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もうじやのたわむれ 31 [もうじやのたわむれ 2 創作]

 記録官が審問官に確認するのでありました。
「うん、未だそのままかかっているよ。でも、こちらでの初演ももう間近だと、この前賽河原演芸場の特選落語会の高座で松鶴師匠が云っていたけど」
「そりゃ楽しみだ」
 記録官が喜ぶのでありました。
「いやまあ、そう云うちょっと際どくなる話しはこのくらいにして、・・・」
 審問官が一つ咳払いをするのでありました。
「この話しの、どこが際どくなるのでしょうか?」
 拙生が聞くのでありました。
「いやまあ、誰がなにに対してどう際どくなると云うのは、ここで私が上手く説明する事は、なんとなく出来ませんが。・・・」
 審問官が咳払いをもう二つするのでありました。「兎も角、娑婆にあの世があるように、この世にもあの世があるのです」
 この言葉には全く節はついていないのでありました。
「まあ、そうするとですよ、この世でのあの世とは、つまり向こうの世なのですか?」
「はい?」
 審問官が拙生の言葉の意を理解しかねると云う表情をするのでありました。
「つまりですね、向こうの世からあの世へ去ると云う事の裏返しで、向こうで云うあの世からまたあの世へ去ると云うことは、向こうの世ではあの世たるこの世から、また向こうの世の方に帰ると云うことなのですか?」
「はい?」
「いや、ですからですね、・・・」
 拙生の頭皮が冷たく汗ばむのでありました。「つまりなんと云うのか、ここで云うこの世とは向こうではあの世なのですから、この世で云うところのあの世と云うのは、つまり向こうの世と云うことになるのでしょうか?」
「はい?」
 拙生は眉間に皺を寄せるのでありました。
「ですからですね、要するにですね、・・・」
 拙生の語調が思わず少し険しくなるのでありました。
「いやいや、仰ろうとされている事はちゃんと判っていますよ」
 審問官が拙生の話しを遮る掌と満面の笑い顔を、拙生の面前に翳すのでありました。「貴方のそうやって焦っているお顔を拝見していると、結構面白いものだと思って、なんとなく判らないふりをしただけです。失礼いたしました」
「はい?」
 今度は拙生がそう云って、口をポカンと開けるのでありました。
「いやいや、人の悪い真似をして申しわけありません。しかしこうして拝見させて頂くと、貴方の焦った顔と云うのは、妙に愛嬌があって魅力的と云うのか、味わい深いですな」
(続)
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もうじやのたわむれ 30 [もうじやのたわむれ 1 創作]

「まあ、こちらに来た早々、こちらを去る話しをするようで恐縮なのですが。・・・」
 拙生はそう云って頭を掻くのでありました。
「いやいや、そんなことはありません。こちらへいらしたばかりの亡者様が、その辺を納得出来ないのは、充分理解出来ます」
「あの世にも、あの世があるのですね?」
「そうです。この世にもあの世はあります」
「審問官さんが今云われた、この世、と云うのは、つまり向こうの世界で云うと、あの世、になるのですよね?」
「そうです。向こうで云うあの世はこの世でありまして、この世で云うあの世は、向こうの世では、あの世のあの世となりますね。なんかまわりくどくなりますが」
「娑婆にあの世があるように、この世にあの世があるように。・・・」
 記録官が、なんとなく節をつけてそう囁くのでありました。「なんか、荒木一郎の歌にそんなのがありますよね、確か」
「私が子供時分のかなり古い歌謡曲で『空に星があるように』と云う歌ですが、記録官さんは荒木一郎をご存知で?」
「ええ。今こちらで流行っていますから」
「へえ、流行っているんですか、今?」
「はい。ここ近年大いに流行っていますよ。向こうから最近いらした、娑婆で音楽プロデューサーをされていた方だとか、演劇関係の方、それにマジック関連の仕事をされていた方だとかがこちらに紹介されて、何故か瞬く間にドオッと流行り出しましてね。荒木一郎さんが、未だ当分先の事になるでしょうが、早くこちらでデビューされないかと今から大変な評判でして。矢張り良い歌手は、何処の世界にあっても良い歌手ですね」
「ふうん、成程」
 拙生は頷くのでありました。「なんか米朝師匠の落語で『地獄八景亡者戯』と云う噺の中で、こちらの寄席の出演看板の中に桂米朝とあって、未だ死んでいないのに何故と聞いたら、横に近日来演と書いてあった、という件を、今またふらっと思い出して仕舞いました。いや、これまた余計で、無意味な事を喋り出して、申しわけないですが」
「ああ、いやその看板の所在は、事実なのです」
 記録官が真顔で云うのでありました。
「え、と云うと?」
「いや本当に六道辻亭と云う寄席に、随分前からずうっとそう云う看板が出ていますよ」
「なんと、本当の事、だったのですか!」
 拙生はちょっと息を飲むのでありました。「あれが実は本当だったとなると、なんか今後あの件で、単純にあっけらかんと笑えなくなるような心持ちがしてきますねえ。ま、今後と云っても、今後、米朝師匠の噺を私がこちらで聴こうと思ったら、本当に、近日来演、を待つと云うことになるわけですが」
「赤井さん、あれ、未だ六道辻亭にかかっていますよねえ?」
(続)
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もうじやのたわむれ 29 [もうじやのたわむれ 1 創作]

