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お前の番だ! 24 [お前の番だ! 1 創作]

 弟子の務めとしてここはこちらから打っていかなければならないだろうと、万太郎はまたもや一瞬に意を固めるのでありました。万太郎が眦を決して八相の構えを素早く正眼に構えなおして、その儘是路総士の水月に突きを呉れようと一歩踏み出そうとした刹那、是路総士の穏やかな声が万太郎の切っ先を打つのでありました。
「勝機も見えないのに、無意味に突貫するのは感心せんなあ」
 万太郎は踏み出そうとした右足の親指で畳を強く噛んで踏み止まるのでありました。どうやらすっかりこちらの心根を読み切られているようであります。
 万太郎は正眼に構えた儘居竦むしかないのでありました。万太郎のこの気持ちの膠着を是路総士が見逃す筈がないのでありました。
 是路総士は無構えの儘で万太郎の方に静かに一歩つめ寄るのでありましたが、これはあと一足でお互いの一刀が届く距離であります。その一歩が誘いだとしても、正眼に構えている分だけ万太郎の方が状況としては有利であるかも知れないと判断できます。
 万太郎は先に踏み止まるために畳を噛んだ右足の親指の力を緩め、後ろ脚たる左足の爪先で力強く畳を蹴って、是路総士に体当たりのような突きを敢行するのでありました。是路総士の鳩尾に早く切っ先を届けるために、万太郎は歩み足に大きく一歩前に進めた左足が着地する直前に、腕を目一杯前に伸ばすのでありました。
 無精そうに横に垂らしているような是路総士の右手の木刀が、ふっわりと動くのは目の端に見えたのでありました。しかしそれは如何にも緩やかな動きで、到底万太郎の突き出す木刀の勢いに対応するだけの速度は感じられないものでありました。
 それでも、万太郎の木刀は是路総士の水月を捉える事は出来ないのでありました。どのような体の操作で動いたのか、是路総士は万太郎の木刀の僅かに逸れる右横に立っていて、その右手の木刀の物打ちが万太郎の右手首の真上にふわりと触っているのでありました。
「お前これで、今日は二度も小手を失ったなあ」
 万太郎は慌てて木刀を引いて飛び退くのでありました。
「どのように動いてそこに立たれたのか、ご教授願えませんか?」
 万太郎は少し息を弾ませながら訊くのでありました。
「さあて、ワシもよう判らんが気がつくと何となくここへ移動していたんだなあ」
 是路総士が恍けるのでありました。つまりその奥妙は研鑽によって自得すべきものであって、俄には伝授しないと云う謂いでありましょう。
「ほれ、つまらんお強請りをしてないで、さっさとかかって来い」
 何度かかっていっても是路総士の体は万太郎の木刀の突き進む、或いは切り下げられる軌跡の外にあるのでありました。おまけにあしらわれるその都度、万太郎の手首の上に是路総士の木刀の物打ちがそっと乗っているのでありました。
「このくらいにして置こうか」
 万太郎の手首が正月の松の内の日数程度切り落とされたところで、是路総士は万太郎との稽古の終了を宣するのでありました。万太郎は喘ぎながら木刀を下げるのでありました。
「次、あゆみ!」
(続)
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こおりやま

 押忍、こおりやまであります。一か月間有料老人ホームではたらいていたのですが、支配人に「雪かきの時お前は俺の指示したところ違う場所をかいていた」という言いがかりのような理由でクビになってしまいました、なのであさってから府中是政の桜井病院というところではたらかせてもらうことになりました。親の財布の都合も考えずに人前でおもちゃを買ってくれとだだをこねるような世間知らずの若い看護婦にアゴで使われるのは切腹ものの屈辱でありますが、仕事があるだけありがたいと思って(インドの村には学校以前にそもそも紙とペンがないので皆読み書きができません)忍耐強く働きたいとおもいます、ありがとうございました。
by こおりやま (2014-03-01 18:58) 

汎武

取り敢えずおち着き先が決まって重畳でありました。
ところで、私信やこのブログに関係のない事項は、ブログのコメント欄にではなく、直接メール等で頂けると有難いですね。
その辺の機微、インドで習わなかったですか? ま、習ってないか。

by 汎武 (2014-03-01 22:13) 

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