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合気道の脅威のパワー(?) 1 [合気道の事など 2 雑文]

 ほんの軽く相手の手首を握っただけで相手の腰が浮揚し、後ろに崩れて昏倒して仕舞うとか、無造作に触れられただけであるのに、或いは触れられもしないのに「気」或いは「呼吸力」に依って吹き飛ばされて仕舞った等と云う「夢のような」逸話を、時々合気道やそれに類した武道の中で散見する事があるのであります。果たしてそう云う事は既成の合気道の修錬を続けていればいずれ可能になるのか、合気道にはそんな秘めたる信じられない「効能」が本当にあるのか、ここは閑暇があれば少し考えておいても良いかも知れません。
 現象面でそう云う事が起こる可能性はこれは絶対ないとは云えません。またそう云う現象に依って合気道の理合いを、大向こう受けを狙って、慎に「大雑把」に説明解説しようとする手段として用いる場合もあるでありましょう。いやひょっとしたらひょっとして本当に、まあ、仕手と受けの暗黙の了解とか、阿吽の呼吸とか、麗しき師弟愛とかではなく、事前の打ち合わせもなしにそう云う現象をいとも簡単に可能ならしめる「達人」がいるのかも知れません。しかし何れにしても、何の納得出来る「ちゃんとした」合理性も示さず、単に「あっと驚く」現象だけを示して得意になっているなんと云うのは、これは大いに「無粋」であり、合気道家にあるまじき「不親切さ」であると云うべきには違いありません。
 腰を狙って技を施すとか、腰に効く技を施すとかはよく云われる事でありますが、確かに重心点としての腰を崩せば、その後に相手を転倒させる「処理」は案外簡単に可能であるのかも知れません。一瞬にして腰に技を利かせれば、上述したような「奇跡」も理論的な帰結として、やってやれない事はなさそうな気がしない事もないような、あるような。
 例えば二ヶ条或いは二教のような、直接的には手首に接触点を持つ技で、その接触点に施したパワーをいきなり腰に伝えると云う事は、相手が彫像のような無関節の硬い構造物なら簡単でありましょうが、多関節の柔らかい構造体たる人体には些か手に余る仕業と云うものであります。多関節であると云う事は手首から肘、肩、肩甲骨、鎖骨、胸骨、肋骨、十二個の胸椎、五個の腰椎、仙骨、腸骨とこれだけの骨格に緩みを許さず、一定の力を伝播し続けなければならないのであります。この経路を総て固めておくのは至難であります。
 腰に効かせる技とは直接的に相手の腰を狙ってこちらの技のパワーを到達させるのではなくて、多関節構造体である人体の一部に受けた力が関節の連動性を介して、ある関節の安定が崩れたらそれが次の関節の安定を崩し、そうやって必然的に次々に波及する構造を利用したところの、間接的に腰にまで到達するような仕組みを持った技なのであります。
 二ヶ条では手関節に加えられた力が、前提として相手の肘及び肩関節の遊びが除去されていると云う条件の下に、直接攻撃点である手首に無駄なく伝えられて、その相手の極められた手首の崩れが肘に遺漏なく伝播し、その肘の窮状がまた肩の崩れを誘発し、肩の崩れが上体の前にのめる動きを誘い出し、その結果として不安定化された重心点が自ずと下に落ちると云う作用が現出するのであります。手首から直接的に相手の腰にこちらのパワーが作用しているのではなくて、あくまでも相手の人体的構造を通じて結果として終着的に腰にまで影響するのであります。依って始めから直接腰を狙う二ヶ条或いは二教と云うものは、人体構造上至難と云う事になるのであります。強いて云えば、それはあくまでも攻撃着眼のレトリックとしてそう表現されていると云う事を理解すべきでありましょう。
(続)
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