 拙生は頭を掻きながら云うのでありました。「思いつきのつまらない言葉なんかを無意味に差し挟んだりして、不要な戸惑いを与えて仕舞ったようで、どうぞご勘弁を」
「ふうん、成程ね。まあ、その、本職、と云う言葉は置くとして、貴方の心がけはまことに殊勝であると、大いに感服いたしました」
 審問官が拙生にお辞儀をして見せるのでありました。「しかし、焦らずに、お気楽に」
「第一、貴方が極楽に行くのか地獄に住むのか、未だ決まっていませんし」
 記録官が云い添えるのでありました。
「それもそうですね。ええと、ところで、また余計な質問をしても良いですか?」
「ええどうぞ、何なりとも」
 審問官が愛想の良い笑顔で拙生を見るのでありました。
「例えば我々亡者が、閻魔様のお裁き、いやお裁きではないと先に仰いましたが、ともかくそれで極楽行きか地獄行きかが決まって、まあ、そこの国民、いや、国霊、いや省霊になったとします。そうすると、省は国家みたいなものなのですから、例えば、・・・あくまで例えばですよ、また省界大戦みたいなものが起こったとしたら、我々はその戦争に動員されて、兵士として戦わなければならないわけですか?」
「ま、そうなります」
 審問官が重々しく頷くのでありました。「省霊には、省霊としての義務もあります」
「須らく省霊は愛省心から、省の危機を座して見ているわけにはいかんでしょう」
 これは記録官が横から云う言葉でありました。
「愛省心、は、愛国心、ですね、娑婆で云えば?」
「正解!」
 記録官が重々しい声で云って、重々しくピースサインを出すのでありました。
「愛省心は判るとして、そうなると戦いで死ぬと云うこともあり得るわけですね?」
「それは、戦争ですから、戦死も当然ながらあり得ます」
 審問官が少し声の調子を低くするのでありました。
「名誉の戦死、です。地獄省では勇気ある最も荘厳な死だとされています。しかし亡者の方々は一回死んでいますから、もう、死を恐れる必要はないのです」
 記録官がつけ足すのでありました。
「ああ、成程。それは確かに。いや、それはそれとして、私の伺いたい事はその死の意味とか意義とか云うところではなくて、今記録官さんが云われたように、我々は一度死んでいると云うのに、その死後の世界でも、またもや死ななくてはならないのですか?」
「そうですね。生者必滅ですから。あ、いや、生霊必滅か」
「死後の世界での再度の死、と云うのが、なんとなく上手く納得出来ないのですが?」
「先程青木君が云った『我々は宇宙人だ』の理論を思い出してください」
「娑婆とこちらの世は密接に連関して、同じ法則性で動いていると云うことですね?」
「そうです。娑婆で起こる事はこちらでも起こるのです。ですから、こちらでも当然の事として、死、と云う現象も起こるのです」
(続)
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もうじやのたわむれ 28 [もうじやのたわむれ 1 創作]

「ありません。両省間には、向こうに在ってこちらにないとかの、相補的な交易品も文化もないものと承知しております。少なくとも、極楽省が興味を抱くようなものは準娑婆省にはなにもありませんでしょう。ま、準娑婆省はああいったお省柄ですから、我々や極楽省の連中が考えもつかない、と云うか、アホらしくて考えもしないような悪巧みを突発的に思いついて、秘かに極楽省になにやら接触を持とうと気紛れに起こす事も、ま、あるやも知れませんがね。しかしそんなのは、前にも云いましたが問題に致しません」
 記録官が片頬に薄ら憫笑を湛えて続けるのでありました。
「ええと、お省柄、は、娑婆で云えば、お国柄、でしたね?」
「正解!」
 記録官がピースサインをしながら云うのでありましたが、些か狎れてきたのか、今度のその云い様にもピースサインにも、どことなくぞんざいな風情が混入しているように、拙生には感じられるのでありました。
「余計なことを何度も話しの途中にお聞きして、申しわけありません」
 拙生は記録官に謝るのでありました。
「いえ、とんでもない」
 記録官は、今度は然程大袈裟でない、さよならをする時のような手の横ふりを拙生に送ってくるのでありました。
「まあ、こちらの世界には地獄省と極楽省と準娑婆省の三つの国、いや省があって、その位置関係も各省の性向みたいなものも、ぼんやりですが大概判ったような気がします」
 拙生はそう云って冷めたコーヒーを口に運ぶのでありました。
「その、コーヒー、入れなおしましょうか?」
 記録官が拙生の口元の、カップの傾き具合に視線をあわせながら聞くのでありました。
「ああいや、結構です。話しの途切れ目になんとなく口にしているだけですから」
 拙生は愛想笑いながら辞退するのでありました。しかし記録官はその拙生の遠慮を尻目に、身軽な動作で席を立ってサイドテーブルの方へ歩いて行くと、拙生のためにもう一杯コーヒーを入れてくれるのでありました。
「まあ今後、貴方もこちらで暫く暮らしていく内に、ぼつぼつとこちらの様子の細かなところとかがお判りになることでしょう。この先長いですから、ま、気楽に構えていてください。早くこちらに慣れないと困るなんと云うことも、多分ないはずですから」
「はい。心優しいご助言を有難うございます。しかし私もせっかくこうして、縁あってこちらにやって来たからには、すぐにでも遠の昔から住み慣れているような、本職みたいな顔をしてみたいではありませんか。だから出来るだけ早いところ、了見を入れかえまして、こちらの人間に、いや霊に、なり切りたいものだと」
「本職みたいな顔、ですか?」
 審問官が問うのでありました。
「いやまあ、娑婆で聴いた小三治師匠の落語の『天災』だったかに、そういったフレーズが出てくるのをふらっと思い出したので、ついその真似をしてそんな事を云ったまでです」
(続)
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もうじやのたわむれ 27 [もうじやのたわむれ 1 創作]

