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お前の番だ! 269 [お前の番だ! 9 創作]

 威治教士は黙った儘で無愛想に頷くのでありました。あゆみとの立ち話しを邪魔されたのが不愉快だと云ったところでありましょうか。
 しかし今は稽古中なのでありますから、中心指導者の万太郎の言には逆らえないのであります。それに礼儀的な縛りの比較的緩い一般門下生稽古であっても、武道の稽古にそぐわない弛んだ態度は、稽古に参加している以上誰も等しく許されないのであります。
 勿論それは、幾らお客さん格であっても同様であるのは当然であります。万太郎のこの指示には、建前の上で全く非道も非礼もないのでありました。
 見ているとあゆみが門下生達の間を縫って巡回する後を、少し離れて威治教士はついて回っているだけのような気配でありましたか。威治教士は門下生達の動きには全く興味を示さず、あゆみの後ろ姿のみにその神経を向けているようでありました。
 何という不謹慎、と万太郎は心中憤るのでありました。興堂派の稽古でも、威治教士は若い女の子と稽古とは関係のないような話しばかりしていたり、時々その女の子と一緒になって締まりのない笑い声を立てたりしている、と苦々し気にそれに揶揄するように万太郎に語っていた、興堂派の専門稽古生の宇津利益雄の言葉を思い出すのでありました。
 勿論、興堂範士の姿が道場に在る時はそう云った態度は控えているでありましょうが、しかしチャンスさえあれば何処までも緩もうとして仕舞う輩のようであります。威治教士の締まりのない、あるいは締まろうともしない稽古態度に関しては、同じく興堂派専門稽古生の、巨漢で好漢の目方吾利紀からも以前に何度か聞いた事があるのでありました。
 その癖、自分の姿を実際以上に誇示して見せようとする欲求は人一倍旺盛なようで、無意味に門下生を痛めつけてみたり、無駄で派手な動きばかりを使って技をかけて、大向うを沸かそうとしてみたりするのであります。しかし裏目に出る場合もあるようで、宇津利とか目方辺りからはすっかりその下卑た魂胆を見透かされているようでありますが。
 これは父親である興堂範士の人としての大きさに、自分が到底及ばないと云う絶望感の捻じ曲がった表出であるのかも知れません。興堂範士の跡継ぎである己の在り様が、比較にならない程みすぼらしい事を威治教士は実は自分で判っているのでありましょう。
 要するに意識的にも無意識にも、拗ねて見せているのでありますか。そう考えると万太郎は威治教士を何となく可哀そうにも感じるのでありましたが、しかし、今のこの稽古にあっては、相応しくない態度は絶対に相応しくないと云うものであります。
 技の稽古に移ってからもあゆみの回り指導に、そうとははっきり知れない程度の距離感を保って、威治教士は後ろからつき纏っているのでありました。威治教士が稽古に参加したのも、是路総士に遠慮する事なくあゆみの姿を見ていたかったがためで、別に稽古がしたかったからと云う心根からではない事がこれで知れたと云うものであります。
 最近新しく入門した門下生と組んで技の稽古をしていた新木奈の傍をあゆみが通った時、新木奈があゆみに言葉をかけるのでありました。
「あゆみ先生、相手が両手でこちらの片手をがっちりと持ってきた場合、どう云った軌跡で腕を動かせば相手と力がぶつからないのでしょうかね?」
 こう云った質問も本来は、稽古中にはご法度でありました。
(続)
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U3

わたしは恋愛小説を始めます。
by U3 (2015-07-11 22:05) 

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