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もうじやのたわむれ 197 [もうじやのたわむれ 7 創作]

 食事の途中、件の中国風の装いをした料理夫が云っていたように、その弟子と思しき仁がやって来て、両手を前であわせて恭しく拙生にお辞儀をした後、丁重な手つきで北京ダックの皮を削ぎ、それを大きな小麦粉の薄皮に包んでくれるのでありました。拙生としては手当たり次第にガツガツと、前に並べた料理を胃袋につめこんでいたのでありましたが、家鴨の皮を嫌に丁寧に包んだこの弟子が、全く鷹揚にそれを拙生に差し出す所作が内心大いにもどかしいのでありました。しかしこのサービスに文句は云わないのでありました。
 最後に日本酒の猪口をグイと傾けて拙生は朝食を終えるのでありました。この間約一時間であります。娑婆にいる時には、こんな短時間にこれ程多くの料理を食し終えるのは全く無理であったでありましょう。その前に、余程の大食らいでも、一人の人間がこれだけ多くの量を一回で腹に収めるのは絶対不可能であります。しかも拙生は一向に満腹していないのであります。食おうと思えばもっともっと食えそうな気配であります。しかし幾ら食っても満腹しないのでありますから、これ以上食事を続けるのは時間の空費であります。
 徒食の輩、とは何の仕事もしないで食うだけ食う輩の事でありますが、今の拙生がズバリその謂に当て嵌まるでありましょう。しかも食っても食っても満腹状態には行き着かないのでありますから、考えればなんと罪深い体に成り果てたのでありましょうか。・・・なんぞと頭の片隅で少し反省の言を吐いてから、拙生は元気良く立ち上がるのでありました。
 さて、腹拵えも出来なかった事だし、これから邪馬台郡散歩の昨日の続きを敢行する事にしようかと、拙生が空いた数多の皿の間に目を這わせるのは、勘定書きを探すためでありましたが、そんなものがある筈がない事にすぐに思い至るのでありました。これは娑婆にいた頃の習慣からでありましょう。余談ではありますが、食事の後に勘定書きが机上に見つけられないとなると、拙生は何故か少しオロオロする小心のタイプでありました。
「お食事はお済みですか?」
 最初に拙生をこの席に案内したウエイターが近寄って来て声をかけるのでありました。
「いくら食っても満腹しないから、これで切り上げです」
「それはご愁傷様でございます」
 拙生の言が不満の表明に聞こえたのか、ウエイターは恐縮の態を表すのでありました。
「いやいや、味の方は充分堪能させて貰いました。有難うございます」
「この後は部屋で思い悩みの時間をお過ごしになるのでしょうか?」
「いやいや、旅行気分で邪馬台郡をあちらこちら観光します」
「ああそうですか。では良い観光の時間を過ごされますように」
 ウエイターはそう愛想を云うのでありました。それから拙生を送って、出入口まで一緒に来ると、またのお越しをお待ち申しております、と云って頭を下げるのでありました。
 カフェテリア黄泉路を出て、拙生はフロントの中の従業員の目礼を横目に、昨日色々散歩の助言を貰ったコンシェルジュの処に行くのでありました。コンシェルジュは拙生を認めると、椅子から立ち上がって一礼するのでありました。
「聞くところに依ると、昨日はとんだ目に遭われたそうで」
 コンシェルジュは昨夜の事件を既に知っているようでありました。
(続)
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ネオ・アッキー

あけましておめでとうございます 旧年中は大変お世話になりました。 今年もよろしくお願い致しますm(._.)m
by ネオ・アッキー (2013-01-03 04:44) 

汎武

何時もご訪問有難うございます。
こちらこそ宜しくお願いいたします。
by 汎武 (2013-01-03 09:22) 

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