「いやいや、こちらこそ今更こんなもじりなんかつい云って仕舞って、貴方に余計な気を遣わせました。もう既に云った後ですが、大いに恥入っております」
 記録官が、大袈裟にさよならをするように両掌を横に忙しなくふって、頭を何度か下げるのでありました。
「いやあ、申しわけありません、本当に。貴方を傷つける意図など全くなかったのです」
 拙生のこの言葉に記録官は一層忙しなく両手をふるのでありました。
「どんでもない、とんでもない」
「前の、批判めいた私の言葉を、ここで取り消させて頂きます。考えてみたら、あれはそこはかとなく味わいのあるもじりでありました」
「いやいや、何を仰いますやら」
 疲れたのか、記録官の手の横ふりのスピードがやや鈍るのでありました。
「堪忍して頂けますでしょうか?」
「堪忍するも何も、・・・」
 記録官の手のスピードがやや回復するのでありました。
「では、許していただけるということで。どうも有難うございます。いや、再認識させて頂きました、あのもじりの結構なところを」
 拙生は記録官に頭を下げるのでありました。「もじりよ今夜も有難う」
 今まで黙って、拙生と記録官の遣り取りを聞いていた審問官が、満を持したように、拙生に向かってツッコミの仕草をして見せるのでありました。
「今までの話しを聞いていると、つまり準娑婆省と極楽省の中間に地獄省が位置するような国際関係、いや省際関係があると云う様な理解で宜しいでしょうかね?」
 拙生は云いながらまた冷めたコーヒーを飲むのでありました。
「ま、一部入り組んだ省界や飛び地はあるにしろ、そんなようなところで良いと思います」
 審問官が一つ頷くのでありました。
「極楽省と準娑婆省の間では、直接省益がぶつかることはないのですか?」
「まあ、取り立ててないと思いますよ。地勢的に地獄省が、その両省を隔てる緩衝地帯的な位置にありますからね」
「極楽省と準娑婆省は直接の交通もないのですね?」
「そうですね。地獄省を経由しなければ直接その二つの省を繋ぐルートはありません」
「空を飛んで地獄省を越えると云う手も?」
「地獄省領内の制空権も、当然地獄省にあります。地獄省の許可を得ずして極楽省の航空機等が我が空域に侵入すれば、それは明瞭な領空侵犯と云う事態ですので、こちらの航空防衛隊が速やかにスクランブルをかけます」
「まあ、極楽省も準娑婆省にしても、その二つの省に直接の交通が必要になるような、魅力的な事由も産物も特になにもないですから、交流は無意味と思っているでしょう」
 これは記録官が横から云う言葉でありました。
「貿易とか文化交流とか、そう云うのはないのですね?」
(続)
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もうじやのたわむれ 26 [もうじやのたわむれ 1 創作]

 審問官が続けるのでありました。
「第一、地獄省が極楽省に、亡者様のふり分けの事で文句を云われることは、まあ、正しい正しくないは別として、こちらとしても判らないこともないのですが、逆こちらがあちらに何かもの申す材料なんと云うのは、今のところとりたててなにもないのですよ」
 審問官はそこでまた、ボールペンをくるんと回すのでありました。「それはいちゃもんをつけようと思えば、なんとでもつける事は出来ますけど、しかし準娑婆省じゃあるまいし、如何にもこじつけみたいな事を云い募って、こちらの品格を自ら貶めるなんと云うのもつまらない。ですから我々は今後も粛々と、公明正大に亡者様の審理とふり分けを行うだけで、極楽省のいちゃもんに対しても、理性的に対応していく所存です。それに、一応建前の上では、両省は友好関係にあると云うことになっていますからね、終戦後はずうっと」
「準娑婆省が無責任な流言なんかを流して、地獄省と極楽省の関係を悪化させる、なんと云うことはないのでしょうかね、自分達の漁夫の利的な国益、いや省益のために?」
 拙生が質問するのでありました。
「まあ、地獄省と極楽省が険悪な関係になったとしても、それで準娑婆省が得をすると云う事は、今のところ取り立てて何も考えられませんかな」
 審問官はボールペンを、小さい振幅で横にふりながら云うのでありました。
「第一、準娑婆省ごときの手練手管に乗る程、地獄省は落ちぶれてはいません。極楽省も然りです。省としての格が全然違います」
 これは記録官のつけ足しでありました。
「しかし準娑婆省がなにを考えているのか、何を仕出かすのか判らない省であるのなら、一抹の不安程度は、ないとは云い切れないのではないですか?」
「そうですね。それはそうかも知れません。しかし若しそんな事を画策しているとすれば、準娑婆省は逆に壊滅的な破綻を覚悟しなければならないでしょう」
そこまで云って、記録官が唇の端を少し、悪戯っぽいような躊躇いがちなような笑いに動かすのでありました。「つまり、逆さ牡丹、いや、逆さ破綻、です」
「あれ、それはちょっと、苦しいですかな」
 拙生はやや意地悪な笑いを浮かべて、記録官を上目で見るのでありました。「そんな、無理矢理このタイミングで、ずっと前に日本酒の話しの時に出た『司牡丹』のもじりの『逆さ牡丹』を、『逆さ破綻』と懲りもせず再度おもじりになるとは、考えてもおりませんでした。実にどうも、これは恐れ入る次第ですなあ」
 拙生が云うと、記録官は林家三平みたいに額に手を添えて見せるのでありました。
「どうも済みません」
 記録官は続けるのでありました。「いやね、あの時貴方に、あのもじりを批判していただいたのでしたが、なんとなく自分としては、それでもあれは、結構良いもじりではなかったかと、未だにちょっと未練たらしく思っていたのもので、つい。・・・」
「あれ、あの時の私の言葉に、ちょっと傷つかれましたかな。それはなんとも申しわけなかったです。そんなつもりじゃなかったのですが。・・・」
(続)
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もうじやのたわむれ 25 [もうじやのたわむれ 1 創作]

