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万年筆のはなしⅡ [時々の随想など 雑文]

 いや、それにつけても万年筆であります。
 最初にそれに触ったのは小学生の頃でありました。父親の机の木の筆入れの中に芯の先を平らにした幾本かの鉛筆や、ペン軸に装填された丸ペン等に混じって、黒い万年筆が無造作に横たわっているのでありました。まだインクカートリッジが普及していない頃で、その万年筆はインクを本体に吸いこんで使うものでありました。鉛筆より遥かに太い黒い艶のある本体と同色のキャップ、如何にも重厚な金色のペン先、軸中に隠れた銀色に輝くインクタンク等が如何にも大人の筆記用具と云った趣でありました。秘かにそれを取り出してキャップを外してペン軸の尻に差し、紙に金色のペン先を恐る々々押しつけると藍色のインクが滲むのであります。普段鉛筆しか持ったことのない小学生は、こう云ったもので字を書くようになるのが大人になる条件だと考えるのでありました。
 自分の万年筆を手に入れたのは高校生になってからで、その頃になるとインクカートリッジ式の物が主流で、インクタンク式の物はもう殆ど姿を消しているのでありました。しかし初めて手にしたの己の所有になる万年筆であります。最初、鉛筆しか持ったこのとのない手にはそれはいかにも使いにくい代物でありました。しかし万年筆で字を書くことが大人としての嗜みであるからには、それに是が非でも慣れなくてはいけないのであります。拙生は授業のノートを万年筆でせっせととるのでありましたが、誤記をしても消しゴムで消せないし、カートリッジのインクの残量を何時も気にしていなくてはならないし、インクカートリッジの嵌りが悪くてインクが漏れ出して、学生服ばかりではなく下のシャツの白い胸ポケットや下着までもが漏れたインクで汚れ、手は藍色に染まり爪の中に忍びこんだインクは何時まで経っても其処に居座っているで、厄介なその取扱いになんとも苦慮するのでありました。
 それで結局シャープペンの手軽さに心が動き、何時からか万年筆は、めったには出さない手紙を書く時くらいしか手にすることはなくなってしまうのでありました。その後は主にシャープペンが拙生の内ポケットに格納されるのでありましたが、時にボールペンであったりペン先がプラスチックの細書き用の水性ペンであったりで、万年筆の出番など全くなくなっているのでありました。
 万年筆は何時しか拙生の周りでは殆ど見ることもなくなり、高校時代に手に入れた万年筆はその行方も今は知れないのであります。家に居た真ん丸の亀と同様に、一万年の寿命を持つ万年筆のことでありますから、拙生の目には触れないながら今も何処かでひっそりと、拙生に再び手にされることを待っているかも知れないと考えると、なにやら切ない気もするのであります。そう云えばあの真ん丸の亀も、未だ亀社会の中で異彩を放つ存在になったと云う噂を聴き及びませんが、今頃どうしているのやら。・・・
 最近まで万年筆に対する小学生の頃の憧憬は、置き火のように拙生の気持ちの底の方に燻ってはいるのでありました。時々思いついたように万年筆が欲しくなって、百貨店の文房具売り場で長い時間幾本も陳列されたキラキラと輝くその姿に見入ったり、買いもしないのに神保町の金ペン堂で、恐縮しながらモンブランの太字の高級万年筆を見せて貰ったりするのでありました。
(続)
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