていただきます」
 万太郎はもう一度深く、謝意を示すお辞儀をするのでありました。
「この折野は、指導中の話術がなかなか巧みでね、稽古生の気を逸らさないような、それでいて別に阿ているわけでもなく、無用に緊張させるでもなく、しかも稽古生のちょっとした勘所の発見なんかも誘発するような、何と云うのか、稽古が実に楽しくなるような上手い指導をするのですよ。今までに当流にはいなかった指導者のタイプですかな」
 是路総士のこの言葉に万太郎は畏まって身を縮めるしかないのでありました。
「今日の一般門下生稽古に参加させていただいて、良く判りました。自分なんかの今までやっていた指導が如何に無愛想で粗雑だったかと、改めて思い知らされましたよ」
(続)
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TERU

新年、あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願い致します。
by TERU (2016-01-01 17:44) 

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