「それに比べてこちらの地獄省は、全体に険しい山がちの省土で、大規模農業にはあまり向かないのです。一面針のような硬い草に覆われた、鋭針山地と云う地名の、峻嶮な岩山の山岳地帯であるとか、大焦熱台と名前のついた、地下に高熱の溶岩の流れる灼熱の痩せに痩せた、鉄板のような土地があったりと、他にも第一次産業には到底向かない、未開の地域が至る処にあります。河川や湖沼にしても、向こうには蓮池、大蓮池、荷風湖等と呼ばれる水産資源豊かな広大な湖が幾つもありますが、こちらは鮮血池、大鮮血池、赤血球湖なんという名称のついた、広大なくせに飲用には全く不向きで、漁業資源皆無の、硬質の赤い色をした大小の湖沼群が広がる湿地帯があったりでね。気候も温暖とは云えないし」
 審問官がやや苦々しげに云うのでありました。「まあ、工業力は極楽省を見習って、ここ近年、多くの亡者の方々のご協力を得て、次第に追いつくらいにはなりましたか。しかし無視できない大きな省家的収入であるところの、娑婆で行われる供養等のお供物の流入に関しては、これは将来的にも全く増加が見こめません」
 審問官はそう云って、暫く止めていた、指先でボールペンをくるんと回す所作をまたぞろし始めるのでありました。
「省土はそうでも、省霊は、地獄省の霊の方が何に依らず積極的で行動的で、バイタリティーに満ち溢れていて、勇猛果敢、猪突猛進の気質があるのです。まあ、協調性とか親和性と云うものに欠けるきらいが、多少はありますが。・・・」
 記録官が云い足すのでありました。
「一例に、軍事面を見ると、先の大戦の敗戦省であるために無制限な軍備拡張は出来ないのですが、しかし戦後すぐの防衛隊創設時に、極楽省から払い下げられた兵器に独自の改良を重ねて、最近は省産の優秀な武器も多くありますし、兵員の能力等は、それこそ地獄の訓練によって育成された、青木君が云う、勇猛果敢な気質に裏打ちされた優秀な兵員がこちらには多いのですが」
 審問官は自分の云った事に自分で納得するように、頷いてはボールペンをくるんと回し、頷いてはまたボールペンをくるんと回しを、何度か繰り返すのでありました。
「地獄の訓練、ですか。うーん、成程。それは確かにこちらの方が本場に違いない」
 拙生は感心して見せるのでありました。
「仮に、今また戦争をおっ始めたら、こちらも互角以上には戦えるはずですがね。まあ、しかし戦争の勝ち負けだけが省力を証明するものでもないのは、重々承知していますが」
 これは記録官が云った言葉でありました。
「それに短慮に戦争をおっ始めたりすると、娑婆からいらした亡者様を再度失望させ、お叱りを頂戴することになるでしょうから、我々としても滅多なことでは、武力行使には踏み切りません。その点、どうかご安心ください。あくまで省力の比較と云うところで、軍事面を紹介させて頂いただけですから。しかし、向こうが仕がけてくれば別ですよ」
 審問官が拙生に笑いを向けるのでありました。
「いや、宜しく両省の友好的な姿勢と努力を願うだけです」
 拙生は深くお辞儀をして懇願の意を示すのでありました。
(続)
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もうじやのたわむれ 24 [もうじやのたわむれ 1 創作]

 審問官が落ち着いた口調で云うのでありました。それは記録官のやや昂じた物腰をやんわり窘める意向も、暗にあるように思われるのでありました。
「それは確かに、そうかも知れませんね。閻魔様の目が怖いので、娑婆で悪さが出来なくはなりますかな、我々人間は。いやもう、私は人間ではないですが」
 拙生は頷くのでありました。
「そうでしょう?」
 審問官は拙生の納得顔に、満足そうな笑みを返すのでありました。「しかし極楽省としては矢張り、霊口増加と云う点で、そう云う不信感を地獄省に対して抱いているわけです」
「先の第一次省界大戦も第二次省界大戦も、それが原因だったのですか?」
「まあ、底流にはそれが大いにあります。直接の争いの端緒は、色々他の事由なのですが」
「しかしそうやってこの天界でも、各国が、いや各省がお互いに不信感とか敵意を抱いているなんと云う事とか、省間で争い事までしたと云う事を聞くと、なんとなく救われないような気がしてきますね、最近まで娑婆にいた我々としては」
「いやもう、そう云われると慙愧に堪えません」
 審問官が頭を下げるのでありました。
「いやいや、争い事ばかりに明け暮れていた娑婆に、つい最近までいた私が云うのはおこがましくて、こちらの方こそ恥入る次第ですが。しかし娑婆もこちらも、実相はそう変わらないのですねえ。いやあ、大いに勉強になります」
「密接な連関性と同法則性の左証ですよ、娑婆とこちらの」
 記録官が云うのでありました。
「つまり『我々は宇宙人だ』の証明、ですな」
「そう云うことです」
 記録官が何やら重々しく頷くのでありました。
「あのう、こう云った質問は或る意味で機微に属することかも知れませんし、ご不快かも知れませんが、客観的なところで、極楽省とこちらの地獄省の、その国力、いや省力の比較と云うのは、如何なものなのでしょう?」
 拙生は先の省界大戦で地獄省が負けたと云うのを聞いていたものだから、その辺りに多少のデリカシーを漂わせて言葉を発するのでありました。
「そうですねえ、省力と云う点ではちいとばかり極楽省の方に分があるかな。向こうは気候温暖で農産物の実りも豊かだし、肥沃な省土を持っていますから。工業生産も工業技術も、多くのノーベル賞クラスの亡者の方々を優遇したりして、そのアドバイスの下、その辺はかなり意欲的でそつのない政治を行っておりますし。それに娑婆に於いて故人の供養とかお墓参りをする時の、お供物の殆どは極楽省の省庫に納められますからね」
 審問官が云うのでありました。
「省庫と云うのは、娑婆で云えば、国庫、の事ですね?」
「正解!」
 これは先程の審問官と同じに、記録官がピースサインをしながら云った言葉であります。
(続)
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もうじやのたわむれ 23 [もうじやのたわむれ 1 創作]

