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もうじやのたわむれ 206 [もうじやのたわむれ 7 創作]

「そう云う事です」
「判りました。気をつけます」
 拙生は半分面倒になっていたので、どうして我々亡者が車酔いするのかと云う疑問に対して、それ以上深く考えを巡らさない事にするのでありました。亡者たる者はいくら食っても腹一杯にならないし、幾ら動いても疲労も感じないけれど、しかしながら車酔いはすると、その事実をその儘受け入れるのみであります。どうせ拙生は数日後には亡者を廃業して、こちらの世の霊として生まれ変わって仕舞うのでありますし、閻魔庁でのあれこれはその折にはすっかり忘却して仕舞うと云うのでありますから、ここで何らかの納得いく解答を得られたところで、それは爾後の拙生には何の意義もないものでありましょうから。
「では先程渡して頂いたペーパーに添って観光してまいりたいと思います」
 逸茂厳記氏が前を向いた儘そういうのでありましたが、先程のペーパーとは、コンシェルジュに貰った交通所要時間入りの観光コースを記した紙であります。
「お願いたします」
 拙生は逸茂厳記氏の後頭部に向かって浅くお辞儀するのでありました。
「ここに書いてある移動時間は恐らく公共交通機関を利用した場合の時間でしょうが、この専用車で回るのですから乗り換えなんかの手間はありませんので、幾分短縮されると思います。まあ、交通渋滞とかその辺の事情で何とも云えないところもありますが」
「はい。その点も了解しました。すっかりお任せいたします」
 車は郡道一号線には入らずに、郡道二号線と云う、三途の川沿いに南北に走る道路を暫く快調に疾走するのでありました。
 コンシェルジュが企画したコース通りに、我々は観光するのでありました。最初に訪れた畝火の白檮原タワーでは、一番上の展望台まで登って邪馬台郡の四方の景色を鳥瞰し、逸茂厳記氏が娑婆にあったりなかったり、或いは娑婆にあるものに近似した色々な地名を列挙しながら、街の様子なんかをあれこれ解説してくれるのでありました。
「あれが今日の最終訪問予定地の高尾山になります」
 北の彼方に連なり見える緑濃い丘陵地帯の、周りよりは少し高い山を指差して、逸茂厳記氏が教えてくれるのでありました。
 次に訪れた深草では先ず街のランドマークたる、大きな赤い提灯の下がった喧騒寺の雷震門を潜り、寺の本堂まで真っ直ぐ続く仲見世の、参道沿いの様々な物を商う小店を冷やかしながら漫ろ歩くのでありました。雷震門には左右に風神と雷神象が祀られ、これは準娑婆省にいる娑婆の天気担当官の姿を模している、と云う解説を逸茂厳記氏に貰うのでありました。名前こそ微妙に違えども、娑婆の浅草の浅草寺の雰囲気その儘であります。
 深草では喧騒寺の本堂に掌をあわせた後、下町情緒を味わうために寺の周りを暫し散歩するのでありました。この界隈も娑婆の浅草の街にそっくりでありました。荷風散人が晩年愛した洋食屋のアリゾナとか、蕎麦屋の尾張屋、喫茶店のハトヤ、汁粉屋の梅園、それにストリップのロック座みたいな店が、娑婆同様こちらにもあるのか探索してみたくもあったのでありましたが、後の予定がつまっているためにそれは断念するのでありました。
(続)
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