「そのくせ、その不正を外交ルートを通じて抗議すると、そんなことはやっていない、知らぬ存ぜぬとしらばくれるのです。あらぬ疑いを証拠もなしにかけるとは、準娑婆省の名誉を傷つけようとする地獄省の悪意であり、そっちがその気ならこっちも激烈な対抗手段をとる、なんと云って反対に高飛車に喧嘩腰で凄んで見せて、こちらから賠償金かなにかを分捕ろうとするのです。準娑婆省の、判らんちん共の常套手段です」
 これは記録官が審問官の後を引き取って続けた言葉でありました。
「しかしこちらとしても三つの港湾を租借している関係上、問題を必要以上に拗れさせることもしたくないわけです。だから準娑婆省の省意に対して地獄省は常々、大いに不信感を抱いておりますし、準娑婆省の風儀にも或る種の嫌悪感を抱いております」
「ふうん、そう云う事ですか」
 拙生は審問官の言葉を聞きながら、前に記録官が入れてくれたコーヒーを一口、そこで口に運ぶのでありました。すっかり冷めたコーヒーは、記録官がこちらのコーヒーは美味いと云っていたにも関わらず、香りもなくてただ苦いだけの味でありました。
「また一方、地獄省と極楽省の間にも、亡者のふり分けに関して意見の相違があります」
 審問官が続けるのでありました。「極楽省は、閻魔庁が地獄省付帯の機関であるため、故意に極楽省に送る亡者様の数を少なく、地獄省の各地獄へ行くべき亡者様の方を多く、操作しているのではないかと、こちらとしては全く謂れのない抗議を時々してくるのです。そんなことを云われると、こちらとしては立つ瀬がない。これも困ったものです」
「そんなことは誓ってないのです。我々は常々、ちっぽけな省益に囚われる事なく、正義の名の下に、中立公明正大に、どこへ出しても恥ずかしくない審理を心がけております。これは天に誓ってそう申し上げます」
 これは記録官が横から云った言葉でありました。拙生はその妙に強い語調に少々たじろぎながらも、記録官が真顔で口にした、天に誓って、と云う言葉に、なんとなく可笑しみを覚えるのでありました。天、と云ったって、ここがその、天、じゃなかろか。
「お二人を拝見していれば、ふり分けが中立公明正大で妥当であろう事は、充分に拝察出来ます。しかしまあ、亡者の立場から云わせて頂くと、閻魔庁が地獄省に付帯していると云う事は、矢張りなんかちょっと、割り切れないような感じも受けますが」
 拙生は片頬に鈍感そうな笑みを湛えながらそう云ってみるのでありました。
「そうでしょうか?」
 記録官が挑むような顔つきをするのでありました。
「本来なら閻魔庁は地獄省にも極楽省にも属さない、中立機関であらま欲しきところですかな。ま、こちらの事情に疎い目から見れば、ですけれど」
「確かにそう云う或る種の懸念が亡者様にもおありになるであろう事は、我々も充分理解してはいるのです。しかし、審理するのが地獄側に属する機関であることが、娑婆に於いては、悪事の或る種の抑制装置として機能しているとも云えるのではないでしょうか。お裁きが相当に甘くないなと云う印象を作り出すことによって。ま、実際は先も申したように、ここで行われる審理は決して、お裁き、なんと云う性質のものではないのですが」
(続)
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もうじやのたわむれ 22 [もうじやのたわむれ 1 創作]

 拙生はそう聞くのでありました。
「夫々の関係と云う事ですが、ま、省益と云う点でどの省も腹蔵もあり、思惑もあり、他省に対する不信感もあり、一方で頼っているところもありで、これまた複雑な様相です。今のところ内政不干渉の建前から、なんとなく事なきを得ておりますが、長く解決を見ない懸案もまた、色々抱えております」
 審問官の顔はまた、深刻そうな表情に変わるのでありました。
「なんか領土紛争なんかがあるようには思えませんが、その懸案と云うのはいったい?」
「お察しの通り、領土紛争はありません。その三つの省の間には明瞭で妥当な省境があります。主な省益の対立とは領土に関してと云うよりは、新規流入の霊口問題なのです」
「ええと、つまり娑婆で云えば、人口問題、ですね」
「正解!」
 審問官はまたピースサインをするのでありました。但し深刻顔の儘で。
「なんとなく察しはつくような気がします。極楽省に行く亡者と地獄省に行く亡者、それに準娑婆省に止まる亡者のふりあいの問題ですよね?」
「そう云うことです」
「亡者様はすべからく、一旦は地獄省の閻魔庁で、その後に極楽省に行くか地獄省の各地獄等に行くか、自分の住むべき処を決めなければならない事となっているのですが、準娑婆省の場合単なる通過地であって、自分の処の霊口増加は全く見こめないわけです。だから、先程話した鬼と化した亡者様とか、閻魔庁にどうしても行きたくないような、娑婆で大悪人をやっていた方とかに対して、三途の川を渡るように積極的に教導しようとしないのです。裏では準娑婆省にこの儘残らないかと、無責任なオルグをかけたりしているようなのです。確認は未だ出来ていないのですが」
「でも、亡者は準娑婆省のほんの短い区間を、地獄省の防衛隊に守られて、港まで移動するだけなのでしょう?」
「そうなのですが、それでも鬼と化したい亡者様とか娑婆で大悪人だった亡者様は、矢張り渡河船に乗るのを躊躇なさるわけです。閻魔庁のお裁きを受ける勇気がなくて。しかしこれは後でも申しますが、本当は、閻魔庁は決して裁きをする処ではないのですがね。でも、矢張りどうしても拭い難い誤解があるのです」
 審問官がそう云って口を尖らすのでありました。
「おや、閻魔庁は亡者の娑婆での言行その他を審理する処ではないのですか?」
「違います。それは娑婆の方々がそう云う風に喧伝して、娑婆の秩序を乱させないようにするための、あくまで娑婆の利益を慮った、作られた閻魔のお裁きのイメージです」
「へえ、そうなんですか。これまた意表を突かれましたね」
 拙生は顎を突き出すのでありました。
「ま、その辺の事は後にお話しさせて頂きますが、ともあれ、そう云った準娑婆省の身勝手な企みは、こちらの世界の正しい在り方を乱すことになりますから、我々は常々苦々しく思っているわけなのです。全く不謹慎な手あいですよ、準娑婆省の連中は」
(続)
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もうじやのたわむれ 21 [もうじやのたわむれ 1 創作]

「こちらとしては、そう云った準娑婆省で鬼と化した、了見違いの亡者の方々を説得教導して、こちらに早く渡って来て貰いたいのですが、地獄省の統治外地域で起こっている事なので不如意の儘、今日まできているわけですわ」
 これは審問官の科白であります。「互いに内政不干渉が建前ですから、こちらの担当者が準娑婆省内で説得活動をするためには、準娑婆省との間に条約とか配慮も要りますし、ま、色々難しい問題が発生するわけです。時には鬼と化した亡者様の霊柄確保をするために、逮捕権のようなものも発動しなければならない場合も想定されますからね」
「霊柄確保?」
「向こうの言葉では、身柄確保、です」
「ああそうか、身柄確保ね」
 拙生は下唇で上唇を隠すのでありました。「準娑婆省との間に、例えば犯罪霊引き渡し条約、みたいなものはないのですか?」
「ま、こちらに来るべき亡者様がいらっしゃらないのですから、云ってみれば法を犯しているのではありますが、しかしそうやって亡者様になった後まで余計な罪を上乗せしたりすると、益々こっちには来たくなくなるでしょうから、それもどうかなと云う意見もありましてね。ま、難しい問題です。それに準娑婆省との間には未だ、亡者様引き渡しの条約は締結されていません。その前に、向こうの警察組織自体がこちらから云わせると、全く信用出来ないところがあるのです。準娑婆省では現場の警察署員丸ごと賄賂塗れ、なんと云うこともあるようですからね。ですから、こちらの警察組織が向こうに行って、説得とか霊柄確保に実効のある行動を執らなければ成果は上がらないでしょうし、そうなると明らかに主権侵害でしょうから、向こうとしても色々面白くないはずですからね。・・・」
「なかなか、まわりくどい難問があるのですね」
 拙生は腕組みをして見せるのでありました。
「若しこちらが拙速に準娑婆省内での警察権行使に踏み切ると、万が一事態が拗れでもすれば、準娑婆省との間に省同士の紛争が勃発するかも知れません。そうなると屹度極楽省も黙ってはいないでしょうから、その変にも無神経ではいられません。下手をすれば省際情勢は一挙に悪化して、第三次省界大戦の勃発なんと云う事になったらえらいことです」
 そう云う審問官の表情は結構陰鬱そうであり、深刻そうでありました。
「ああ、それは確かに避けなければなりませんよね。ところで余計な確認かも知れませんが、その、省際情勢、と云うのは、娑婆の言葉に置き換えると、国際情勢、ですね」
「正解!」
 審問官の顔が急に明るい笑顔に変わって、手でピースサインを作って見せるのでありました。「貴方も段々、こちらの言葉に慣れてきたようですな」
「お褒め頂いて恐縮です」
 拙生はお辞儀をするのでありました。審問官は今度はその拙生のお辞儀に釣られることなく、ピースサインの儘ニコニコと笑って拙生を見ているだけなのでありました。
「極楽省と地獄省、それに準娑婆省間の、夫々の関係と云うのはどんな具合なのでしょう?」
(続)
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もうじやのたわむれ 20 [もうじやのたわむれ 1 創作]

 拙生は審問官と同じように頷きながら、なんとなくほっとして顔を綻ばすのでありました。話しを自ら横道に逸らして自分の発した当初の質問を失念して仕舞い、審問官に改めてここでなぞって貰って喜んでいる等とは、考えてみれば間抜けな話しではあります。
「先にも話したように、準娑婆省には気象統括庁の雷雨担当官の鬼のように、準娑婆省の公務を担っている鬼もいれば、霊間霊で悪事を働くような鬼もいましてね」
「霊間霊?」
「向こうの世界で云うなら、民間人、ですな」
「ああ、民間人、ですか」
 拙生は先程から、その辺の言葉遣いのまわりくどさに少々げんなりしているのでありましたが、しかしこちらにやって来た以上、娑婆の言葉を早く忘れて、こちらの言葉に順応しなければいけないのでありましょう。「民、と云う言葉と、人、と云う言葉は同じ、霊、と云う言葉にして構わないのですか?」
「まあ、構いません。向こうで人一般を差す言葉は大体、霊、と云う言葉で置き換えて貰って大丈夫です。ま、先に話しが出た、民主化、とか云う様な、何でもそうですが、幾つかの慣用的例外とか曖昧な部分はありますけど」
「判りました。では続きをどうぞ」
 拙生はそう云って一礼し、審問官が前にしたように、掌を上に向けてそれを審問官の方に差し出すのでありました。どうでも良い事なのですが、拙生のそれはまるで渡世人の、お控えなすってのポーズのようだと、そうしながら頭の隅でちらと思うのでありました。
「準娑婆省内の鬼は実に多種多様で、その全部を準娑婆省の公安組織も把握していないのではないでしょうか。尤もそれは準娑婆省当局の怠慢と能力不足のせいで、もし仮に我が地獄省であれば、その実態を細大漏らさず調査掌握出来るでしょうがね」
 審問官はまたボールペンを指の上で一度回すのでありました。「いやまあ、それは兎も角、準娑婆省とは娑婆の怪奇現象を統括している省ですから、云われたような、祟りをなす鬼もいれば、節分で豆をぶつけられる鬼であるとか、桃太郎や一寸法師に退治される鬼とか、浅間山の溶岩流になったヤツとか、瓦になったヤツとか、そうかと云うと、蛇とどっちが先に出るか競っている鬼もいれば、来年の事を云われるとつい笑って仕舞う迂闊な鬼もいるし、いなくなると直ぐ洗濯されて仕舞うのやら、呑気に子供と追いかけっこして遊んでいるのやら、ま、このように色んな鬼がいて、つまり、なんでもありと云うことです」
「なんでもあり、ですか。・・・」
「そうです」
「つまり祟る鬼も、ちゃんと実在すると云うことですね?」
「はい、実在します」
「但し、祟る鬼に関しては、準娑婆省に先祖代々住んでいる鬼とは違って、元々は人間だったわけですから、本来はこちらに来るべきなのですけれど」
 これは記録官が横から云う言葉でありました。「しかし準娑婆省内に止まっていて、娑婆の人を脅かすのが面白いものだから、なかなか渡河船に乗ってくれないのです」
(続)
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もうじやのたわむれ 19 [もうじやのたわむれ 1 創作]

「ええまあ。戦後の長い歴史の中で一度だけ。省同士の軍事組織に依る、紛争と云った大袈裟な事ではないのですがね。向こうは政治が良くないものですから、不逞の輩と云うのか、向こう見ずのアウトローみたいな連中も結構おりましてね」
「しかし、ものの数分で我が防衛隊が圧倒的な実力差で鎮圧してしまいました。ですから亡者様にはなんの被害も出てはおりませんので、どうぞご懸念のないように」
 記録官が審問官の言葉に続けて、どちらかと云うと、拙生の懸念の方よりは地獄省の防衛隊の優秀さの方を強調するように、やや自慢気な面持ちで云うのでありました。
「しかし他国、いや他省の領土内で地獄省の軍事組織が実力行動に出たと云うのは、外交問題になりそうですよね?」
「ま、少々そう云った側面も、事件の処理の上でありましたかな。しかし全くやむを得ない事情と云う事で、なんとか円満に解決いたしました」
「でも、国同士、いや省同士の政治的な折りあいの点では一定の妥協を得たとしても、そう云うのでは準娑婆省内の一部政治家は勿論の事、省内の民意、いや霊意が納得しないのではないですか? 民族主義、いや霊族主義が台頭したり、地獄省排斥運動が起こったり、不買運動が起こったり、場合に依っては要人テロが起きたり」
 拙生は内心、不謹慎ながらなんとなく面白い話しになってきたと思って、無意識に身を乗り出しているのでありました。
「まあしかし、先程も青木君が云ったように、あいつ等なんぞは、・・・」
 審問官がそこで言葉を一端切って、おっと、うっかり迂闊な言葉を使って仕舞ったと云う様な顔をしてから続けるのでありました。「いやまあ、あいつ等なんて、そんな云い方はいけませんね。ええとつまり、準娑婆省の省霊の霊度はあまり成熟してはいないので、省霊的な、判りやすく向こうの世界的に云えば国民的な盛り上がりは、結局殆どなにも起きませんでした。ま、要するに、その程度の省と云う事です」
 審問官の口調には、隠そうとしながらも現れてしまう、準娑婆省を端から侮って止まない気分が仄見えているようにも思われるのでありました。
「ふうん、そうですか」
 拙生は顎を撫でながら頷くのでありました。
「ええと、ところで当初、なにをご質問されたのでしたっけ?」
 審問官が拙生に問うのでありました。そう云われて、実は拙生は、一瞬、さて自分は先程なにを質問したのかしらと考えて仕舞うのでありました。こう云う迂闊なところが、向こうの世に居た頃から拙生にはあったのでありますが、これはこちらに来ても一向に直っていないようなのでありました。
「ええと、・・・ああそうだ、鬼の話しだ。祟りをなす鬼の話し」
「ああそうでしたね」
 審問官が二三度頷くのでありました。「娑婆に怨念を残した儘の亡者が鬼と化して、あちらの世界に留まり続けて、祟りをなすと云うのはどう云う具合なのかと云う質問でしたね」
「ええ、そうでしたそうでした」
(続)
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もうじやのたわむれ 18 [もうじやのたわむれ 1 創作]

「要するに、地獄省としては準娑婆省と云う省を全面的に信頼していないのですね?」
 拙生はそう記録官に訊ねるのでありました。
「そう云うことです。向こうに港湾を管理させたら、その野放図で無責任な仕事ぶりから、船の定期的な運航に障りが出るやも知れませんし、下手をするとスムーズな船の発着を強請りの条件にして、こちらに話しにもならない無理難題を突きつけてくる場合もあります。我々はそれを危惧するわけです。準娑婆省と云う処は、ま、そう云った省なのです」
「おいおい青木君、そのくらいにしといた方が良いぞ」
 審問官がそう云って記録官の口の動きを制止しようとするのでありました。
「しかしそうなら、向こう岸にある地獄省の港湾施設の安全とかも、ちゃんと保証出来ないのじゃありませんか?」
 拙生は審問官の記録官を制止する言葉を横目に、尚も記録官に聞くのでありました。
「いやまあ、その辺はこちらもちゃんと万全の備えをしておりますから」
 これは審問官が拙生に云った言葉でありました。
「準娑婆国内、いや省内の安全とか船の運航の事とか、準娑婆省を通ってその領内にある港まで来て、そこから船に乗らなければならない我々亡者にとっては、安全は大いに気になる問題ですので、これは亡者として聞く権利があると考えますが?」
 拙生は審問官に少々つめ寄るのでありました。
「まあ、それはそうですな」
 審問官はそう云って拙生から椅子の背凭れに身を引くのでありました。「港にはこちらの最新装備で武装した防衛隊を派遣しておりますし、亡者様が港湾までお出でになるあちらの路程に限り、一定間隔で屯所を設けて防衛隊員を常駐させております。ですから亡者様の安全には充分配慮しております。準娑婆省内を通る路程もそんなに長くもないですし」
「防衛隊とは地獄省の軍隊ですか?」
「まあ、そういった実力組織ではあります。そうではありますが、前にお話しした極楽省との大戦に負けた後、こちらの軍隊は解散させられて仕舞いました。しかしどう云う経緯かは知りませんが、戦後暫くして新たに防衛組織を創設しようと云う話しになりましてね、それで防衛隊と云う組織が創られたのです。ですから防衛隊は軍隊とほぼ同じ体裁で、同じ事をするんですけれど、法制度上はあくまで軍ではないのです。やむを得ない限定的な場合のみ実力を行使することの出来る、専守防衛の組織なのです」
「これも娑婆にいる時、何処かの国のややこしい事情として聞いたような話しだな」
 拙生はそう云って少し口を尖らすのでありました。
「準娑婆省の武器の殆どは旧式のものばかりで、こちらの最新兵器との実力比は八海山、いや八対三です。まるで機関銃と竹槍です。ですから、準娑婆省にはこちらに対する無意識の恐怖があります。そんな小さくない心理面も考慮すれば、亡者様の安全は充分確保されていると我々は考えております。ま、それでも不測の事態もありはするでしょうが」
「不測の事態が、過去にあったのですか?」
 拙生は少し身を乗り出して審問官に問うのでありました。
(続)
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もうじやのたわむれ 17 [もうじやのたわむれ 1 創作]

 この記述の中の、審理補佐局と云う文字に下線が引いてあるのでありました。
「先々の話しもあるので、一応これをお渡ししておきます。まあ、こう云った羅列型の記述よりは、図表でお示しした方が判り易かったと思いますが、色々、都合もありまして。・・・」
 審問官がそう云って頭に手を遣るのは恐縮を表明しているのでありましょうか。
「このアンダーラインの審理補佐局と云うのが、つまりここですね?」
 拙生が問うのでありました。
「はい、そう云うことです。まあ、その紙には主な処しか書いておりませんがね」
「川向こうの三つの港湾施設は、港湾管理事業所が運営しているのですね?」
「そう云う事です」
「川向うは準娑婆省が統治しているのだけれど、しかし三つの港湾施設のように、特別に地獄省が独自に管理する施設もあるわけですか?」
「ええまあ。準娑婆省の管理でも構わないのでしょうけど、そうなると省の縦割りの弊害で色々煩雑な手続きが発生して、亡者様には不利益となりますしね。それに実はこちらとしては、準娑婆省の治安であるとか警備体制を全面的に信頼していない部分があって、それで準娑婆省から一定面積を租借して、治外法権で港湾のみこちらで運営しているのです」
「準娑婆省と云う処には、なにか社会安全上の問題があるのでしょうか?」
「折角のご質問ですが、そこいら辺は私の口からは、多くの事を申し上げられません」
 審問官が、意外ときっぱりとした調子をその恐縮の笑みに載せて云うのでありました。
「他国、いや他省の事は、あまり喋りたくないと云うことですかね?」
「まあ、そうです。無神経な事を云って、後で内政干渉なんと云われても拙いですから」
「そうなると、益々聞きたくなると云うのが人情じゃありませんか」
 拙生は控えめな態度ながら食い下がるのでありました。
「まあ、そうでしょうが。・・・」
 審問官が拙生から目を逸らすのでありました。
「云ってみれば、準娑婆省は開発途上国なのですよ」
 これは記録官の方が云うのでありました。「インフラも洗練された色々な社会制度も未発達だし、それに、野蛮な風習とかが残っていて、霊度が成熟していないのです」
「霊度?」
「向こうの世界の言葉で云えば、民度と云うことになります。序でに申し添えれば、先程貴方が口にされた人情と云う言葉も、ここでは霊情と云う言葉に置き換えた方が適切かと思われます。ま、このようなアドバイスは、お節介であることは重々承知しておりますが」
「ああ、これは失礼いたしました」
 拙生はほんの少したじろぎながら、記録官に頭を下げるのでありました。
「いえいえ、とんでもない。もし私の言葉をご不快に思われたなら、ご容赦ください」
「どうも私も、未だ娑婆っ気が抜け切れていないもので」
「いやいや、無理もありませんよ」
 記録官は拙生の恐縮に恐縮すると云った態で深めのお辞儀をするのでありました。
(続)
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